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34.告白(前編)

 わたしって、自分で思ってたより心が狭かったみたい。


 北方には、他の土地にはない偏見があって、魔道士も黒っぽい髪色のひとも差別される。ラスティウスはどっちも当てはまっているから、二重にそうだ。

 誰からも侮蔑の目で見られるし、ぞんざいな扱いを受ける。

 ラスティウス本人は全く気にしていない。むしろ、わたしが巻き込まれているのを心配してくれる。

 そうだね。

 同行しているわたしも、妙な女だと思われてる。

 あんな忌み者と一緒にいたらいけないって、色んなひとに言われた。悪意があるひとばかりじゃない、本当にわたしを心配して忠告してくれるひともいた。

 だから余計に悲しかった。

 ラスティウスは承知の上でフレスベルへ行く。わたしも知っていて彼についていくんだから、嫌なことがあっても言わずに飲み込んできたーーつもりだったんだけど。



 エルフって、人間からは傲慢で尊大な性格に見えるんだって。偉ぶっている、というよりは他種族を警戒しているから、つい冷たい対応になってしまうんだと思うけど。

 わたしは色々な能力が低いせいか、エルフらしくないって呆れられたり、なぜか感心されたりすることもあった。



 でも今回は、エルフらしく振る舞わなくちゃいけないと思った。それにラスティウスが馬鹿にされ続けて苛々してたのもあって……



 結局、騒ぎを大きくしてしまった気がする。



⭐︎⭐︎⭐︎



「失敗しちゃった。いつもごめんね」


 もう何度目になるのか、わたしはラスティウスに謝った。


 衛兵や街の人間達に喧嘩を売ってしまった後、わたし(と、ラスティウス)は彼等がたじろいでいるうちに、さっさと逃げ出した。

 隠蔽の魔法をかけたり、風魔法で塀を飛び越えたりして姿をくらませたんだ。

 わたしはスカーフをかぶり直したけれど、幻惑魔法はそんな簡単にかけられない。そのまま人通りの少ない道を選んで、乙女の祈り亭に向かって歩いている。

 クローナさん達に嫌がられないといいな。


「そうでもない、私だけでは問題が起こりそうだったからな。むしろ助かった」


「やりすぎちゃってない?」


「本当に報復するつもりはないんだろう?」


「うん」


「それなら構わないと思うぞ。君以外のエルフが身を守るためにもなる」


 ラスティウスは平気な顔だ。

 なんて言うか、彼はわたしをちっとも怒らない。迷惑そうにもしない。


 アルザートも温厚な性格だったと思うけど、時折は「またか」みたいな表情を見せることもあった。

 百二十年も一緒だったから互いのことが分かり切っているし、それが当たり前だった。

 でもラスティウスだと……一つも当たり前じゃない。

 不愉快に思われないのって、とても落ち着く。


 久しぶりにアルザートのことを考えた。今頃どうしているかな。

 彼が好きになったエルフ……わたしも誰なのか見当はついているんだけど、ちゃんと仲よくなっただろうか。

 今なら、心から祝福できそうだ。


 ちょうど、そんなことを考えていたわたしに。

 ラスティウスが言ったのだった。


「ーーリューエル。なぜエルフの里を出てきたのか……訊いてもいいか?」



⭐︎⭐︎⭐︎



「里を出てきた理由……?」


「人間の世界を見てみたいというのが、嘘だとは思わない。しかし他にもある……そうだろう?」


「う、ん……」


 エルフは嘘をつくのが得意じゃない。

 それに、わたしはラスティウスに嘘を言いたくない。

 でも……里にいた頃の話をして、もし失望されたらと思うと怖かった。


「ヴェラドニカには話したのだろう? 私には……駄目か?」


 そう言ったラスティウスは、やはり怒っていないけれど悲しそうだった。


「……見てたの?」


 思い出すのはヴェラドニカの家に泊めてもらった次の日の朝、彼女と語り合ったこと。

 ラスティウスはまだ眠っていると思ってた。


「たまたま目が覚めてしまった。覗き見をするつもりではなかったが」


 あのときは泣いてしまって、ヴェラドニカに慰めてもらったんだっけ。

 ラスティウスに気づかれていたなんて。

 嫉妬した、と言ったのも理由があったんだね。

 もし逆の立場だったら、わたしはもっと早いうちにラスティウスを問い詰めていたんじゃないかな。どうして話してくれないんだって言ってしまいそう。


 それなのに彼は、わたしを責めないのか……



 いつの間にか、わたしの足は止まっていた。

 目の前にこぢんまりした建物がある。

 乙女の祈り亭に戻ってきていた。


「……まず中へ入ろう」


 ラスティウスに肩を押されて、扉を開けた。


「あら、お客さんがた戻ってきたのね? なにか騒がしいみたいだけど、大丈夫だったかしら?」


 クローナさんがにこにこしながら、やってきた。

 室内にも魔石のランプがあるけれど、薄暗いせいかラスティウスの髪色には気付いていないようだ。


「連れが人混みに酔ってしまったので、戻ってきたところだ」


 ラスティウスは、しれっと嘘でも本当でもないことを言った。

 表情があまり変わらなくて落ち着いているから、こういうとき便利だよね。

 クローナさんも全くあやしんでいないみたいで「それは大変だわ!」と言い、てきぱきと動き出した。


「部屋はもう暖めてあるわよ。あと、お湯を(たらい)に入れてあげる。足だけでもつかるといいわ」


「すまない、助かる」


「これくらい当然よ。早く連れていってあげて」


 親切なクローナさんのおかげで、わたしは部屋に押し込まれて毛布にくるまれてしまった。

 ベッドに腰かけて足をお湯で温めながら、お茶まで淹れてもらって飲んでいる。

 ラスティウスも一緒になって、わたしの世話をせっせと焼いてから、肩が触れ合う近さに座った。

 クローナさんは「あらあら、ご馳走様。ごゆっくり」と言って部屋を出て行ったので、今は二人きりだ。

 お茶をご馳走になってるのはこっちなのに……人間の言葉って難しい。


「クローナさん、凄くいいひとだね」


「ああいう人間もいる」


「そうだね。エルフも色々いるよ。もちろん、みんな同族だけどね」


 わたしがなにを言いたいか、ラスティウスには分かったようだった。


「リューエル、無理をしなくていい」


「ううん、話したい。聞いてくれる?」


 あなたなら、きっと大丈夫……

 そう信じよう。


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