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68.運命(sideゲランウェイド/後編)


 死んだはずの男がいるーー


 リューエルを庇い、禁呪と引き換えに絶命した人間の魔道士。

 だが、男はどこかに傷を負った様子もなく、暗い色彩をまとって立っている。


「お前は……何者だ」


 至極当然の疑問に対して、男は美しい顔を緩めて笑う。


『そうだなあ。その昔は人間だったんだが、名前も記憶も、まとめて友人に押しつけてしまった……だから、まあ、亡霊のようなものさ』


 なにを言っているか理解できない。

 ゲランウェイドがもし、その男に会ったことがあればーー違和感を覚えただろう。しかし彼は、男が別人のようであることを知らなかった。


「……亡霊ならば、ますます何用だ。世界樹に恨みでも?」


『いいや、全く。信じてもらえないだろうけど。僕らは穏便に事を収めようとしていたんだよ……ただ、思い通りに行かなかった』


 男は首を巡らせて辺りを眺めた。

 彼等の周りだけ、吹雪が止んでいる。いや、目に見えない壁のようなものがあって、吹雪を遠ざけているのだ。奇妙な静けさの中で、亡霊だという男とゲランウェイドは向かい合っている。


『人間の身体なんて、もともと不安定で壊れやすい容れ物だったからね……最後のひと押しをしたのは君達エルフだが、責任をなすりつけるのは酷だな。中身を知らなかったんだし』


「……中身とは?」


『災いの星。そう呼ばれるものだよ』


 邪悪な者の名乗りとも思えない、淡々とした声だった。


『僕達が此処へ……この星へ来てしまったのが間違いなのは分かってる。ただねえ、君達からは終末の邪神のように見える「彼」も、広大な闇の世界の中では、ちっぽけな石ころ同然なんだ。自分の意志で行先を変えることはできなかった』


「それもまた……運命ということか」


『実を言うと、その言葉はあまり好きじゃない。でも、そうだね。逆らいようのない、なにか。みんな巻き込まれたんだ。もっとも、僕の友人はまだ諦めていないようだが』


「ーーこれ以上なにをするつもりだ」


『君に分かりやすく言えば、時間を稼いでいるあいだに運命を書き換える。それで、僕なりに手伝いをしているんだよ……要らない者には消えてもらう』


 男がゲランウェイドの手元を見た。


『その小鳥。まだ息があるね』


 そして一言、二言なにかしゃべった。エルフの長耳にも聞き取れない言葉。

 はっとしてゲランウェイドが手を引き戻すよりも早く、魔法が小鳥を覆いーーぱきん、と氷が砕けるような音と共に、跡形もなく消し去った。サリエラが消滅させられたのと同じく。

 間近で再び、そのさまを見たゲランウェイドは、先程とは違う意味で慄然とした。

 あり得ない魔法だった。

 人間どころか、エルフでも使えるものはいないだろう。ゲランウェイド自身やアルザートも含めて。

 それを表情一つ動かさず、軽やかに操ってみせた男はやはり、只者ではない。


「まさか他のものにも、その魔法を使ったのか……」


『まあね。しかし君には効かないようだ。世界樹の契約者だからか……残念だよ』


「元より楽に死ねるとは思っていなかったが?」


『……君、典型的なエルフだな。こういうとき妙に我を張るというか。損な性分だと言われたことがないかい?』


 男が肩をすくめた。その仕草が、遠い記憶を呼び覚ました。

 容姿も年齢もまるで違うが。


 ーーこれじゃからエルフというやつは。頭の中まで草が詰まっとるんじゃあるまいな!


 目をぎょろつかせながら怒ってみせる短気な人間、忘れ物を取りに来なかった間抜けな友を、ふと思い出していた。


 ……いくらか混乱しているらしい。あんな奴が懐かしくなろうとは。


 二、三度、軽く頭を振った。


「年老いた世界樹が一度枯れるとき、契約者も同じ道を行く。かろうじて生き延びた場合もあったと聞くが、な。私は生憎、先約がある。いつか共に世界樹の下へ帰ると。余計な手出しは要らぬ」


 男は藍色の目でゲランウェイドを見つめると、ややあって、うなずいた。


『そうか。待っていてくれる誰かがいるなら……無粋な真似は止めておこう。会えるよう祈っておくよ』


 男は外套を翻し、白い闇へ溶けるように去っていった。



⭐︎⭐︎⭐︎



 一人になったゲランウェイドは、近くの樹に寄りかかった。張りつめていた糸が切れたかのように動けなくなり、浅い呼吸を繰り返す。


 災いの星か。


 排除を命じた世界樹は決して間違っていない。しかし相手の力を見誤った。既に、エルフの手に負える存在ではなかったのだ。


 リューエル。お前はどこまで知っていたのだ?


 実の娘同然に、成長を見守ってきた世界樹の花ーーリューエル。

 次の世界樹として生まれたからか、彼女は少し変わり者のエルフだった。曇りなく、真っ直ぐに、ひとを見る。

 ひねくれ者の多いエルフも、あのまなざしには、なぜか勝てない。

 気性の激しいアルザートでさえ、リューエルにとっては面倒見のよい兄のようなものであり……なんだかんだと文句をつけながらもアルザートが引きずり回されていたのを、ゲランウェイドは知っている。

 ゲランウェイド自身も、ずいぶん色々と小さな少女を構ってやった覚えがある。誰に頼まれた訳でもなかったのに。


 そんな彼女の目に、あの男はどう映っていたのか……


 たぶん、恐ろしいとは思わなかったのだろう。

 むしろ優しい部分、人間らしい部分をすくい上げるようにしたのではないか。

 甘いと言えば甘い。

 愚かと言えば愚かだ。

 だが、切って捨てるつもりは、もうない。

 正しいのは、リューエルの方だったのかもしれない。

 いてはいけないものだと言わずに、ささやかでも居場所をつくってやることが……


 あの魔道士にも、リューエルが大切にするだけのなにかがあった。そう思いたい。


 なぜなら男が見せた魔法は。

 サリエラに、エルフ達に、一羽の小鳥にさえ使った技は。


 あれは確かに、

 ーー転移魔法だった。


(皆、森の外へ移された。それに、まだ諦めていない……だったか)


 リューエルが持っていた滅びと再生の運命を、書き換える。

 不可能だ、と思う。

 だが、もしかしたら。



 いつの日か、また、あの鳥が歌うのを聴けるだろうか。

 そのときは、きっと隣に……



 吹き荒ぶ風の音に混じって、遠い呼び声を聞いた。



 ……一緒に帰りましょう、ゲランウェイド。

 いつか新生する世界樹の下へ……



 ーーそうだな、約束を果たすときが来た……



 ゲランウェイドは目を閉じた。

 自分は此処までだ。

 エルフとしての生が終わる。



 あとは頼んだぞ。

 私の子供達よ……


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