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15.約束(side ゴリゴルゴアガルバラルゴ)

 わしは最初から、こんなふざけた長たらしい名前だった訳ではない。


 全てはあの草頭ーー世界樹の里のエルフどもが悪いのだ。



 親からもらった名はゴルバルといった。

 ただのゴルバル、グラガレウのゴルバルだ。

 交易の街にごまんといる、商家の次男じゃった。

 しみったれた実家でな。

 そんな家でも跡目というものがあって、兄が順当に継いだ。二番目のわしは、わずかな手切金を渡されて追い出された。

 ふん、よくある話だ。

 しかし幸いなことに、わしには商いの才能があった。

 あちこちを渡り歩いた後にグラガレウへ戻りーーちなみに実家はとうに潰れて兄も行方が知れんかったーー、自分の商会を立ち上げて大きくしていった。



 世界樹のエルフの里へ出入りするようになったのも、この頃だ。


 エルフというのは、いけ好かない連中じゃった。

 嫌味なほど顔かたちが整っておってーー不細工な男のひがみではないぞ、事実だーー不老長寿で若々しい。

 生まれて五十年ほどで赤ん坊から大人になり、その後は死ぬまで老けない。寿命は千年前後という。

 中でも世界樹の一族は緑色の髪を持って生まれるので、その容姿はまさに妖精。

 見た目はひょろひょろの若造でも、わしの爺さんよりも遥かに長生きで、かつ全員が手練れの狩人という馬鹿げた奴らだ。


 ところが、そんな連中が趣味でこしらえる細工物や織物や楽器は、大変に素晴らしい品じゃった。

 奴らにとっては暇つぶしに過ぎん。しかし、街へ持って帰ればひと財産。エルフは、どいつもこいつも尊大な性格で人間を見下しているが、まあ儲けるためなら仕方ない。

 わしは商人だからな。

 自分に言い聞かせておったのじゃが。



 エルフどもは人間の名前を覚えない。

 わしのこともゴリゴルだのガルバだのラルゴだの、好き勝手な呼び方をする。

 全く。

 グラガレウのゴルバルだと言っておろう。

 我慢していたが、あるとき嫌になった。

 で、間違えられた名を全部並べて、わしの名前にしてやった。


 今日から、わしの名はゴリゴルゴアガルバラルゴだ。


 意気揚々とそう言ってやったところ、奴らはわしのことを「ゴリなんとかいう名前の長い人間」と呼ぶようになった。

 解せぬ。

 あの草頭どもめ。



 そうこうしているうちに、思いも寄らぬ話が持ち上がった。

 貴族の姫をめとって、グラガレウの領主にならんか、というのだ。

 エルフとの面倒な交渉ごとを押し付けようという目論見じゃろうな。

 しかし、わしにとって千載一遇の好機には違いない。

 受けることにした。

 だが、そうなると貴族のしきたりとやらで、姫に求婚の贈り物をしなければならない。

 平民の商人にそんな伝手が……

 いや、ある。



 とは言え、奴の名前は口にしたくもない。草頭その一で十分じゃろ。

 里長の息子とかいう、エルフの間では若い男だ。当然わしよりは、うんと年上だがな。

 こいつがまた、気難しい性格じゃった。

 だが、時たま売ってくれる木の工芸品は、全くもって見事な出来栄えなのだ。

 頭の中まで毒草が詰まっとるような性根の曲がった奴が、これほど美しいものを作れるのは謎じゃな。


 しかし貴族の姫にも喜ばれる品となると、他に思いつかん。

 仕方ないので、酒をぶら下げて頼みに行き、訳を話した。


「ふむ。まあ、やってやらないこともない。感謝するがいい」


 奴はやはり偉そうじゃった。

 まあ、引き受けてくれるだけでも上出来だ。

 いつできるか訊いた。

 答えは謎めいていた。


「あの鳥は夏に歌う。少し待て」


 よく分からんが、今は冬の始め。

 来年の夏だな?

 十年以上先の夏ではないじゃろうな?


「くどい」


 エルフが雑だからじゃろうが。

 特に「少し」に関しては信用できんわ。


「……私も来年辺り、子が産まれる予定だ。その前に済ませておく。人間は約束してもすぐ忘れるが、遅れずに取りに来い」


 ほう?

 ひねくれたこの男にも、そういう……父親のような顔ができたとは。

 ねじれまくった挙句に一回転したのか?

 首をかしげつつ帰路についた。



 ーーしかし、約束の夏は来なかった。



 世界樹の枝を盗もうとした馬鹿が現れたらしい。

 なんという愚かなことを。

 取り澄ましたエルフどもがただ一つ、目の色を変えるのが世界樹だ。まさに無二の逆鱗だというのに。

 全てがご破算になった。

 奴らは激怒して里を閉ざした。

 約束など、何の意味もなさなかった。



 ……草頭どもに頼ろうとしたのが間違いじゃった。

 人間を舐めるなよ。エルフがおらんでも、わしは諦めんぞ。



⭐︎⭐︎⭐︎



 ーーあっという間に五十年が経った。


 大変と言えば大変じゃったが。

 まあ結論すれば、わしと周囲の人間が本気を出し、どうにかしたのだ。

 エルフとの交易がなくなっても街は栄え、わしも、なんとかかんとか嫁取りを成功させてグラガレウの領主となった。だいぶ前に、息子へ譲って隠居したが。


 そうだ、わしも年を取った。

 次の夏までは、もう待てそうにない。


 ゲランウェイドーーいや、あの草頭その一は、どうしているか。

 相変わらず、むかつくほど美しく尊大なままじゃろうか。

 やつがいずれ里長を引き継ぐとか言っておったが、それもどうなったやら。

 子供が無事に生まれたなら、そろそろエルフの基準でも成人……か。



 我が息子を呼び出して遺言をした。


「わしが死んだら、お前がゴリゴルゴアガルバラルゴの名を名乗れ」


「なんの冗談ですか、父上」


 息子は「うわぁ」という顔をしおった。


「黙れ。これでもエルフには『ゴリなんとかいう名前の長い人間』として少しは有名だったのじゃぞ」


「ちっとも覚えられていないではありませんか」


 嫌がる息子に、強引に押し付けた。

 代々、当主はこの名を名乗る約束もさせた。



 ふん。

 別に連中の無駄に麗しい顔なんぞは見たくないわい。

 断じて違う。


『あの鳥は夏に歌う』


 果たされなかった、あの約束が気になるだけだ。


 だから頼んだぞ。

 わしの子孫達よ。


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