Chapter.11‐1
「……遅い」
一言告げたカタリーナは車のエンジンをかけた。
運転席から寄越される睨んだ視線に「ごめん」と言いつつ、助手席に座ってシートベルトをする。
ふん、と軽く息を吐いた彼女は、しかしそれほど気にしていないのか別の話題を振ってきた。
「ねえ。それにしてもあのコーヒーのまずさは深刻な問題だわ。経営に支障を来たすわね、いずれ」
本日うわさのコーヒーの登場に思わず笑う。
「恩師がよく言っていたよ。まずいものには、話の種になるという利点があるそうだ。他者とまずさの認識を共有できて会話が弾むらしいよ」
「ひたすら……まずいわねっていう話で盛り上がるの?」
お湯も沸かせない内に会話が萎むわと呆れる彼女に、ふとその恩師……教授のことを思い出した。
私をルーマニアに誘ってくれた教授。一風変わった性格だったが人柄のよい方であった。しかしもう今から五年ほど前に教授は亡くなられた。
勉強会を開いて周囲からプロフェソールと呼ばれるのに慣れ始めた頃、私は教授に連絡をとろうとしていた。八九年の革命直後、教授のいた研究所がどうなっているのか確認できなかったが、おそらく私のいた所と似たようなものだと思い、早急な連絡はよしておいた。
二、三年後、自身の手帳に記していた連絡先に問い合わせてみた。教授が日本にいた時の、大学付属の研究所の電話番号だ。そこに連絡をしてこちらの連絡先を伝えておくと、連絡がくるのを諦めかけていた頃に、教授のほうから直接かかってきた。
ベルが鳴って久しぶりに教授の声を聞いた際、受話器越しの久々のやり取りにとても緊張した。そんな私に教授は「すまなかった」と、ルーマニアに誘ったことを幾度も謝られた。しかし私には、謝罪される理由などない。教授の誘いがなければ、彼女と出会うことはなかったのだから。
受話器越しに互いに「すまない」と「いいのです」を繰り返し、なかなか決着がつかなかった。とうとう私が折れると、教授は溜め息と共に「本当にすまない」と告げて無言になってしまわれる。私は明るい調子で話題を変えた。互いの近況報告を長々と話し、話題は今の仕事に及んだ。こちらが、ルーマニアに残り孤児達の学業サポートをしていると伝えれば、教授は苦渋を滲ませた声音で教えてくれた。今でも私は「研究者」だ、と。
「一種の業だ。もう、どうしようもないと承知している。研究職から離れたくないんだな」
受話器からは寂しそうな声と共に、まるで自身を嘲る短い笑い声が聞こえた。
詳しい経緯は聞かなかったが、教授のいた研究所では、確認の取れる限りの研究者は皆ルーマニアから退去したという。教授も渡米したとおっしゃった。
ふと、気になっていたことを教授に尋ねてみた。ドクター・ペトレスクのことだ。
彼が一研究者であることは、同じ職場であったので分かる。彼に一度会っている教授も、彼を研究者であると認識していたのでそれは間違いない。しかしドクター・ペトレスクは、研究者という肩書きだけではなかったはずだ。彼は幾度か、その素振りを見せていた。研究だけをしていれば知りえない内部事情を教え、広場まで連れていってくれた。わざと私に気付かせるような行動をしていたとしか思えない。
教授は、彼が今どうしているか、どこにいるか、全く分からないと言う。生死さえ知れないと話されたが、おそらく彼は生きていると根拠のない自信が私にはあった。彼はきっとソ連に、いやロシアにいるだろう、と。
長い電話も、仕舞いに近かった。
「何かあったら頼りなさい」
そう言って、教授は最後にまた謝罪を口にされた。
「牧君。いつでも力になるからね」
もう教授は、仕事に誘うことはなかった。ただ、その言葉だけを電話を切るまで心配そうな口調で何度もおっしゃっていたのが、十数年経った今でも耳に張り付いている。