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とべない天狗とひなの旅  作者: ちはやれいめい
玖 夜道怪ノ章
101/145

玖ノ陸 とべなくなっても

「オーサキ! ヒナさんをさらった男を追え!」


『きゅい! 承知しましたわ!』


 小さく白いケモノが、ヒナを抱えて走り去る男を追います。残る男たちはみな腹を抱えて笑いました。


「バカか小僧。あんな獣に何ができるんだ」


「ふん。あのクダギツネ、少なくともお前たちよりはよほど有能だぞ」


 フェノエレーゼの言葉に、細身の男のこめかみがひくりとします。


「ずいぶん威勢がいいな。好みだぜぇ、そういう気の強い女ほど、屈服させがいがあるってもんだ!」


 男が錫杖(しゃくじょう)を振り、フェノエレーゼにおそいくる。ナギが間に入り、刀で杖を弾きました。


「人を踏みにじるのは楽しいか」


 夜道怪がやっていることは、かつての自分がやっていたことです。それをふかんして見て、自分の愚かさを笑います。


 薙刀がナギの袖を裂き、棍を持った男がタビを殴る。錫杖が眼前に迫り、大切な者が傷つけられるのは悲しくて辛いと言った、ヒナの涙を思い出します。


「知らなかった。娯楽で人を傷つける生き物はこんなにも醜いのだな」


 フェノエレーゼはようやく、大切なものを傷つけられるのが辛いという気持ちを理解できたのでした。


 ここで翼をなくすことを恐れて踏み出せずにいたら、ヒナはこのままさらわれ、どこかに奴隷として売り飛ばされてしまうでしょう。


「ナギ。もしも私がとべない天狗となっても、お前は失望したりはしないか」


 フェノエレーゼは羽扇を広げ、己を守るため戦ってくれているナギに聞きます。

 ナギは質問の意図を察して、フェノエレーゼに思いの丈を返します。


「失望なんてしません。貴女はおれに言いました。おれが何者であってもかまわないと。おれも同じ。貴女がどんな存在でも、共にありましょう」


「そうか。なら、頼む」


 もう一度、ナギと契約を。

 伸ばされた手を、ナギは鬼の手で取ります。

 ナギは刀で右手の人差し指の先を切り、傷口から血がにじみ出す。


笛之絵麗世命フェノエレーゼノミコト、我に仕えよ。我が名はナギ。ここに主従の(くさび)を結ぶ」


「我、笛之絵麗世命フェノエレーゼノミコト。其方にこの(いのち)預けよう」


 ナギの傷口に舌をはわせ、血を口にふくむ。

 フェノエレーゼが契約の痛みにうずくまると、その背から真白な対の翼が生まれる。


 かつては人間を憎み、殺したいと心底願って振るっていた力を、今度は守るために。


「そ、そんなばかな! こいつ、天狗!?」


 妖怪の中でもとりわけ強いと聞く化け物が、自分たちの前に舞い上がる。いまさっきまでフェノエレーゼたちを傷つけることを楽しんでいた男たちは、言葉を失いました。


「夜道怪たちよ。ヒナに手を出したこと、後悔するがいい」


 フェノエレーゼが夜空を舞い、扇を振る。風は刃となって夜道怪の袈裟(けさ)を切り、手足を切る。

 あまりに強い風に、立ち上がることもままならず、男たちは地面に伏して嵐が過ぎ去るのを待つしかありませんでした。


 ナギは風で動けなくなった三人の男を後ろ手にしばり、地に転がします。


「タビ、この男たちを見張っていろ」


『わかった!』


「夜道怪……あなたがたの人の名を知らないからそう呼ばせてもらう。この猫に噛まれると命を落とす。逃げようなんて思わないことだ」


 いい笑顔で末恐ろしいことを言われ、夜道怪は肝を冷やしました。


 フェノエレーゼが降りてきて、地に両ひざをつきます。背中の翼は霧のようにかききえ、痛みにうめく体をナギが支えます。


「フェノエレーゼさん、大丈夫ですか」


「ああ。地で暮らして一年ともなると、かなり妖力が落ちているな。ヒナのところまで飛べればよかったのだが」


「いいえ。貴女のおかげで夜道怪を捕まえることができました。ありがとう、フェノエレーゼさん」


 印が消えたはずの足に痛みを感じ、フェノエレーゼは唇をかんで前を向きます。


「礼は、いい。はやくヒナを助けに行くぞ」


「はい。オーサキと雀の気配を追いましょう」


 真っ暗闇の林の奥を目指して、二人は走り出しました。


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