14.あの鳥は夏に歌う(後編)
名前が似ている、を超えてこの世界にゴリラが存在しているのか。正直言って悩みましたが誘惑に勝てなかったことをお詫びします。深く考えずにお楽しみください。
小鳥はひとしきり歌うと、ゆるゆると宙でほどけ、再び寄木細工の箱に戻った。
ゴリラさんが名前を言って魔力を注げば、何度でも小鳥になる仕組みだ。ゴリラさんも魔力持ちなので、発動は問題なさそうだね。
使う魔力は本当にちょっぴりだし、人間でもそんなに苦労しないはず。
魔法を使わないで、容れ物にすることもできる。
わたしが魔法をこめずに指先を滑らすと、音もなく箱の蓋が開いた。
内側は艶のある天鵞絨が張ってあって、宝石や小ぶりなアクセサリー……指輪や耳飾りがしまえるようになってる。
でも小さな箱だから、指輪でも一つか二つが限界かな。
「きっと宝石なんかを入れた状態で小鳥に変えると、くちばしでくわえて持ってきてくれると思うなぁ」
「盗難防止になる……と?」
ラスティウスが訊いてきた。
「あのねラスティウス。これ女のひとに贈り物をするためのものだからね?」
一度つがえば必ず添い遂げるルリノウタドリが、宝石や宝飾品をくわえて捧げに来る。
そして女のひとが受け取れば、その指先に止まって美しい求愛の歌を披露する。
そういう仕掛けなんだと思う。
「エルフの方々は大変ロマンチックなのですね」
部下さんは感心した様子。
「そ、それを私と同じ、むくつけきゴリラの初代がやろうとしたというのか……」
ゴリラさんはとても動揺してる。なんでだろう。
ゴリラさんのひいお爺さんもゴリラさんみたいなゴリラさんだったってこと?
よく分からなくなってきた。
「いやー、確かにコレがあれば、グラガレウ子爵家の嫁取りは非常に楽になったでしょうねえ。いくら代々の当主がゴリラでも関係ありませんよ」
「そうであるなあ……もはや国が買える値段であるし……」
むー、なんか失礼な評価をされてる気がするよ。
そういえばお母さんが言ってた。
男のひとは女心が分かってないものなのよ、って。
⭐︎⭐︎⭐︎
わたしとラスティウスはゴリラさん達とさらに話し合いをした後、領主の館に泊めてもらうことになった。
「金銭に換えられぬ……いや、まさしく値が付けられない恩を受けてしまったのでな。このぐらいはさせてもらいたい」
ゴリラさんはそう言ってたけど、わたしは昔のゴリラさんの忘れ物を今のゴリラさんに返しただけだよ。
お礼をもらいすぎじゃないかな?
「あちらにも都合があるのだろう。それに、今の君の格好で街に出るのはまずいと分かったからな」
そうだね。お金をジャラジャラ身につけて歩いている状態らしいもんね。
わたしにとっては、全然高価じゃない普段遣いの衣類なんだけど。
そんなわけで、わたしとラスティウスはゴリラさんのおうちーーこれまた大きくて立派な建物ーーに連れて行かれ、色んな人間さんのお世話になっている。
それが凄いんだ。
なんだか、とても丁寧におもてなしされてる。
今も部屋の隅に、侍女だという女のひとが控えてる。なにか困ったことがあったら侍女さんに言えばいいらしいんだけど、逆に落ち着かない。
ところがラスティウスは平気な顔してる。
特に偉そうにはしてないけど、自然体と言えばいいかな? 態度に出ないんじゃない、慣れてる感じ。
「ラスティウス。あなたって、ゴリラさんみたいな偉いひとだったのかな?」
「貴族ということか?」
「領主のゴリラさんが相手でも堂々としてたでしょ。このおうちの人間さん達に色々してもらうのも、わたしはびっくりするけどラスティウスはそうでもないよね」
「そう、かもしれないな。違和感はあまりない。自分がどう振る舞うべきか、理解できているように思う」
「わたしは……森の中とは全然違うなあって気持ちになってる」
わたしとラスティウス。
全く違う世界で生きてきたんだと、こうしてみると実感する。
……本当は知ってる。
里のみんなは、わたしが旅に出る許可をくれたけど、フレスベル王国みたいな遠くへ行くなんて想定してないだろうな、って。
せいぜいミド村や、このグラガレウ、周辺の街を一回りすれば満足して里へ帰ってくる……そう考えているはず。アルザートに振られてしまった、かわいそうなわたしのちょっとした気分転換。
ラスティウスに出会わなければ、多分そうなっていたと思う。
森番のお爺さんに勧められてグラガレウに来て、きっとゴリラさんがわたしを保護してくれて。
でも、わたしはラスティウスに出会った。
なにもかも違う人間の彼がなぜか嫌いになれなくて、それどころか好きになって、ずっと一緒に旅をするって決めた。
「リューエル」
「なぁに?」
「私の名前は、覚えにくくなかったのか?」
ああ。
エルフは人間の名前を覚えないなんて言ったこと、気にしてるのかな。
「エルフは記憶力が悪い訳じゃないよ? 大事な相手だったら忘れないよ」
里長がゴリラさんの、やたら長い本名を覚えてたみたいにね。
「比べる対象はそこか……」
「あれは里長が凄いよね。わたしは無理。ラスティウスは特別だから忘れないよ」
「…………」
ラスティウスが急に黙った。
部屋の隅で、侍女さんがコホンと咳払いをした。
なにか言ったら駄目なことだった?
首をかしげていると、ラスティウスがつぶやいた。
「私は運がよかったのだな」
⭐︎御年百二十歳のエルフ「お母さんが言ってました!」(ドヤァ)
⭐︎次回、初代ゴリラ。