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29.魔女ヴェラドニカ

「人間とエルフが連れ立って、やってくるとはねえ。長生きはしてみるものさ……」


 森に分け入って進んでいったところに、一本の大きな樹と、寄り添うように建てられた小さな家があった。

 そしてその前に、黒いローブをまとったお婆さんが、杖をついて立っていた。

 目深にかぶった頭巾から白髪と、しわだらけの顔、にゅっと突き出た鷲鼻が見える。


「こんにちは。話を聞かせてもらってもいい?」


 わたしは、片手を額に当てるエルフの礼をした。

 このひとには分かるはずだ。

 幻惑魔法を使っていても。

 お婆さんは落ち窪んだ目の奥から、わたしとラスティウスを眺めた。

 それからトントン、と杖の先で地面を叩く。


「……いいだろう。お入り」


 お婆さんは杖をつきながら歩き、家へ入っていく。

 わたし達も、その後に続いた。


 中では暖炉に火が燃えていて、とても暖かい。

 わたし達は外套を脱いで壁にかけさせてもらった。


「……そこにお座り。魔女の薬草茶でよければ、振る舞ってあげようかねえ」


 お婆さんは「キッヒッヒ」と細い笑い声を上げて、部屋の奥へ消えていく。向こうに台所があるようだ。

 わたしとラスティウスは言われた通り、席についた。

 かわいらしい丸い木のテーブル。お手製のクロスが敷かれている。

 窓にかかっているカーテンもそうで、見事な刺繍がしてあった。部屋の壁や天井には、乾かした薬草の束もたくさん吊り下げられている。


 お婆さんが戻ってきた。そして、お婆さんの後ろから、ティーポットと茶器がふよふよと宙を泳ぐように運ばれてきた。

 杖で片手が塞がっているからかな?

 面白い魔法を使ってる。


「なぁんだ、驚かないのかえ。魔女にぴったりだと思ったのにねえ」


 お婆さんはくつくつと笑いながら、宙に浮いたティーポットを片手でむんずとつかみ、茶器に中身を注いで供してくれる。

 深い緑色のお茶だ。苦そうな匂いがする。


「毒じゃないよ……健康に良いものさ。まあ信じなくてもいいけどねえ」


「ふふ、ありがとう。このお茶は久しぶり」


 エルフも子供のうちは病気にかかる場合があって、そのときに飲まされるのがこの薬草茶なんだ。青臭くて苦いけど、効き目はある。

 わたしは率先して口をつけた。

 出されたものを、ためらわず飲食できるかどうか。

 それがエルフが客を受け入れるときの作法だと、里で教わっていたから。


「…………」


 ラスティウスは無理しなくてよかったんだけど、わたしがなにか言う前に、鉄壁の無表情を保ったまま飲み干していた。


 おいしくはないよね。うん。

 でもお婆さんのテストには合格したようだ。


「さあて。お名前をうかがおうかね、お客さんがた」


「わたしはリューエル」


「ラスティウスだ」


「そうかい。あたしの名はヴェラドニカ……魔女と呼ぶ人間もいる。お二人さん、顔をよく見せておくれ」


 わたしは頭に巻いたスカーフを取り、ラスティウスも幻惑魔法を解除した。


「おやおや、これはまあ」


 ヴェラドニカは驚いたように見えた。


「世界樹の一族かい。しかもあんたは……人間と一緒だなんて……」


 そう言うヴェラドニカの姿も、水に溶かしたように変化した。


 白い蓬髪は、艶やかな白金色の長い髪に。

 しわに埋もれそうな目は、すみれ色の瞳をした切れ長の目に。

 しみもしわもない肌、すらりとした肢体、わたしと同じようにとがった耳。


 美の神のようなエルフの女性だった。



⭐︎⭐︎⭐︎



 ヴェラドニカは五百歳ほどだそうだ。

 ずっと南にあるエルフの集落で生まれたけど、訳あって里を出て、二百年くらい前から此処で暮らしているらしい。


 滅びてしまった人間の村とは、細々と交流があったという。


「この辺はまだ、魔道士や魔女への偏見が強くないのさ。それに、あたしは村の役に立つ薬草を提供してやってたからね」


 幻惑魔法を解いたヴェラドニカは声も瑞々しい。村人にはエルフであることを隠して、ずっと年老いた魔女のふりを続けてきたので、お婆さんのようなしゃべり方が定着してしまったという。


 ヴェラドニカはエルフの知識を生かして採集したり育てたりした薬草の一部を、村のひとに無償で分けてあげていた。貧しい村にとっては貴重だったはずで、仲よしとはいかないけれど敵対はせず共存できていたとか。


「まあ……もし手を噛んでくるようなら、思い知らせてやったかもしれない。その前に向こうがやられちまったんだけども」


 ヴェラドニカが珍しい薬草を取るため留守にした、数日の間のことだったという。

 熊型の魔物が出現し、村は襲われて壊滅してしまった。帰ってきた彼女はごく少数の生き残りを逃してあげた後、亡くなった村人を埋葬したそうだ。


「あの魔物を倒そうと思わなかったのか?」


 ラスティウスの疑問はもっともだ。でもヴェラドニカは首を横に振った。


「うーん、正直言って面倒というか」


「面倒?」


「アイツは縄張りを作る魔物だと分かってねえ。縄張りの内へ侵入したものには容赦しないが、外には出ないのさあ。この辺りは人間の集落がもうない。倒したところで次の魔物がやってくるだけ。だったら、お互い出くわさないようにすればアイツもあたしも静かに暮らせる……そう考えてしまってね。身勝手だと思うかね?」


「……侵入者は私達の方、とも言えるか」


「アイツらも、好きであのように生まれてきた訳じゃあない……もちろん、戦うことになれば手抜きはしなかったが」


 しかし結果的に、あんた達に迷惑をかけてしまった、悪かったねとヴェラドニカは謝罪してくれた。


「これから、どうするつもりかえ?」


「村に入れてもらえなければ、魔法を使いながら野宿するつもりだったよ」


 わたしの答えにヴェラドニカは片眉を上げてみせる。


「リューエル、もうちょっと人間を大事にしておやり。森に生きるエルフとは違うんだ」


「う、ごめんなさい……」


「いや。私なら問題はない」


「なにかあったときに困るのさあ。この子をこの辺に放っていかれたら大変だよ? そもそもだねえ。そんなざまでは、あんたも死に切れんだろうに」


「それは……そうかもしれないが……」


「これから数日は吹雪くよ。命が惜しければ、しばらく此処においで」


 ヴェラドニカがそう言ってくれて、わたし達はこの家に滞在させてもらうことになった。


⭐︎ワイルドすぎて大先輩にも叱られました。

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