Chapter.3‐2
十月に入り、ここに勤務して一年が経過していた。
ルサリィに会いに行く日々は続いており、あのキス以来、私達は不思議な関係を築いている。
好意を言葉に表すこともなく、ただときおり唇を触れ合わせるだけのスキンシップを繰り返しては、それ以上を求めない。彼女が無邪気に笑う姿に、私は満足していた。
「Kiss me again.」
しかし唐突に言うルサリィに、困ることもある。
そういう時は、私が彼女の顔を見つめていると、彼女も困ったように頬を緩ませて言い直すのだ。
「Kiss you again.」
それをはっきりと理解する寸前に、いつも唇は重なる。彼女は目を開けたまま笑って、感触を確かめるだけのように軽く口付けていた。小鳥の啄ばみに似たそれは、すぐに離れていく。あっと言う間に互いの顔の輪郭が分かるくらいの距離ができた。
「……ところでルサリィ。何で、英語なの?」
「だって、恥ずかしいもの」
そんな会話をしながらも、私達はおままごとのようなキスで幸せを分かちあう。
室外にいる監視にどの瞬間を見られるか分からない。触れるだけのキスしか出来ないが、確かに私は彼女に対し、好意だけではくくれない愛情を持って接していた。
しかしそうした感情に支配されるうちに気づく。自分の置かれている立場と、自分が今まで何をしてきたのかを冷静に考え始め……いまさら悔いていた。彼女に、自分がどれだけのステロイドを投与してきたかという事実は考えただけで恐ろしく、そして怖かった。
これからは彼女とキスをする度、彼女に触れる度に、今までしてきた自分の行為を自覚するようになる。私がしてきたのは、そして今もしている研究は、彼女の未来を削るものだ。
果たして夜に彼女と別れる時、彼女が体調不良を訴えた時、とても恐ろしい気分に苛まれるようになった。何をしていても明日が来るという確かさが、明日が来てもそれを彼女が迎えるとは限らない不確かさが、こんなに苦しく圧迫されるものとは思っていなかった。
それなのに彼女はいつも微笑みをくれる。私の投与しているものが彼女にとってまったく必要のないもので、研究のためだと知っているのに、彼女は一度たりとも責めはしない。それどころか私にキスをくれ、「また明日」と穏やかな笑顔を向けてくれるのだ。彼女が私を責めないことに苦しみ、彼女が私に好意を向けてくれることを嬉しく思いながらも、内心は今にも破裂しそうな感情を抱えていた。
……自身の愚かさに、罪深さに、これほどまで悔いたことはなかった。