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Maria  作者: おでき
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Chapter.9‐3

 神父は驚愕の事実を落ち着いた口調で告げていく。

 ――まず二十一日の支持集会後のデモが、翌日になり様相を変えたという。二十二日、国営放送がルーマニア全土に非常事態宣言を発令し、国防相の自殺を報じたところ、大統領命令による暗殺ではないかと一気に疑惑が広がった。その後すぐに国軍が反旗を翻す。同日、大統領夫妻は正午あたりに共産党本部からヘリコプターで脱出を図りブカレストから離れたのを、広場にいた市民らが目撃していた。

 そして今日、二十三日の夕刻。すでに政権を掌握した軍、つまり救国戦線は、逃亡した大統領夫妻を呆気なく拘束し監禁したという。

 

 暴動の勃発から、たったの数日で政権が奪取されたのである。そして軍は――事前に研究所で聞かされてはいたが――、反政権の旗手となり民衆側に立った。

 その事実に、不思議な気持ちになった。怒りすら湧かなかった。

 これが上層部の望んだこと。これがマリアの果たそうとした結果。

 国防相の死で全軍が反旗を翻したというのなら、マリアのしたことは一体彼女に何をもたらしたというのだ。

 それを思うと、説明をしてくれている目の前の神父の話に耳を傾ける気もなくした。

 ……革命の成功に、孤児を生み出した政権の最後に、喜ぶべきなのかもしれない。

 ただマリアを思うと、その感情だけでは形容できない。だが、悔しいわけでも悲しいわけでもなかった。何か心に穴があいたように、空しく感じていただけだった。

 

 その日の深夜。睡眠のお陰で肉体の疲労はいくらか楽になったのか、室内を立ち眩みなしで歩けるようにはなっていた。

 ベッドに腰掛け、これからについて考えねばならない。が、それも憂鬱になり放棄した。研究所に戻ってもどうなるか分からないし、この騒動で機能しているとは思えない。閉鎖しているかの確認と、私物についての検討、それに女の子のこともあるが、とにかく今は休みたかった。

 ありがたいことに、神父は「療養する間はいなさい」と言って下さっているので、その厚意に甘えようと思っていた。

 日付のかわる少し前に夜食を持って現われた神父は、私が食べ終えてしばらくしてから、保護された女の子のいる部屋へと案内してくれた。ドアをノックし入ると、女の子はちょうどシスターにベッドへと入れられているところだった。これから眠るらしく、少しだけ目が合ったのに寝ぼけ眼なのかぼうっとしており、すぐにこちらにも関心を示さなくなった。

「あの子の起きているところ、まだ見ていないな」

 ポツリと言った私に、神父は哀れみを携えた口調で言った。

「無理もありません。ここに来てずっと泣き通しでしたから。広場にいたのでしたね? おそらくもう、彼女の両親は……」

 そこで口を閉ざした神父は、うつむいた。女の子は身元不明となり、親もおそらく見つからないか、巻き込まれて死亡したと捉えているようだった。私も、特に反論しなかった。

 神父には、伏せるところは伏せて女の子との経緯を説明している。仕事でルーマニアに在住している私は二十一日の支持集会に行き、そこでどうやら肉親と離れた女の子と出会った。混乱が生じたその場で放っておくのは忍びないので、思わず抱えて銃撃から逃げたのだ、と。

「しかしこれも神のお導きでしょう。あの子を助け、ここを頼っていらしたあなたとの出会いも全て。今日は、二十四日……イイスス・ハリストスの降誕祭ですから」

 気を取り直したように、神父は顔を上げる。部屋の掛け時計で時間を見れば、零時を過ぎていた。

「ああ、そうでしたね……そうでした」

 柔らかな表情を浮かべている神父に、私も穏やかに相槌を打つことができた。

 二十四日はイイスス・ハリストス――イエス・キリスト――の誕生を祝う日。降誕祭を始めたユダヤ教では日没が一日の始まりだから、時差の関係で場所によってはクリスマスが二十四、二十五と日付をまたぎ、二日間が「クリスマス」という名目になってしまう。

「主の降誕を祝う日ですが、個人的には……あなた方、お二人との出会いにも感謝せねばなりませんね」

 神父は優しい笑みとともに言った。

 ――降誕祭。降誕を、生まれたことを祝う日。

 私は、静かに寝息を立て始めた女の子から、目を伏せた。

 十七年でその終生を迎えたマリアを思って……目を伏せた。

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