表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/82

49.グレン(前編)

 次の日からも、ラスティウスは図書館へ出かけていった。

 猶予をもらえるなら考えをまとめた上で話したい、少し待ってほしいと言って。

 わたしはもちろん構わない。

 ラスティウス、ちゃんと毎日帰ってくるし。

 エルフの少しって十年くらいだよ、と言ったら、そんなには待たせないと返された。

 真面目だよね、ほんと。安心したような残念なような。


 ラスティウスが、わたしを手放したくないと思っているのは……分かってる。

 二人きりで暮らしているのもあるのかな。

 刻みつけるように触れられることが増えた。

 例えば、そう、ぎゅうっと抱きしめられる力が少し強くなって、解放されるまでの時間も長くなった。

 相変わらず口数が少なくて表情も変わらないけれど、その分、行動に気持ちが表れるんじゃないかな。

 わたしも……似たようなものだ。

 本当のことを話してしまったら、このままでいられない。

 でも断ち切れなくて一緒にいる。



 そんなラスティウスも外出中だ。わたしは昼間、家のあちこちを手入れしたり、周囲の森を探検したりしている。

 今日はフレイアの街へ行こうかな。食べ物を少し買い足しておきたい。

 でも犬獣人に限らず、獣人さん達は感覚が鋭いみたい。わたしを見て、挙動不審になるひとが時々いるんだよね。それが一人二人じゃないから、わたしだって気付くよ。


「……だから警戒心が足りないと、いつも」


 ラスティウスに溜息をこぼされてしまったっけ。

 さすがに反論できない。

 だから街へ行くのは、エルフだとばれないように、様子を見ながらにしようと思ってる。

 ヴェラドニカはフレイアに住んでたとき、どうしていたんだろう。聞いておけばよかった。



⭐︎⭐︎⭐︎



 グラガレウで両替してもらった人間のお金、結構すごい金額だったりする。

 ゴリラさんの「忘れ物」を届けたお礼も入ってるみたい。あのときのわたしは、お金の価値がぴんと来てなかったけど。

 わたしとラスティウスと二人で旅をしてきて、取り立てて贅沢はしてなかったにしても、お金がまるで減っていかない。

 フレイアの露店の買い物ぐらいじゃ、びくともしない。

 ところが自給自足の里で育ってきたエルフには、お金の使い方なんて見当もつかない。

 今、着ている服や靴、頭に巻いてるスカーフだって、十分いいもので気に入っている。

 魔道具は、見ているのは面白い。でもラスティウスもわたしも、だいたい魔法でできちゃう。

 アクセサリー? エルフはつける習慣がないんだよね。きらきらしてて綺麗だなとは思う。森を歩くのに邪魔そうだけど。

 ラスティウスに毎朝つけてもらってる耳飾りは、あれは例外。つけてくれるの嬉しいから。ラスティウス、すごく真剣にやってくれるんだよ。


 食べ物も、今は冬で種類が少ない。フレスベルの今の王様が、民を飢えさせないために色々と頑張っているらしくて、品ぞろえよりも値段を押さえて、たくさん仕入れる方に力を入れてるっぽい。

 ザラール帝国の調味料なんかは、馴染みがないから見ていて楽しい。ちょっとピリッとするスパイスとか、お茶やお菓子に入れると甘い風味がつく香草とか。

 ラスティウスが好きな味なのか分からないので、少量だけ買ってみた。

 ほとんどお金は減らなかった。

 うーん。買い物って難しい。



 買い物が終わった後、思いついて聖光教会へ足を向けた。

 旅が始まった頃から、行ってみようと思ってたのに機会がなかったんだよね。オンフォアでも魔物が襲ってくる騒ぎが起きて、すぐに街を出てしまった。

 で、今度こそ。


 フレイアの聖光教会は石造りの立派な建物で、中へ入ると壁や天井に色とりどりの絵が描かれていた。

 どうも教典にある有名な場面を映し取ったもの、みたい。

 一番奥に描かれているのは、淡い色のヴェールをかぶって、ひざをついて祈っている女性だった。

 このひとかな。

 光の乙女。


 聖なる光の恵みを全ての種族に。

 持てるものを隣人と分け合いなさい。

 災いの星が降るときも、光を胸の奥へ灯しなさい。

 恐れることはない。

 祈りを捧げなさい。

 光が災厄を打ち払うときが必ず来るーー


 壁画の周囲にある文字を追っていくと、そういう内容が書かれていた。


 彼女は元よりこの世の人間ではなく、天が遣わした存在だった。

 あまたの地を巡って教えを広め、困っているひとびとへの奉仕を続けた。

 そして若くして、再び天へ帰ったという。


 壁画の女性は、太陽みたいな黄金色の巻き毛がくるくると肩や背を覆っていて、光を背負っているように見える。ふんわりしたヴェールの向こうにある顔は朧気で、目も閉じられているけど、きっと美しいひとだったんだろう……そう思わせる雰囲気があった。



⭐︎⭐︎⭐︎



 背後でパタパタという足音がした。

 誰だろう? 建物の中には今、わたし以外のひとはいない。

 振り返ると、入り口から小さな人影が駆け込んできたところだった。

 人間族の男の子ーーかな?

 勢いよく走ってきて、わたしを見て「あっ!」と言った。


「あ、あのさ! 秘密にして!」


 えっ?

 秘密って、なにを?


 聞き返す暇もなく、男の子はわたしとすれ違い、ダダダッと(きざはし)を駆け上がって乙女の壁画ーーの前にある祭壇へ隠れた。

 どういうこと?


 答えも向こうからやってきた。

 またも荒々しい足音がして、何人か別の人間が姿を現したんだ。


「女! 子供が来なかったか?!」


 先頭にいる小太りな男性が、大きな声で怒鳴った。

 ええと。女って、わたしのこと?

 荒っぽい言い方でびっくりだ。

 さっきの男の子が言ってたのは、これかなあ。

 どう答えるのが正解だろう。嘘をつくのは、よくないと思うけど……

 黙っていると男性は、どすどすっと足を踏み鳴らした。


「この儂が聞いておるのだ! 答えんか!」


「え……いえ、誰も来てないですよー」


 この男性がもっと丁寧だったら、素直に教えてあげたかもね。ところが横柄すぎるので、とりあえず否定しておいた。

 あの子に事情を訊いてからにしよう、と思ったんだ。


「ちっ、あのクソガキめ……女、見つけたら知らせるのだぞ!」


 男性は回れ右をして、どすどすと出ていった。お付きのひと達も引き連れて。

 身分が高いのかな? 金色の派手な刺繍がある服を着ていた。趣味は悪いけど高価そうではあった。

 追いかけられていた子は何者なんだろう。

 わたしは、周りに誰もいないのを確かめてから祭壇へ歩み寄った。

 ちょこんと小さな頭が飛び出す。


「おねーさん、ありがと! アイツすげー失礼だったな。ごめんね」


「あはは、別にいいよ。あなたは誰?」


 尋ねると、男の子はニカッと笑い、元気よく名乗った。


「ーーグレン!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ