第45話 風精エアリアル 2
あずきは試練を受けに来た自分を前に、ベッドに突っ伏して惰眠を貪ろうとする大人の女性を見て、口をあんぐり開けた。
――これはダメだ。完全にダメ人間だ。
『……働きたくない』
「ちょっと待ってください。わたしの試練はどうなるんですか?」
『あ、いい、いい、そんなの。はい、あげるー」
風精エアリアルが、ベッドに突っ伏したまま、右手の指をあずきの方に向けた。
その指から、そよ風が流れてくる。
あずきは慌てて、懐から短杖を出し、エアリアルの方に向けた。
風の力が無事入ったようで、短杖に付いている青い宝石、ゴーレムの核が光を放ちつつ、脈動する。
あずきの顔が引き攣る。
あまりにも簡単に、パワーアップしてしまった。
「エアさん、ひょっとして……引きこもりさんなんですか?」
ベッドで、グデグデしているエアリアルの体がビクっと震える。
『……ヤダナァ。ソンナコトナイデスヨ?』
「今、お昼ですよ? 窓のシャッターも開けず、ゲームですか? 不健康ですよ」
『だって今日、お休みだもん。休みの日は休むんだもん』
「わたしの訓練はお仕事じゃないんですか? 月の女王様から報酬貰ってるんじゃないんですか?」
『貰ってる……』
「じゃ、ちゃんとやりましょうよ」
『だって、外、暑いんだもん』
堂々巡りだ。
これでは、どっちが子供だか分からない。
あずきは無言で窓に近寄った。
カギを開け、シャッターを押し上げる。
外の光が入って、一気に部屋が明るくなった。
『眩しい! 体が溶ける!』
「溶ーけーまーせーん!!」
あずきは仁王立ちして、周囲を睨めつけると、まっすぐ台所に向かった。
シンクは使用済みの食器が山となっている。
次にあずきは、冷蔵庫を開けた。
中を確認し、うなずく。
『あのーー、えへへ。何をしているんです?』
あずきの雰囲気からただならぬものを感じたのか、エアリアルがベッドから身を起こす。
あずきが、キっと振り返る。
「わたしは台所を掃除します。掃除が終わったら何か作ってあげます。お腹減ってるでしょ?」
『減ってる! あぁでも、台所に箱買いしたカップ麺がまだあったはず。食べる?』
「たまに食べるならいいけど、そればっかりだと栄養が偏ります。何か食べたいものありますか?」
『あ、じゃ、冷やし中華!』
「では材料を買ってきてください」
『え? スーパー行けって? 暑いよ?』
「買ってきて下さい!」
『はい! ……で、何買えばいいの?』
あずきが思わずため息をつく。
「麺、キュウリ、卵、トマト、ハムがあれば」
『あれ? 卵無かった?』
「振るとカラカラ音がする卵ですか? 何ヶ月前のものですか、あれ。あんなの食べたら、お腹壊しますよ」
『あやや。ダメだったか。えへへ』
「ついでに好きなオヤツ買っていいですから、さっさと行ってきてください」
エアリアルが赤いジャージのままサンダルを履いて、慌てて出ていった。
おはぎがそれを見送る。
「あれ、風精さんでしょ? 顎で使っていいの?」
「いいの! さ、台所、綺麗にするよ」
あずきは台所のゴミの片付けから始めた。
◇◆◇◆◇
『ただいまぁぁ。ふひぃぃぃぃ。』
三十分後、あずきは汗をカキカキ帰ってきたエアリアルから買い物袋を受け取った。
予想通り、しっかりアイスが入っている。
苦笑いを浮かべるエアリアルをよそに、あずきは袋から冷やし中華の材料を取り出した。
『すっごい。シンク、ピカピカじゃん』
「ゴミは分別しておきました。収集日に忘れずに出してくださいね。では、料理に取り掛かります。二十分もあれば出来るので、テーブルの上を片付けてください」
『オッケー。』
リビングをエアリアルに任せ、あずきは料理に取り掛かった。
◇◆◇◆◇
『あー美味しかった。あずきちゃん、料理上手いねぇ』
エアリアルが膨らんだお腹をポンポンと叩く。
「母に仕込まれましたから。それより、お腹が落ち着いたらリビングの片付けやりますからね」
『リビング? ……片付いてるよ?』
あずきが、部屋の隅でこんもりと山になっている衣類を指差す。
「これは洗濯済みですよね? せめて畳んでタンスにしまいましょうよ」
『あはは。でも、しまうの面倒くさくって』
「こっちの山積みになっている本。本棚が所々開いてるってことは、読んだ後、戻してないってことですよね? 戻しましょうよ」
『読みたいとき、手を伸ばしたところにあったら便利じゃない?』
「じゃ何のために本棚があるんですか。使い終わったら片付ける。基本でしょ?」
『えへへ』
「わたしが来たからには、徹底的にやりますからね。覚悟してください」
『はーーい』
◇◆◇◆◇
それからたっぷり二時間掛けて、ようやく部屋が片付いた。
『おぉ、わたしの部屋ってこんなに広かったのね。知らなかったわぁ』
あずきがため息をつく。
「わたしは初心者の試練を受けに来たはずなんですけど、なんで掃除やってるんだか。この部屋の状態、少しでも長くキープしてくださいね」
『が、頑張る。それよりさ、あずきちゃん』
「はい?」
『お嫁さんになって!』
「はぁ??」
エアリアルがあずきに抱きつく。
おはぎが思わず目を白黒させる。
「ちょっとエアさん! お手伝いさんが欲しいだけじゃないですか! 大人なんだから、ちゃんと自分でやってください!」
『バレたか』
「さてと……」
あずきは三和土で靴を履いた。
おはぎがすかさず、あずきの肩に飛び乗る。
「思ったより時間取っちゃいました。では転送をお願いします」
『また来てね。いつでも待ってるから』
エアリアルが右手で指をパチンと鳴らすと、エアリアルの姿が一瞬で変わった。
マーメイドラインで深みのあるグリーンのドレスがエレガントさを際立たせている。
髪は、さっきまでのボサボサがどこへやら、高めのシニヨンでティアラまで付けている。
コンタクトに変わったのか、赤渕の瓶底メガネも付けていない。
まるで貴族のお姫様といった出で立ちだ。
「……やれば出来るじゃないですか」
エアリアルがフフっと微笑む。
「これが、八畳一間じゃ無ければ、もうちょっと良かったんですけど」
『それは言いっこ無しで』
あずきとエアリアルは揃って笑った。
『旅の無事を祈っています。また会いましょう』
「はい。ではまた!」
あずきの姿が空に消えた。




