第54話 秘密のティーパーティ 1
野咲あずき……十二歳。小学六年生。日本とイギリスのハーフ。
おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。
ルーナ=リーア……白の月の女王。地球人名:月乃美琴
セレスティア=リーア……黒の月の女王。ルーナの双子の姉。
エディオン=バロウズ……九百年前に亡くなっている賢者の霊。あずきの先祖。
あずきは暖かな日差しを感じ、ゆっくりと目を開いた。
頬を優しく風が撫でていく。
あずきは周りを見回した。
敷き詰められたオレンジ色のレンガ。
花壇の中のたくさんの木や花たち。
そして置かれた鋳物製のガーデンテーブルセット。
あずきは、見事に手入れの行き届いたイングリッシュガーデンの中にいた。
その素敵な雰囲気につい感嘆のため息をついたが、同時にこれが現実のものではない、幻影空間に過ぎないということも、あずきには分かっている。
――でも、ママこういうの好きだろうな。
「いらっしゃい。よく来たわね。まぁ座って」
いつの間にか、置かれたガーデンチェアに光沢のある黒いドレスを着た女性が座っていた。
美琴そっくりの美しい顔が微笑む。
黒の女王、セレスティア=リーアだ。
でも、そこに敵意は感じない。
あずきは促されるまま座った。
セレスティアが指をパチンと鳴らすと、テーブルの中央にアフタヌーンティーのセットが現れる。
ティースタンドは、お菓子やサンドイッチが満載だ。
そして、あずきの前に、湯気を立てる紅茶が出現する。
あずきは黙ったまま、上目遣いでセレスティアを見た。
「心配はいらないわ。毒は入っていません。見て分かる通りここは精神の部屋だから、食べてもお腹には残らないけどね。でも味はちゃんとあるわよ。さぁ遠慮せずにどうぞ」
あずきはそっとスコーンを手に取り、口に運んだ。
「美味しい!」
「でしょう? ここは千年前の黒曜宮での内緒のティーパーティをモチーフに作られた空間なの。味もしっかり再現されているわ。誰にも邪魔されずに考え事をしたいときとか、疲れちゃったときとかにここに籠るの。わたしのお気に入りの空間の一つなのよ」
意外にざっくばらんな喋り方をする。
――そういうとこ、双子だけあって美琴姉ちゃんにそっくり。
「ってことは、あなたは今現在美琴姉ちゃんと戦っている黒の女王さまそのものなんですね?」
「意識は直結しているわね。戦っているのもわたしだし、ここにこうしているのもわたし」
「わたしを囚えようとは思わないんですか?」
「なぜ? あなたはルーナにとって妹なんでしょ? ならわたしにとっても妹だわ。妹を囚えようとは思わないわよ」
「だって、捜索してたじゃないですか」
「そりゃだって知らない場所で迷子になったら大変だし。ま、新しい妹と直接話したかったってのもあるけどね」
「なーんだ。じゃ、隠れること無かったな」
セレスティアがクスっと笑う。
あずきがティーカップをテーブルに置いた。
「セレスさまは、地球人のこと、嫌い?」
「それは……難しい質問ね。好き嫌いの問題では無く、我々フォルトゥーナの民が地球人と交わることで、無くなってしまうことを懸念しているの」
「フォルトゥーナ?」
「あなたたち地球人は我々のことを月兎族と呼ぶけど、それは地球人が学術的名称として付けた呼び名だわ。我々には古代から伝わるフォルトゥーナという名称がある。でも今じゃ誰もそんな呼び名を使わない。混血化が進み過ぎてルナリアの民は『フォルトゥーナ』という自らを表す言葉さえ忘れてしまった。そうやって文化が消えていくのが嫌なのよ」
「何となく分かるかも……」
セレスティアが紅茶に口をつける。
「でもね、時代の変化というものは理解しているのよ。形あるものはいつか壊れ、流行も過ぎ去り、今あるものもやがて跡形もなく消え去る。その中で、残しておくべきもの、消えても構わないものを取捨選択する。時の流れってそういうものでしょ? フォルトゥーナと地球人が同化し消え去るのが運命であるなら、それを受け入れましょう」
セレスティアが寂しそうに微笑む。
遠くで鳴く鳥の声が聞こえる。
「来てるんでしょ? エディオン」
「……うむ」
賢者エディオンはあずきの後ろにスっと現れた。
セレスティアに促され、ガーデンチェアに座る。
「言い訳を聞きましょうか?」
「いや、すまん。流行り病というヤツじゃったんじゃ。大規模魔法で身体を酷使した直後だったから、あっという間に病状が進行してな。そのせいでお前にはつらい思いをさせた」
「そうよ? あなたと過ごす未来がぜーんぶ崩れて、荒れた荒れた。しばらく泣き暮らしていたわね。でも、魂魄となるくらい時が過ぎても、わたしのところに顔を出すのが怖かったのね? 失礼しちゃうわ」
「いやまったく、返す言葉も無い。だが今は時が惜しい。話を進めよう」
「そうね。では聞きましょう。あなた達はこんな所に来て、わたしに何をさせたいのかしら? 何をお望み?」
セレスティアが持っていたティーカップをテーブルに置くと、小首を傾げた。
「うむ。それなんじゃが、お前さん今自分がどういう状態か分かっておるか?」
「ルーナともども龍体になってる。よっぽどストレスが溜まってたのね、わたし。でも、戻ろうにも戻れないのよ。力を使い果たすまで暴れるわね、これは」
セレスティアが不安げに空を見た。
その向こうに、自分たちの姿が見えているのだろうか。
「そうなれば、認識阻害魔法が解けて地球側に月の王国の存在が知れ渡ってしまう。何とかして戻さないと」
「と言っても……」
「ホワイトファングの封印を解く。あずきに闇の精霊を与えてやってくれ」
「あれは……わたしも伝承でしか知らない力よ。何が起こるか分からないわ。あなたに制御できる?」
「あずきになら!」
賢者エディオンが力強くうなずいた。




