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9.本当の始まり

 森番の小屋に泊めてもらったわたし達は翌朝、お爺さんに朝食までご馳走になった。


 素朴な平パンとスープですよ、とお爺さんは謙遜してたけど、わたしには物珍しい。

 しかもお爺さんは森番だけあってエルフのことに詳しく、わたしのぶんは肉類を入れないスープを出してくれた。


 エルフは肉類や乳、卵なんかが体質に合わなくて、ほとんど食べない。わたしも頑張れば食べられなくはないけれど、ない方が好き。

 わたし用のスープは、お爺さんが小屋の裏の畑で育てたという野菜や、人間の森で採れた野草が程よく煮込んである。

 里でエルフが食べているのと同じものもあるけれど、知らない材料もたくさん。それに味付けも違うから、懐かしいようで新鮮という相反するおいしさだ。


 ラスティウスとお爺さんが食べるスープには野菜類に加えて、お爺さんが狩りをして手に入れたという野鳥の肉もぶつ切りにされて、一緒に煮込まれている。

 お爺さんはもちろん、ラスティウスも普通に食べているから、お肉だって平気……むしろ、ないと物足りなかったかもね。


 エルフの森の中では、わたしが取ってきた果物とか、里から持ってきた保存食ーー木の実と蜂蜜をたくさん入れた焼き菓子ーーとかだったんだ。

 やっぱり、わたしはラスティウスに不自由な思いをさせちゃったかな?

 でも、エルフは森の調和を重んじていて、争いごとも基本的に禁じられている。

 交易があった頃の人間にも、同じルールが適用されてたはず。生きものを傷つけてはいけない、って。

 破ると、それも森の魔法に引っかかる。


 うん、今までは仕方ない。

 これからは、もっと彼のことを考えよう。

 わたしが一緒でもいいって、ラスティウスが許可をくれたらだけど……。


 そう思いながら、わたしは人間の朝食を味わった。



⭐︎⭐︎⭐︎



「ラスティウス、これからどうするの?」


 食べ終わった後、わたしはあえて明るく彼に尋ねた。


「何となくだが思い出したことがある。ご老人、フレスベル……という国がどこかにないだろうか」


「ほぉう。フレスベル王国ですか。ございますぞ、ここから北の方角にある小さな国ですなぁ」


「そうか……ちゃんと存在していたか」


 ラスティウスはほっとしたように見えた。


「三十年ほど前に独立した、比較的新しい国でしたかの。あの辺りは情勢が不安定でして、しょっちゅう国が変わるのですが」


「行くなら、どのくらいかかる?」


「あまり行き来がありませんのぉ。馬車が出ておれば、半年から一年だったと思いますけども」


 森番のお爺さんは、近くにあるミド村の出身だという。

 そこから西よりの北へ進むと三、四日でグラガレウといって、この辺りでは大きな街につく。

 お爺さんは他の街に行ったことがないので、その先は詳しくない。

 だが、グラガレウなら馬車便や商隊を探せばいるかもしれない。

 お爺さんはそう教えてくれた。


「それにグラガレウの領主様は、森からの客人を大切になさる方でしてな。お会いすれば、きっと力になってくださるでしょう」


「ありがとう、ご老人。行ってみようと思う」


「いえいえ、大したことではありませぬ……帰れるとよいですなぁ」


 お爺さんはにこりと微笑んだ。



⭐︎⭐︎⭐︎



 ラスティウスとわたしは、お爺さんに別れを告げて森番の家を後にした。

 人間の森へ入ったところで、ラスティウスが「さて」とつぶやいて立ち止まる。


「リューエル。聞いての通り、私はフレスベル王国へ向かうつもりだ」


「う、うん」


 わたしは緊張して、彼の綺麗な顔を見上げた。


「君は人間の世界を見てみたいのだったな」


「うん」


「フレスベル王国は、行くのに少し時間がかかる。すぐに戻って来られないかもしれない」


「うん……」


「それでもよければ……私と旅をしないか?」


「えっ、いいの? ありがとう!」


 長耳の先がぴょんと跳ね上がり、わたしは慌てて耳を押さえた。

 三十歳の子供みたいで、ちょっと恥ずかしい。


 でも嬉しかった。

 わたしは急いで彼に言い募った。

 今度こそ、きちんとしなくちゃ。


「あ、あのねラスティウス。わたしは人間のことをよく知らないから、迷惑かけるかなって思うけど。なるべく、いつも、あなたのことを一番大切に考えるようにするよ」


 ラスティウスは呆気に取られたようだった。


「……いや。なんと言うか。今まで通りで十分なのだが……」


「そんなことないよ。これからはもっと、心の底から大事にするから」


「…………」


 一生懸命言ったのに、彼はなぜか片手で顔を覆って、溜息をついた。

 それから、わたしを見て手を差し出した。


「心強い限りだ……では、しばらくの間よろしく頼む」


「一瞬だよ、半年や一年なんて」


「そうだったな。君にとっては」


「……だから、その先も」


 ラスティウスの手を取った。


 今度はわたしが、このひとについていきたい。

 千年を生きるエルフでも、花の命は短くて。

 恋が続くのだって、長くても八十年ーーそう言われているんだよ、ラスティウス。


 人間のあなた。

 きっと、残りの時間は同じくらいだよね。


 だから。


「ずっと一緒だよ、ラスティウス」


 このときに決めたんだ。

 ヨミガエリのあなたに、全力で恋をしよう。

 きっとこれが、わたしの運命だ。


⭐︎旅と恋を始めます。次回より1日1話更新予定です。

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