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13.あの鳥は夏に歌う(前編)

ゴリラの次は鳥。

 色の違う木材を細かく刻んで、組み合わせて、模様を描くのが寄木細工だ。

 とても複雑で、小さな箱一つでも出来上がるのに時間がかかる。

 里でも作れるエルフは一人だけ。気難しい性格で、少しでも気に入らないと途中で廃棄してしまう完璧主義のエルフ。

 わたしもよく知っている……そう、アルザートのお父さん。今の里長ゲランウェイドだ。

 あのひとが手がけた作品は、数えるくらいしかこの世に存在しない。


「これ、ゴリラさんに渡しておくね」


「ぬぉ?! い、いや、これは受け取れぬ! 城が二つ……下手をすれば三つはあがなえるようなものではないか」


 ゴリラさんは面白いようにうろたえた。


「でもこれ、あなたのものだと思うし」


「な、なぜ?!」


「里長から預かったの。ゴリなんとかって長い名前の人間が昔、里に忘れていったものだから、縁のある者に会えたら渡してくれって。ゴリラさんのことでしょ?」


「た、確かに、こんな無茶苦茶な名前の人間なぞ私ぐらいだとは思うが心当たりはない!」


 ゴリラさんは汗だくになって目をぎょろつかせている。


「閣下。初代ゴリゴルゴアガルバラルゴ様は叙爵される前、世界樹のエルフの里に出入りする商人でいらっしゃいました。里が閉じられる前に注文した品だったのでは?」


 部下さんが助け船を出してくれた。


「そんな記録は残っておらんぞ?! これほど高価な品、記載がないなど考えられぬ」


 ーーリィ……ン。


 箱が再び、わずかに震えた。

 でも、それ以上は何も起きない。


「リューエル。まだ魔法が眠っているようだが」


 ラスティウスが言う。


「うん。里長は凝り性だもの。仕掛けと、それを解く鍵があるはず」


 わたしは箱をじっと見て、それからゴリラさんに視線を移した。

 ポケットから出したハンカチで、しきりに汗を拭いている。

 今日は暑いどころか肌寒いのに、人間はやっぱり変わってるね。

 風変わりな名前で面白いことをするゴリラさんだけど、仲良くなれそうなひとだ。



 里のみんなは、人間のことを訊くと悪口ばかり言ってたっけ。

 下品でお金に汚くて、大声で笑う、怒る、嘘をつく。

 多少は理解できたかなと思っても、すぐに年を取って顔かたちも性格も変わってしまうし、そのうち顔も名前も全く違う人間に入れ替わる。

 そんなの仲良くなる必要なんてない、時間の無駄。

 里長を筆頭に、交易をしたことがあるエルフはみんな、口をそろえて言った。


 名前を覚える価値もない。

 それがエルフにとっての人間……



「ーーねえ、ゴリラさん」


「な、なんだ? 受け取れぬものは受け取れぬぞ」


「あのね、ゴリラさんの名前、言ってみて。魔力もこめてね、さっき部下さんが呼んだ本当の名前を」


「それがどうしたのだ?」


「いいから、ね?」


「う、む……」


 ゴリラさんは戸惑っていたけれど、やがてごくり、とつばを飲み込んでから言った。


「ゴリゴルゴアガルバラルゴ」



 ーーカチリ。



 もう一つの魔法が目覚めた。



⭐︎⭐︎⭐︎



 変化は劇的だった。


 寄木細工がほどけ始めた。

 部下さんが声にならない悲鳴を上げ、口許を慌てて押さえる。


 目覚めた魔法が動き続けていく。

 箱は残らず細かな部品(パーツ)に分かれて宙に浮き、円を描いてくるくると踊った後、回りながら再び寄り集まってーー。


 魔法のそよ風が止むと、そこには一羽の小鳥がいた。


 たくさんの、色が違う木片を歪みなく組み合わせて生まれた小鳥だ。

 箱だったときよりも一回り小さい。

 でも生きているかのように立体的で、丸みを帯びた愛らしい身体に、細いくちばしと肢がついている。

 翼に入っている模様まで精密に再現されていた。


 エルフのわたしも、こんな仕掛けは初めて見たよ。


 ぱたぱたと木製の小鳥は羽ばたいた。

 そしてゴリラさんの太い指に、ちょんと止まった。


「ほらね、やっぱりゴリラさんのものだったでしょ」


「ま、待った。これはどういうことなのだ」


「売るんじゃなくて、自分のために注文したんじゃないかなあ」


「自分のため……?」


「あ、ごめん、ちょっと違うね。誰かにあげるため。多分、女のひと」


「女?!」


「この子、ルリノウタドリの雄だもん。一度つがいになったら、絶対に相手を替えない鳥だよ」


「む、む、む……」


 ゴリラさんは眉毛を下げて、小鳥のつぶらな目を見つめた。


「……私の曽祖父に当たる初代グラガレウ子爵ゴリゴルゴアガルバラルゴは、元は貧しい商人であった。名を上げて貴族の姫をめとり、子爵と領主の地位を得たが、その嫁取りの際には大変苦労したと聞く」


「うん」


「そして奇妙な遺言を残した。グラガレウ子爵家の当主となった者は必ず、初代と同じゴリゴルゴアガルバラルゴの名を名乗るように、とな」


「エルフは滅多に人間の名前を覚えないから……ごめんね。でも里長は魔法の鍵にするくらいだし、実は知ってたんじゃないかな。ゴリラさんのひいお爺さんの名前」


 昔のゴリラさんだって、この品を引き取りたかったよね。きっと、結婚する相手に贈るはずだったんだもの。

 でも里が閉ざされた以上、どうしようもなかったのかもしれない。

 アルザートのお父さんも、わたしやアルザートが生まれた頃、里長になったという。

 そうなると世界樹の側を離れられない。

 届けられなかったから、わたしに預けたんじゃないかな。


「事情は分かった。分かったが。非常にとんでもないことをしてくれた」


 また汗を拭いだしたゴリラさんの指先で、小鳥がルリリリリ……と啼き始めた。


 ルリリリリ、リルル、リルル、ルルルルル……


 春になるとルリノウタドリが世界樹の枝に止まって歌う、求愛のさえずりだった。


⭐︎ルリノウタドリはオオルリ辺りをイメージしていますが基本は空想上の鳥です。

⭐︎エルフは一族総ツンデレ。リューエルは例外と言えます。

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