Chapter.3‐3
十一月に入って気温はグンと下がり、夏から秋にかけての乾いた暑さの気配は全く消えていた。
冷たい風が吹くとある早朝、私はルサリィの元へ駆けていた。
彼女の検温のために軍医とその助手が部屋を訪れた時、彼女は眉を苦しげにしかめてベッドの中で大量の発汗を催していたという。内線で連絡を受けた私は、着ていた室内着の綿パンとTシャツの上から白衣とコートを引っかけて、すぐさま部屋を出た。孤児を収容している建物に入り、警備の軍人達に慌てている姿をじろじろ見られながら駆け足で三階まで上る。まもなく見えた彼女の部屋の前にはいつも通り軍人が待機している。すぐに鍵を開けさせた。こんな時でも彼らはドアの開閉の度に施錠をしているのだ。鍵を開ける、たったそれだけのせいで目の前の軍人に対して無性な苛つきを覚え、ドアが開くまでを長く感じた。荒い息を整えつつようやく中に入ると、ベッドには苦しそうに目をつぶる彼女の姿があった。
「ルサリィ……」
口から勝手に名前が出てしまう。背後でドアの施錠される音が聞こえた。私はベッドの脇にいた軍医らに視線を向けて問う。
「容態は」
質問に、パイプ椅子に座っていた軍医は簡潔に答えていった。体温、心拍、彼女の反応、そして彼らがルサリィの部屋に入ってから私が駆けつけるまでの状態。
「解熱が必要なぐらいで、とりあえず今は様子見だ」
軍医はそう言って、そばで待機していた助手に解熱剤の準備を促した。
「あとで、また来る」
事務的な口調で告げた軍医は立ち上がると、部屋を出る直前にこちらを見やる。
「ミスター・マキ。君は分かっているね?」
その言葉を最後にドアは閉まった。
軍医の口調は、私に対する宣告だ。別に適当な言葉を吐かれたわけではない。嫌味でも助言でもない。ただ事実を指しただけなのだろう。何が言いたいのかは分かっていた。
この状況は、当然予測されたものだ。抵抗力が弱まり、風邪に似た症状を出す。その兆候は昨年末の冬に始まっていたではないか。季節の変わり目で体調を崩すとか、そういうレベルではない。彼女の場合はもう、体に大きな影響を与える段階まで進んでいた。
本来、ステロイドの使用中は飛躍的な「評価」を遂げる。そのため使用を開始してから、途中で止めるようなまねはしない。ステロイドというものは、使用中は効果を発揮しているが、使用期間が長ければ長いほど、使用を中止した後の反動が恐ろしい。使用を止めればステロイドの効果は途切れ、一気に体を蝕むが、使用中は全くその兆候がないのである。
私の研究にしても、彼女に投与する種類はその辺を考慮していた。それなのに……継続して使っているというのに、彼女は体の不調を訴えた。
……いずれこうなるだろうと、分かっていたはずだった。けれど、覚悟なんてしていなかった。目を背けていたからだ。受け入れたくない事実と現実が来ないようにと、見て見ぬふりをして、目の前の彼女の微笑みだけを毎日この目に映していた。
その彼女は今、ベッドの中で眉間に皺を寄せ浅い息を繰り返している。現実を無視し続けた結果だった。私は近寄り、軍医が使っていたパイプ椅子に腰を下ろした。
彼女の額に張り付いている前髪を指でそっと払いのけて、頬に触れる。いつもより赤く、熱い。
先程の軍医の言葉が胸に突き刺さる。
ミスター・マキ。君は分かっているね?
私は。
彼女がこれからどうなるか、分かっている。