16.着飾らせると裸足で逃げ出す生きもの(前編)
「どうしてこうなったの……」
わたしはうつろな目で鏡を見つめていた。
大きな姿見の中に、ひらひらしたドレスをまとったエルフがいるんだけど。
やっぱりわたしだよね。
他のエルフなんて、この辺にいるはずないし。
でも、人間に詳しくないわたしでも分かるよ。
これ、絶対に旅をする格好じゃない。
今日は、ゴリラさんに紹介してもらった服屋さんに行って北に向かう旅支度をして、そのまま出発する予定だった。
でも朝食の後、ゴリラさんの奥さんであるマリノアさんが来たんだ。
筋肉質でがっしりした身体つきのゴリラさんに比べると、マリノアさんはその半分くらいしかなさそうな、ほっそりした綺麗なひとだ。
いきなり訪問したわたし達にも品のいい笑顔を見せて、優しい目でもてなしてくれた。
そのマリノアさんが「仕立て師を呼びましたので、どうぞこちらに」って言うの。
気を使ってもらったのかな、と思うよね。
せっかくだから厚意に甘えようかとラスティウスも考えたみたいで、わたしも反対する理由はなかった。
ところがラスティウスと別の部屋に通されて、仕立て師さん達がわたしを見た瞬間に雲行きがあやしくなった。
もちろん、みんな女のひとだよ?
乱暴なことをされた訳じゃないしマリノアさんもいる。
でも、みんなして旅支度はそっちのけ。わたしに華やかな色で飾りが多くて、肩や背中が見える服を着せ始め、髪をほどかれてリボンや花を編み込まれたり、顔になにか塗られたり粉をはたかれたり。
訳が分からないよ!
「まあまあまあ、素敵ですわ! エルフの美しさは本当に罪ですわね」
固まっているわたしと対照的に、マリノアさんはとても嬉しそうだ。
「その通りでございますね、奥様。まさか私もコルセットなしでこのドレスが着こなせる御方が、この世にいらっしゃるとは思いもよりませんでした」
仕立て師さんも、満足そうに見える。
これ、どうしたらいいんだろう?
マリノアさんから悪意は感じないけど、わたしはすっかり困ってしまった。
「絵師を呼んで描いてもらう訳にはいかないかしら?」
「旦那様にお伺いいたしましょうか」
「本当にお美しいですもの」
「おとぎ話から抜け出てきたようですわね」
侍女さん達も全員うなずいてる。
ダメだ、味方がいない。
この上まだ、なにかするの?
ラスティウス、助けてー!
限界になったわたしは、チャイロモリウサギみたいに跳ね上がって逃げ出した。
でも……このドレスとかいう服、動きにくい!
透き通るような薄手の布でできた裾が、長くてひらひらしてて脚に絡まる。
踵の高い靴はすぐに脱げちゃった。けど廊下は絨毯が敷いてあるから大丈夫、裾を手で持ち上げれば走れる。
「リュ、リューエル様、お待ちくださいまし……!」
侍女さんが追いかけてくる。
でも、わたしだって一応エルフだし、かけっこは得意な方だよ。
耳飾りや髪に挿された花が取れてしまったけど、とにかく走った。必要なら壁や天井も。
なんとかラスティウスのところまで行った。
幸いラスティウスは魔力が高いから、エルフの目を通せば居場所がたどれる。
あまり離れていない部屋でよかった。
わたしは迷わず駆け込んだ。
「リューエル?」
ラスティウスがいた。
藍色の目が見開かれて、彼には珍しく、とても驚いていたんだけど。
わたしはそれどころじゃなかった。
「ラスティウス!」
真っ直ぐ彼に飛びついた。