12.領主ゴリラ(後編)
そこからが大変だった。
わたしが着ている服とかベルトとか、肩にかけていた鞄とか。
当たり前のこととして、これは全部エルフの里で、里のみんなが作ったものだ。自給自足の暮らしだったから。
わたしはその中でも、あまり目立たないものを選んだつもりだったんだけど、見るひとが見ると一目瞭然らしい。エルフが手がけた作品だって。
え? ということはーー
「交易がなくなって、本物が出回らなくなりましたから希少価値が高まる一方なんです。まさに天井知らずと言えますね」
品物の目利きをしてくれた部下さんが、さっきから溜息をついてる。
「エルフの住処って、別にわたしが生まれた里だけじゃないよね?」
よそにもエルフの集落があって、同族が住んでいるんだって聞いたことがある。ほとんど交流はないけど。
部下さんは首を横に振った。
「リューエルさんは世界樹の一族でしょう? 他のエルフ達にも影響が及んだそうで、現在のところ人間と交易をしているエルフはいないんですよ」
「そうなんだ……」
つまり、わたしは人間が言うところの「金目のもの」ばかり身につけていて、狙ってくださいと言わんばかりの格好なんだとか。
聞いてないよ、そんなの。
「まあ、その辺の山賊程度には逆に、価値が読み取れぬ可能性もあるが。どこに目利きのできるものがおるか分からん。できれば違う品物にした方が無難であろう」
それで、わたしが持っていた昔のお金を今のに取り換えてもらった上で、口が固くて信用できる服屋さんを紹介してもらうことになった。
微妙な気分だけど、どっちにしろ暖かい服も必要だったし。ちょうどいいと思っておこう。
「ーーもう金目のものは持っておらぬか? 大丈夫であるな?」
ゴリラさんが念押ししてくる。
「うーん。本当は後一つだけ……ね。あると言えばあって」
「ぐむぅ、あるのか……既に価値観が破壊されておるのだが」
「これは売り物じゃないの。預かってるだけで、わたしのものでもないんだ。ゴリラさんになら見せるけど」
「なに? 私にか?」
ゴリラさんは意外そうにまばたきをした。
「初代グラガレウ子爵は領主に取り立てられる前、しがない平民の商人だったのでな。私も一応の目利きは仕込まれているが、専門的な鑑定はできぬぞ?」
「うん、いいよ。あなただけで」
「ーーむ? 私一人ということか? それは……」
ゴリラさんは口ごもった。
同時に、わたしの肩へラスティウスの手が置かれた。
「ラスティウス?」
見上げると、ひどく不安そうなまなざしを彼はしていた。
ゴリラさんは気さくでも偉い領主だものね。わたしが何か失敗しないか、気になるのかな。
「リューエル。私がいては駄目か?」
ささやく声も心配がにじみ出ている。
「ラスティウスなら、いいけど……」
「ではそうしてくれ」
即答だった。
ゴリラさんも、ほっとしたようにうなずいた。
「うむ。私もこの部下一人だけでよい、同席させてもらいたい。口が固い男だ、秘密は漏らさぬと約束しよう」
ーーこの時のわたしは無知だったんだけど、人間は家族でも恋人でもない男性と女性が二人きりで部屋にいるのは、よくないんだって。
それでラスティウスもゴリラさんも内心で焦ってたみたい。
ゴリラさんはもう奥さんと子供がいるけど、やっぱりやめておいた方がいいんだとか。
面倒だなあと思ったけれど、とにかく絶対にいけない、とラスティウスが真剣そのものの口調で言うんだよね。
で、以後わたしも気を付けるようになったのだった。
⭐︎⭐︎⭐︎
わたしとラスティウス、ゴリラさんと部下さんだけが部屋に残り、他は人払いをしてもらった。
「品物はこれだよ」
わたしは鞄から、手のひらに載る大きさの箱を出した。
「これ……か?」
ゴリラさんが怪訝そうにする。
そうだね。すすけた感じの黒っぽい木製の箱で、とてもじゃないけど高価に見えないだろうね。
「いや、かなり高度な魔法がかかっている」
分かるんだ。さすがラスティウス。
わたしはうなずき、箱の蓋に触れて魔法を呼び出した。
「〈あの鳥は夏に歌う。魔法よ起きて。姿を見せて〉」
カチリ。
箱の中で、かすかな音が聞こえた。
そして魔法が目覚め、見えない布で拭われたように黒い汚れは消えて、別の姿が現れた。
「な、なんと」
ゴリラさんが絶句する。
「寄木細工ではありませんか……!」
部下さんも目を丸くして身を乗り出した。
⭐︎寄木細工、日本では箱根へ行けば買えますが、この世界では希少ということでゴリ解ください。