19.不意打ち(sideラスティウス/前編)
連休中は一日2回更新します。
こちらは午後更新分です。
リューエルのやることは心臓に悪い。
ラスティウスはつくづく思った。
馬車に乗り込んで、しばらくは何もなかった。
ラスティウスとリューエルも最初はじろじろ見られたが、こういう場では互いの事情を詮索しないのが普通で、話しかけられずに済んだ。
グラガレウを出て、いくらもせずに道の舗装が悪くなり、馬車が揺れながら進み始めた。
リューエルを見ると愉快そうに席の上でぽすぽすと跳ねていた。だが、やがて飽きたのか小さな声で魔法を使った。
腰の下にこっそり空気の膜を作って、衝撃を吸収させている。
「器用だな」
「これぐらいはね」
エルフなのに魔法が下手なのだ、とリューエルは言っているが、ラスティウスから見れば別に技量は低くない。多分、エルフの基準の方が普通ではないのだ。
ただしリューエルはちっとも気付いていない。
それは魔法に限らない。
彼女に向かう、周囲の視線が気に障る。
ラスティウスが幻惑魔法を使っているので、今のリューエルは人間の女性に見えるはずだ。
念のためスカーフを被って頭と耳を隠してもらい、その端からこぼれる髪は平凡な栗色に変えている。エルフの秀麗な顔立ちも、相手の印象に残りにくくする細工を施した。
他にも身を守るのに役立つ魔法をいくつか、リューエルの承諾も得て付与している。
しかし。
さほど見目の悪くない若い女ーーというだけで、目をつけられるには十分だったようだ。
十人ほどの乗客のうち、女性はリューエルを含めて二人だけ。
もう一人の女は二十代か、頬にそばかすが散った冴えない田舎娘といった雰囲気だ。
そのせいか、他の男達がリューエルをちらちら見ている。
見込みが甘かったと思うが、今になって魔法をかけ直すのはラスティウスでも難しい。当分は用心しておくしかなさそうだ。
「あのー。もしよかったら、これどうぞ」
女が、蜂蜜入りだという飴をリューエルとラスティウスに勧めてきた。彼は断ったがリューエルは受け取って、にこにこしている。
知らぬ相手にものをもらうなと言っておくべきだった。彼女は長命のエルフだが、大変不用心だ。
女はメナと名乗り、リューエルを押しのけるように話しかけてくる。
容姿は地味な田舎娘。しかし媚びを含んだ行動は、場末の酒場にいる女を思わせる。
あれこれ質問するメナをあしらいながら、リューエルとは違うな、と考えた。
彼女は咲く花や紅葉した葉や、星がこぼれるような夜空を見て綺麗だねと言うのと同じ目で、ラスティウスのことも見る。
それが安らげる反面で、どこか物足りない気もするのだからーーラスティウスの心も、ずいぶんと身勝手なものだ。
ふと今朝の出来事を思い出した。
領主夫人マリノアの出来心で盛装させられたリューエルが、こともあろうに全速力で逃げ出したあの一件だ。
真っ直ぐラスティウスの元へ飛び込んできた彼女は綺麗だった。
しかし髪もドレスも乱れ、靴も履かず裸足。何があったかと疑って当然だ。
訊けば困惑したリューエルが彼を探しに走ってきただけだったが、実に心臓に悪かった。
一途に頼られて嬉しかったものの、完成形を見られなかったのが惜しい。
ただ、あとで彼女に水を向けてみたところ「ドレスはエルフの敵だよ!」となぜか断言されてしまった。また着飾ってもらうなど難しそうではある。
「ーーねえ。あんた、あのお兄さんとどういう関係なのかしら?」
メナがリューエルに身を寄せて、ひそひそと言うのが聞こえた。
「うふふ。分かったわ、ナイショの仲なんだ。ふぅん、そうなんだ。駆け落ちとか?」
耳障りな声でメナが笑う。
リューエルは口の中で飴を転がしながら黙っていた。
⭐︎⭐︎⭐︎
馬車は野営地についた。
馬車が一日に進める距離はだいたい決まっているため、主街道沿いにはところどころに、野営地や宿場町が設けられている。
乗客が降り、身体を伸ばしたり食事の支度を始めたりと動き出す。
ざわめきの中、リューエルがつんつんとラスティウスの袖を引っ張った。
「あのね、ラスティウス。さっきメナがくれた蜂蜜の飴なんだけど」
「ああ。どうした?」
「眠り薬が入ってた。どうしようか?」
耳元でささやかれた内容にめまいがした。
「あ、大丈夫だよ。エルフには効かないよ」
「…………」
本当に、彼女の不意打ちは心臓に悪い。
⭐︎ラスティウス、顔に出ないだけで振り回されて困っています。
⭐︎次回、もっと振り回される。