Chapter.8‐1
ようやく見つけ出せた。彼女のコートにはおびただしい量の血痕が付着しているのか、体に触れてまわると妙な感触がした。
しかし、それは気にしていられない。触れても反応の遅いマリアに、私は焦っていた。
彼女の体温が下がっていないか調べ、脈を確認していく。周囲が暗いので顔色も分からないし、おまけに脈を測るにも時計の秒針が見られず正確に測定できなかった。不十分ではあるが、彼女の通常時の脈拍を思い出し、記憶していたリズムからある程度を推測する。
一通り終えると、マリアは息の隙間から「あ」と、か細い驚きのような声を上げた。
「……ケイ、ジ」
彼女は小声で呟いた。その声音に、暗くてよかったと思った。きっと明るければ、彼女の姿は目も当てられないほど悲痛かもしれない。それを思えば、冷静にさせてくれるこの視界の暗さはよかった。取り乱してはいけないのだ。すべきことがあるのだから。
彼女のそばには小さな女の子がいた。体型から考えて二、三歳といったところか。
マリアの様子も見ながら、私はその小さな女の子を抱きかかえマリアと同様に、体温と脈拍を算出する試みをした。
見たところ女の子に目立った外傷はないらしく、この状況下だというのに寝息を立てている。気絶してから寝てしまったのかもしれないが、意識昏倒ではなく睡眠なら脳への心配は今の時点では問題ないだろう。
私は女の子をマリアの隣に座らせ、二人を囲むように向き合った。
女の子のほうは、おそらく大丈夫だ。しかし、問題は……。
「マリア。……足、撃たれたね?」
私の問いに、彼女はコートの裾をずらし、左足を見せてくれた。
そっと触れてみると、膝下数センチの場所がジトリと、鉄の臭いと共にわずかに湿っていた。
「かすっただけ、大丈夫。血は止まっているでしょう?」
マリアは弱い調子で言葉を並べていく。
確かに彼女の言う通り、こちらで止血をする必要はなさそうだった。が、破傷風、敗血症といった感染症の心配がある。速やかに医療機関で診る必要があった。
このデモ隊や軍との衝突の中、無事に近くの医療機関まで辿り着けるか分からないが、それでも彼女が心配だ。
コートの裾を下ろして、彼女の傷を外気に触れさせないようにする。それから彼女の腕をとった。
「マリア、病院へ行こう。歩ける?」
首を振った彼女に、女の子を片手で抱えながら提案する。
「もちろん肩を貸すよ。寄りかかっていいから、ね?」
左足の怪我なら、ゆっくり歩けばかろうじて大丈夫だと思った。しかし、どうやらそれは間違いだったらしい。
「マリア……まさか」
ハッとした私は、抱きかけていた女の子を壁にもたれさせ、マリアの脇腹に両手を差し込んだ。それでも彼女は動かない。脇腹は特に外傷はなさそうだ。そのまま、壁と彼女の背中の間に両手を差し込んでみる。
途端、彼女は小さな呻き声を漏らした。「うっ」とも「いっ」とも判断つかない、鈍い声だった。
「マリア……」
背中に回した両手を引き抜く。私は、自身の手の感触に絶望した。
「マリア、どうして」
力が抜けてへたり込んで行く私の言葉を遮り、彼女は……ごめんね、と穏やかに言った。
「もういいの、ケイジ。ここで、いいよ。……ケイジ、私ね……会えて嬉しい」
光にかざせばきっと、私の両手は燃えるように赤いはずだ。