76.再来(前編)
わたしと、もう一人の「ラスティウス」は長いこと話し合った。
魔法の外、世界樹の森やエルフがどうなったのか、も教えてもらった。
森は、わたしと同様に、禁呪によって時間を停められている。「ラスティウス」は魔法を使って、外の様子も見せてくれた。
ーー広大な森林の半分以上が、透明な氷に閉じ込められていて……とてもびっくりした。
目玉が落っこちるかと思ったもの。
これ、エルフはもちろん人間のあいだでも大騒ぎになってるんじゃないだろうか。
住んでいる生きもの、そしてエルフはどうなったの?
「とりあえず目についた連中は全部、追い出しておいたよ」
彼は、なんでもないような顔で言った。
「転移魔法で、ぱぱっとね。ちょっと荒っぽい手段だったけど」
エルフでも転移魔法は結構難しいのに、そんな簡単に言っちゃうんだ……
そっか。
わたしが知ってるラスティウスに魔法を教えたのって、このひとなんだよね。
詠唱の短縮を編み出したのも元々、こっちの彼だった。禁呪を操れるひとでもある。天才的な魔道士だというのは間違いなさそう。
「……彼の魔法の有効範囲から外には逃がした。ただし、その先は保証できない。適応できない生きものもいたと思う」
逃してあげても、森の外で生きられないものもいる。
魔物の牙にかかって死んだひとや、生きものもいるだろう。
「どうしても森を離れなかった者もいたよ」
言われた意味は、すぐに分かった。
「里長は残ったんだね。旧い世界樹の契約者だったから」
里長は、自分と何人かのエルフ以外は逃げるように、と言ったらしい。アルザートがみんなをまとめて、世界樹の森を離れた。
時間稼ぎのために残ったエルフ……お母さん達にも「ラスティウス」は転移魔法をかけて、彼いわく追い出した。つまり生き延びることができるようにした。
世界樹から離れられない契約者、里長ゲランウェイドを除いて。
「無理に引き剥がして連れ出すことも、できなくはなかった。でも断られたんだ。先約があるって」
「ラスティウス」は少し眉を下げ、小さい声で「怒るかい?」と訊いてきた。
「ううん。ゲランウェイド……あのひとなら言いそうだもの。それにエルフは不老長寿でも不死ではないんだ。病気はほとんどしないけど、事故に遭うことだってある。永遠に生きられる訳じゃないよ」
いつかは、みんな世界樹の下へ帰っていく。
そう、つまりーーわたしのところへ。
生まれ持った役割を、放り出したりはしない。
わたしは次の世界樹として生きていく。
闇と光、死と生の循環を司る調停者。
変わらないよ。
ただラスティウスと離れる気もない、それだけ。
「リューエル。君、まさか……」
「これが一番いいと思うの。協力してくれる?」
「……断ると思うかい? 意地悪を言うね」
彼はラスティウスと同じ、美しい顔で笑った。
自分を魔法に変えてしまったラスティウス。
普通の人間なら消えてしまうところだけど、彼の心はまだ、残ってる。
身体に呼び戻すことができれば……もう一度会えるはず。
そのために、わたしができることをしなくちゃ。
希望はある。
あなたが、うなずいてくれればーーという条件はつくけど。
だから今度は、わたしが会いに行く。
全力で恋をしよう。
再来 のあなたに。
⭐︎⭐︎⭐︎
その後の出来事も教えてもらった。
アルザート達、世界樹の里のエルフは、グラガレウ寄りにある森……禁呪の影響がぎりぎり及ばない場所を見つけ出して、仮の里をつくった。エルフの森とは少し勝手が違うけど、なんとかやっているみたい。
時々、アルザートや他のエルフが何人か組になって、こっちの様子を見にくるそうだ。
「君のことが気になるんだろう。もちろん通してはやれないけどね」
人間も時々やってくる。グラガレウの領主が定期的にひとを寄越し、状況を確認しているようだという。あちこち見て回り、魔物がいれば討伐するけども、奥へ踏み入ろうとはしない。
「ああ、そうそう。レオとエデスが来たこともあった。領主の依頼を受けたんだろうね」
「あの二人が? 元気そうだった?」
「変わりない様子だったよ。ただねえ、僕がうっかりして、遠目にだが姿を見られた。失敗したよ」
レオさんもエデスさんも驚愕していた。でも「ラスティウス」が魔法を使って姿を隠すと、しばらくして諦めた。
あの二人は荒事の専門家で用心深いから、引き際を心得ている……見境なく深追いするような真似はしない。無念そうではあったが引き返していった、という。
「そうすると僕達のことがある程度、ゴリラ殿にも伝わった可能性が高いんだよね」
レオさんとエデスさんは、わたし達の顔を知っている。二人は依頼主に報告するだろうね。森の中でラスティウスらしき者の姿を見た、って。
依頼したのはグラガレウ領主、ゴリラさんのはずだ。ラスティウスが森のヨミガエリとされる記憶喪失であったことも、わたしが世界樹の一族のエルフであることも知っている。
「ラスティウスが悪者にされてしまうかも……ね」
「まあねえ。実際、否定はできないんだが」
人間達にとっては、突如降って湧いた災難だろう。
原因を知りたがるに決まっている。
彼等はその後、一度だけ森を訪れた。
依頼を受けたのではなくて……ただ別れを告げるために。
「ラスティウス」は魔法で姿を隠したまま、こっそりと会話を聞いた。
ーー二人とも、この地を離れるつもりだと分かった。レオさんは、故郷が魔物に襲われたという知らせを受けて帰郷を決め……エデスさんも同行するらしい。
「別れの挨拶ぐらいするべきだったかもね。でも僕は、彼等が覚えてるラスティウスじゃないから。見た目は一緒だけども。正直言って、この辺を説明し切れる気がしない」
「巻き込まない方がいいよね、きっと」
「ああ。ひそかに見送るだけにしたよ。それが二年ぐらい前かな」
ーー本当に何年も経ってしまったんだね。
世界樹の長い時間を考えれば、一瞬かもしれないけど。
わたしがしんみりしていると、ふっと「ラスティウス」が顔を上げた。
「……噂をすればお客さんが来たようだ。少し外の様子を見てくるよ」
「ラスティウス」は、魔法の内側と外側を自在に出入りできるらしい。
「でもリューエルは此処にいてほしい。また君がどこかへ消えてしまったら、彼は正気を保てないからね? 絶対にやめてね? 前振りじゃないからね?」
何度も念押しをされた。
此処はラスティウスの魔法でつくられた異空間……この世のどこでもない場所。
ラスティウスにも、此処で起きたことは伝わってるはずだという。
「今は、別の魔法に集中してるから細かいところまでは分からないだろうけど。身体が無いと感情の振れ幅が逆に大きくなる場合があるし……とにかく彼を置いていかないでやってくれ」
そう言って、虚空へ溶けるように転移していった。
ふふ。いいひとだな、ラスティウスみたいに。
ううん、反対かな。彼がひとの心を教えたから、ラスティウスも優しいのかもね。きっと。
魔法の外へは出ないよ。
ラスティウスを、もう置いていったりしない。
でも、あなたのことを知りたい。
どんなことを思っていたのか……今なにをしているのか。この魔法をたどっていくと、分かるはず。
わたしは腕を伸ばす。
不思議だな。とっくに世界樹に同化され消えていたであろう身体が、まだあるんだもの。
ラスティウスが残してくれた。
あなたのために使おう。
わたしを取り巻く、魔法に触れた。




