10.グラガレウ
今回から1日1話更新予定です。よろしくお願いします。
数日かけてグラガレウについた。
「ずいぶん冷え込んできたな」
「いつもの年より、気温が下がるの早いんじゃないかな。空が曇ってるせいもあるけど。今年の冬は寒さが厳しいかもしれないね」
街の門をくぐって、わたしとラスティウスは小さな声で話し合った。
森番のお爺さんが言っていた通り、グラガレウは大きな街だった。本当は身分証明っていうものがないと街へ入れないらしいんだけど、わたしもラスティウスも持っていない。
でもお爺さんが、細い鎖に通した小さな金属の票をくれた。
いつ森に入ったのか分からない、身元不明のヨミガエリに支給されるものみたい。
それを門番の人間に見せたら、中へ入れてもらえた。
わたしはヨミガエリじゃなくてエルフなのに大丈夫かな?
長耳や緑の髪は目立ちすぎるって言われて、途中のミド村で手に入れたスカーフを頭に巻いて、耳の先も入れて隠してるけど。
「北の方角へ移動するには、暖かい服が要るな。だが、先に手続きを済ませよう」
「うん。お爺さんに感謝しなくちゃね」
わたし達は、役所と呼ばれる場所へ向かった。
⭐︎⭐︎⭐︎
エルフは大きな建物を造らない。
森と調和した小さな家に住む。
みんなで集まるときは外でやる。雨よけや風よけの魔法を使えば、お天気も関係ないし。
だから役所だという立派な建物を見て、わたしは目をぱちぱちさせた。
「大きいね」
「ああ。リューエル、多分あちらだ」
「はーい」
エルフの里に役所はないけど、ラスティウスによると「領主とその部下が仕事をする場所だ」ということらしい。
ラスティウスは人間の文字で書かれた案内板を見ながら進み、わたしも続く。
森の中でわたしが彼を先導していたのと、今は反対になっている。ラスティウスも文字の読み書きとか、数字の計算とか、一般的な知識は戻ってきたんだって。
自分のことはまだ断片的にしか思い出せないけど、旅をするのは大丈夫そうだと言っていた。
「身分証明の発行ですか?」
ついた先は大きめの部屋。カウンターの向こうに、眼鏡をかけた女性が座っている。
「そうだ。これを頼む」
ラスティウスが金属の票を出したので、わたしも同じようにした。
「……はい! しょ、少々お待ちください」
女性はぽけーっとした目でラスティウスの顔を眺めていたけれど、票に視線をやるとハッとして席を立ち、小走りにどこかへ行ってしまった。
「…………」
あ、ラスティウスが少しだけ不機嫌になってる。
相変わらず表情があまり出ないひとだけど、わたしはこの数日でどうにか、彼の気持ちがちょっとずつ読めるようになってきた……と思う。
ラスティウスは顔が整っているから、こうやって人間の女性に見惚れられることも結構ある。
ところがラスティウスの方は、そういう視線がうっとうしいみたい。
わたしは、そっと彼の服の袖を引っ張った。
「……大丈夫だ」
冷ややかだった藍色の目が、元に戻った。
よかった。
でも最初はわたしだって、ラスティウスの顔に見入ってたんだよね。なんで嫌われずに、一緒に旅ができているんだろう。
運がよかったのかな。
不思議だ。
「お、お待たせいたしました。どうぞ、こちらへ」
眼鏡の女性が戻ってきて、わたし達は別の部屋へ案内された。
⭐︎⭐︎⭐︎
なんだか、ごてごてしたところだ。
あちこちに複雑な形の飾りみたいなのがくっついてる。
扉もそうだし、床に敷かれた絨毯も蔓草みたいな模様があるし、壁には油の匂いがする絵ーーあとで油絵だと教えてもらったーーがかかっていて、その近くにも色んなものが置いてあった。
金ぴかな女のひとの像もあるね。
でも、なんで服を着てないんだろう?
まじまじと眺めてしまった。
「……リューエル。それは豊穣の女神像だ。とりあえず、こちらへ来てくれ」
「あ、ごめんね」
わたしは慌てて、ラスティウスを追いかけーー彼と机を挟んで反対側に、知らない人間が数人いることに気付いた。
「その方らが森からの客人かな?」
真ん中に立っている、大柄な人間が言った。
一番、服についた飾りが多くて偉そうなおじさんだ。表情はにこやかなのに、目が笑っていない。
これは素直に答えていいんだろうか?
「ーーそちらはグラガレウ子爵閣下で間違いないか?」
ラスティウスは落ち着いている。
「いかにも。私が領主たるグラガレウ子爵ゴリゴルゴアガルバラルゴである」
おじさんは、とても覚えにくそうな名前をすらすらと口にした。
ひょっとしたら凄いおじさんなのだろうか。
わたしは首をかしげた。
⭐︎次回、ゴリラ。