21.眠れる罪
一部に暴力を連想させる表現があります。苦手な方はご注意ください。
「こいつらは『赤猫の爪』だな。手配書が出ている盗賊団だ。同士討ちだかなんだか分からんが、自滅してくれてよかったよ」
馬車の護衛の一人、頬に刀傷のある剣士さんが言った。
自滅ではなくて、わたしがこっそり倒したんだけど。きっとラスティウスがうまく言ってくれたんだろう。
「全くだ、死ぬかと思った。まあ賞金付きの連中だ、臨時収入にはなるけどな」
護衛の二人め、くすんだ銀髪の魔道士さんも同意する。
わたし達の前には、縛り上げられた盗賊達がいた。護衛の二人が気絶していた彼等を運び出して縄をかけ、こうなっている。
魔道士さんが魔法も使って探してくれたし、わたしが倒した人数も十四人で合っているから、これで全員かな。
盗賊の数人は意識が戻ったようだ。なにか悪口を言っていたり、うなだれていたり、色々いる。
その中にメナもいた。
「メナ、てめえ! 嘘をついたな!」
「あ、あたしはちゃんとやったわよ! あたしは悪くないわ!」
盗賊の一人と怒鳴り合いをしている。
「メナ……」
声をかけるとメナはわたしを見て、ぎょっとした。
「あっ、あんた! なんで動けるのよ! あの飴を食べたのに」
「うん、ごめんね。あまり薬が効かない体質なの」
エルフだとは言えないから、ざっくり説明した。
「そんな馬鹿な……ちきしょう!」
メナの口から罵詈雑言が飛び出した。
ちきしょう、死ね、呪われろ、そんなことあってたまるか、なんであんただけ……
別人のように顔を歪めて叫んでいる。
「ハァ、うるさい女だな。口を塞いどくかぁ? どうせ盗賊は縛り首だからな」
剣士さんが首に手を当てて、きゅっと絞める動作をした。
そうだね。メナは悪いことをしていた。
わたしがエルフじゃなければ危なかった。
でも。
わたしは、わめき続けるメナの前に屈んだ。ポケットから出したものをつまんで、彼女に見せる。
フジネムリバナがほのかに香る、蜂蜜入りの飴。
メナが一つ余計にくれたものを取っておいたんだ。
「ねえ、メナ。あなたも昔、これと同じようなものを口にしたんじゃない? 薬が入ってるのを知らないで」
メナの罵声がぴたりと止まり、信じられないものを見る目つきをした。
「どうして……」
「なんとなく。メナがこの飴を作ったのかな、って思ったから。薬が作れるなら、普通は盗賊の仲間にならなくてもいいもの」
「ーーハッ。あたしが嫌々こいつらに協力させられてたとか言うつもり? あんた、おめでたい頭だわね」
メナは、今度は狂ったように笑い出した。
「確かにあたしはその昔、薬が入った酒を飲まされて誘拐されて、そこに転がってる頭領……『赤猫』の相手をさせられたんだけどさ。なんで、あんたみたいな世間知らずなお嬢ちゃんが助かるのかしら。残念だわね」
お嬢ちゃんなんて歳じゃないけど……そこは言わないでおこう。わたしは反論せず続きを聞いた。
「でも、あたしはそのあとで自分から『赤猫』の女になった。それで、薬を作ったじじいの弟子にもなった。もう死んだけどね、あのくそじじい。あたしはヤバい薬をどんどん作って、色んな相手に飲ませてやったという訳」
「逃げようと思わなかったの?」
「あんた馬鹿なの? 逃げてどこに行くのよ。だから……みんな、あたしと同じような目に遭えばいいんだわ。あんただって、恋人の前でめちゃくちゃにしてやろうと思ってたのに」
ラスティウスは恋人じゃないんだけどな……好きなひとではあっても。
メナは次から次へ、自分と「赤猫の爪」がやった悪事を暴露した。
違法な薬を作って闇市場に流していたとか、盗賊団の仕事で間諜のようなことをしていたとか、薬を飲ませて誘拐したひと達は盗賊達みんなで「楽しんだ」あと、生きていれば奴隷として売りさばいていたこととか……
周りにいた乗客のみんなも、御者さんや護衛の二人も引きつった顔で聞いていたよ。
わたしは……悲しかった。
メナも最初は被害者だったけれど、引きずり込まれて戻ってこられなくなった。それが分かったから。
「やれやれ、とんでもない毒婦だな。同情の余地がないとは言わんが、やってることが悪辣すぎる」
剣士さんは疲れた声を出し、魔道士さんを振り返る。
「さて。こいつら馬車には乗せられんし、一人がナジディへ先行して衛兵を連れてくるのがいいだろう。どっちが行く?」
「俺が行こう。魔道士なら……ラスティウスと言ったか、そこの男がいれば問題ないだろう」
「おや、あんた魔道士だったのか?」
剣士さんが眉を上げてラスティウスを見る。
「さっき矢を防いだ風魔法は俺じゃない、ラスティウスだ。多分、俺より腕はいい。では馬を一頭借りるぞ」
東の空が白み始める中、魔道士さんは馬に乗って野営地を出ていった。
⭐︎⭐︎⭐︎
わたし達はその場で、少し休息を取ることになった。
人間は毎日寝ないといけないから、緊張が解けてうたた寝しているひともいる。
エルフはどうかって?
そんな頻繁に睡眠を取る必要はないけど、今はラスティウスに合わせてる。
人間で言えば毎日、昼寝をしているようなものだね。
「ラスティウスは眠くない?」
「大丈夫だ。リューエルは?」
「平気。でも町についたら、一日くらいは寝たいかな」
たまには、ちゃんと寝ておかないと。細切れの睡眠が続いてるもの。
騒がしかった盗賊達も状況が飲み込めてきたのか、ぶつぶつ言っている。
「なあ俺ら、なんでやられてるんだ。おまえ分かるか?」
「全然。気が付いたら、こうなっていやがった」
「くそ、魔物でも出たのか」
あ、魔物だと思われてる。
わたしみたいな駄目エルフでも、人間に姿を見られるような失敗はしなくて済んだみたいだね。
⭐︎現代日本ですと青い飲み物に注意、と言われていますね。
⭐︎フジネムリバナは空想の植物です。あったらやばい草です。