11.領主ゴリラ(前編)
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「森からの客人に礼儀は求めておらぬ。楽にするがよい」
グラガレウ子爵だというゴリ……ゴルァ……ゴリラ……うん、覚えられない。
領主のおじさんは、鷹揚に言った。
「……私はラスティウス。リューエル、頭の布を取ってくれるか」
「うん」
わたしは頭に巻き付けていたスカーフをほどいた。隠れていた長耳の先がひょいと飛び出す。
「なにっ、エルフだと……」
おじさんは驚いて、わたしを見た。
「むむむ……なんと、生きているうちにエルフとまみえることができようとは」
目がぎょろぎょろ動いている。
美男ではないけど、さっきの張り付けたような笑顔よりも愛嬌があった。
人間って、色んな表情ができるんだね。
ラスティウスはいつも静かだから、知らなかったよ。
「ふぅーむ。エルフの客人ならば是非もない。グラガレウについて説明いたそう」
おじさんはひじ掛けのついた椅子にどっかりと腰を下ろし、話し始めた。
身元不明のヨミガエリこと、森からの客人がやってきたら、領主である子爵自身が会って聞き取りをする。
そして必要に応じて戸籍の調査や仮の身分証明の発行、ある程度の生活の支援などを行う。
グラガレウには昔から、そういう決まりがあるのだという。
「……この街は、エルフとの交易がきっかけで発展してきたのだよ。直接の交易がなくなった今も、我々はその恩恵を受けておる」
里は閉ざされてしまったけど、当時のグラガレウにはエルフと仲よくなって、工芸や機織りを教えてもらった人間が何人かいた。
彼等が再現した「エルフ風」の品物が人気になって、交易の街から工芸の街に変わって大きくなってきたんだって。
「まあ、そのような事情があってな。我々はできうる限り客人の力になってみせよう。ラスティウスと申したな、その方は何が望みだ?」
おじさんがぎょろりとラスティウスを見る。
「フレスベル王国へ行きたい。どうすれば最短で着けるかご存じだろうか?」
「フレスベルか。このワイズナー王国と友好国ではあるが、残念ながら遠方ゆえ我が領と直接の交流はないな……」
おじさんは大きな手で、ざりざりと自分の顔をなでた。
「そうだな。まず、カルルーネを経由してオンフォアという北方の街へ行くのがよかろう。そこからフレスベルとの国境を越えられるはずだ」
おじさんの横にいた男性が、地図を持ってきてくれた。おじさんは指で位置を示しながら、さらに説明してくれる。
「カルルーネ行きは、この街から馬車便が出ている。あちこちの小都市を回るので少々時間はかかるが、この便が最も着実かつ安全であろう」
「そうか、ありがたい」
「うむ。しかし、最近は魔物の動きが活発になっているようだ。くれぐれも気を付けてもらいたい」
「魔物か……厄介だな」
魔物は、強い闇の魔力から生まれる存在だ。
野生の生きものは、こちらが手を出さなければ共存できる場合もある。オオトリキバクサみたいにね。
でも魔物は他の生きものを見ると襲いかかってくるので、討伐しないといけない。
エルフの里の近くは世界樹の守護があって、魔物はそんなに出現しないけど……十年に一度くらい出ることがある。ここ何回かは、アルザートも弓の腕を買われて参加していたっけ。
わたしは、いつも留守番だったけどね。
「活発化の原因は不明なのか?」
「災いの星が落ちた、と噂されているが。詳細は分かっておらんな。王国も聖光教会も調査中だ」
「……教会?」
ラスティウスが少しだけ眉を動かした。
「知らんのか? まあ、森に長くいた影響だろうかな。名の通り、聖なる光を信仰する教会だよ」
おじさんは上体をひねって、背後の大きな窓を指す。
「ほれ、窓の外……あちらに尖塔が見えるだろう。あれがグラガレウの教会だ。後で旅の無事を祈願していくとよいぞ」
……その他にも、おじさんは旅に必要なものや、この辺りの地理、食べもののことなど、親切に色々と教えてくれた。
「路銀はあるか? いくらか融通しても構わんぞ、もちろん限度はあるがな」
ろぎん……お金のことだね。
わたしはラスティウスと顔を見合わせた。
「実は私ではなく、リューエルが持ってはいるのだが……」
「ミド村で使えなかったんだよね……」
「ほう、察するにエルフが交易をしていた頃の通貨だな?」
「うん。そうみたい。人間って、お金もすぐ変わっちゃうんだね」
ラスティウスはお金も身分の分かるものも、何も持っていなかった。
魔道士なら杖は持っているはず、とお爺さんは言っていたけれど、それも持ってない。
お爺さんだけじゃなくてミド村の人間達も彼に見覚えがなくて……ラスティウスがいつ、どうやってエルフの森へやってきたのかは分からないままだ。
一方わたしは里で人間のお金をもらっていたけど、今は使えないなんて思わなかった。
「見せてもらえるかな? 両替できるやもしれぬ」
「ありがとう、ゴリ……ゴルゴ……ゴリラさん」
「待てリューエル、閣下に失礼だ」
「いや、覚えにくかろう。ゴリラでもよい」
おじさんことゴリラさんも自分の名前、長いって思ってるんだ……人間は不思議なことをするなあ。
わたしはそう思いながら、小さな革のポーチをゴリラさんに渡す。
部下だという男性が差し出した器に中身があけられ、高い音を立てた。
「うむ。見事に金貨と銀貨だな。旧いという以前の問題か」
「と、言うよりもですね閣下。中身も中身ですが、この容れ物をよくご覧ください」
部下さんがポーチを手のひらに載せている。
「あー……エルフの革細工であるな……むしろ中身の総額を超えるか」
「えっ。それ、わたしのお母さんが作ったんだよ? お母さん、裁縫や細工物の腕は普通で、竪琴を演奏する方が得意だよ」
「エルフの『普通』と『少し』は信用するな、というのがグラガレウの言い伝えですよ」
部下さんがきっぱりと言った。
「なるほど。勉強になる」
ラスティウスがうなずいた。
わたしは思わず、栗鼠みたいに頬を膨らませてしまった。
⭐︎財布の方が高額、あるあるだと思います。
⭐︎次回、続ゴリラ。