26.此処にいてはいけないもの(sideエデス/後編)
ラスティウスは俺と同じく、北方出身に見える。
顔立ちや名前、言葉の発音、そういう部分が、どことなく北の空気をまとっている。
どうやって生き延びてこられたのやら……
北の地は色々と迷信深く、魔法もさることながら闇色の髪も忌まれている。生まれた赤ん坊が黒っぽい髪だと、密かに間引いて死産だったことにするのも当たり前だ。
俺も迷信のせいで故郷を離れた身。
しかしラスティウスを見ていると、いないはずの不吉な存在だと思えてならないときがある。やつも普段は実力を隠し切って、その辺の魔力持ちという顔をしているが。
底が知れない黒い魔道士。
正直言って、気が滅入る。
ところが、そのラスティウスに平気でくっついているのがリューエルだ。
リューエルも魔力持ちで、綺麗に透き通った魔力をしている。
素直な性格が現れているんだろう。
無邪気な笑顔で、誰にでも近寄っていくし。
気の利いたことなんて言えない俺が相手でも、態度が変わらない。
俺は、生まれた村では徹底的に蔑みの目で見られてきたからな……少しでも馬鹿にされている、相手に失望されていると感じると、ろくにしゃべれなくなる。情けないことだが、今でもだ。女だと余計に。
リューエルには、そういうのがない。
レオみたいに人付き合いが苦にならないやつには、このありがたみが分かるまい。
たとえると、あれだ。
酷寒の冬の荒野を歩いてきて身体の芯まで凍えているところに、小さな家があって快く中へ入れてもらって、暖炉の前に座らせてもらったような。
うん。和む。
ラスティウスも多分、似たような気分なんだろう。
俺と同じくらい愛想がない男だが……リューエルのことは、ものすごく大事にしている。
大事にしすぎて、肝心のあと一歩が踏み込めていないんじゃないかと思うくらいだ。
その様子を見る限り……ラスティウスのこともそこまで警戒しなくていい、やはり正体は不明だが悪い連中ではなさそうだ。
疑り深い俺も、そう信じられるようになっていた。
だから驚いたよ。
カルルーネどころかオンフォアから国境を越え、フレスベル王国へ行くつもりだと聞かされて。
最初に旅の目的を質問したのはレオで、俺は相棒の軽はずみな言動をたしなめたんだが。
ラスティウスの答えには呆気に取られた。
北方の魔法嫌いは有名だ。
魔道士相手にワイズナー王国の北出身だと告げれば、皆が察する程度には。
なのに知らないだと?
ラスティウス、あんた本当に何者なんだ?
その言葉が舌の先まで出かかった。
言わなかったのはリューエルがいたから。
ラスティウスの素性を訊くのは、リューエルを問い詰めるのとほぼ同じ。彼女を困らせるだろう。
俺はどうにか冷静さを取り戻し、なるべく客観的な説明と忠告をするだけにとどめた。
だが本音では言ってやりたかった。やめておけ、と。
人探しだかなんだか知らないが。
ラスティウス、それは今あんたの隣にいてくれる彼女よりも重要なのか?
北の地で、黒に近い髪の、しかも魔道士を受け入れてくれる場所なんて一つもない。
連れのリューエルまで、常に危険にさらされるんだ。
あんたほどの魔道士がありったけの魔法をかけて、自分の命より厳重に囲い込んでいる癖に……
⭐︎⭐︎⭐︎
馬車は進み、カルルーネに到着した。
旅と仕事に区切りがついた、ラスティウスやリューエルともお別れだ。
これでいい。
深入りすべきじゃない。
だが……
気付くと俺は、レオへ先に行っていてくれと告げて、来た道を駆け戻っていた。
やはりリューエルだけは放っておけない。
ラスティウスの魔法が二重、三重以上にかかっていて分かりにくいが、彼女もまた、ただものではない。
魔力がかなり高いし……身体は細くても、しなやかで生命力にあふれている。
盗賊団が無力化されたのも、リューエルが何かしら関わっていたんだろう。今の俺は、そのことを疑っていない。
でもな。
リューエルは心根が純粋すぎる。
疑うことを知らないと言えばいいか。
それは彼女の美点であると同時に、だまされやすいという欠点でもある。
いくら身体能力が優れていても、そこが不味いんだ。
「あれ、エデスさん?」
戻ってみると彼女はぽつんと道端に立っていた。
ラスティウス、なんで一人にしたんだ。魔法だって万能ではないぞ。
俺には好都合とは言え……
あいつが戻ってくる前に訊こう。
「ーー本当に、あの男と北へ行くのか?」
「そのつもりだよ」
「……とても危険だぞ。ラスティウスはまだいい、俺など及びもつかない魔道士だからな。でも……いや、リューエルも見た目通りじゃないことは分かっている。しかし魔道士の連れだというだけで……君も白い目で見られる。それでも?」
「うん。わたし、ラスティウスが好きだから。一緒に行くって決めてるの」
これ以上ない、はっきりした答えだった。
心配ではあるが、俺なんかが割り込むのは野暮というものか。
彼女の笑顔が眩しい。
ラスティウスが好き……か。
俺も、君が好きだったよ。
心に蓋をして別れを告げた。
最後に一つだけ置き土産をした。
リューエルの手袋を外して、白い指先に唇を寄せ、ささやかな守護の魔法をかけておく。
大した効果はない。ただのおまじないだ。
だが、あいつは怒るに違いない。
そして気づくだろう。
一瞬でも油断してはいけない。
案の定リューエルと別れた直後、背筋が凍りつくような魔力を感じた。
この距離でも分かるさ。俺だって魔道士だ。
警告が伝わったようで幸いだ……しかし、少しぐらい感謝してくれてもいいんじゃないか?
全く、北の魔物より恐ろしい男だ。
本当に何者なんだろうな。
『此処にいてはいけないもの』
故郷で散々聞かされていた言葉がまたも思い浮かんで、慌てて打ち消した。
誰にも迷惑はかけてないんだ、いてもいいだろう?
俺も、あいつも。
ラスティウス。
此処で生きていきたいならーー分かっているな?
万が一にも失くしたら終わりだ。危機感を持って、ちゃんと守れ。
絶対に手放すんじゃないぞ。
その奇跡と幸運を。




