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Maria  作者: おでき
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Chapter.7‐2

 混乱は時間を増す毎に大きくなっていった。

 集会に来ていたのはおよそ十万人。この中にマリアがいるとは分かっていても、奇跡が起きない限り見つけ出すのは不可能だ。おまけに、この騒ぎ。これでは、私がここに止まっていてもマリアを探し出せないだろう。しかし、彼女に下された命を思えば望みはあった。

 彼女はきっと、ここを離れない。自らの意思がある状態なら、返り討ちに遭いさえしなければ、自分からこの場を退くことはしないだろう。

 なら、私の行動は決まったも同然だった。

 向こうのほうで、治安部隊と「デモ」と呼べる代物に拡大した民衆がせめぎ合いをしている。鎮圧と反乱が、そこかしこで繰り広げられていた。

 発砲音と、空砲のようだが大きな発射音も聞こえてくる。

 広場は逃げ惑う人々と、立ち止まって参加する人々に分かれ始める。私は残った。この時点で治安部隊が私を発砲できる十分な理由を作ってしまった。広場に残るということは、叫んだ者と同志であるということだ。国の反逆者だと、デモ隊であると見なされる行動を取ったに等しい。

 しかし命の危険を考えるのは、もうどうでもよかった。

 ここにいる蜂起した民衆と共に、そして何よりマリアと共に、私はたとえ革命の只中でも同じ時を過ごせるのだから。

 マリアと共に、いるのだから。

 

 時刻は午後四時前。

 冷たく凍てついた風が吹くというのに、民衆の熱気は凄まじかった。

 今から約一時間前あたりに、広場には軍の展開が完了され、戦車が配置されていた。治安部隊に軍、そして今も民衆の中にいるであろうセクリターテ。

 この三時間あまりで、警官隊との銃撃戦もあった。

 その中で、騒ぎの最前線ならともかく後方にいて突如として倒れ込む人もいたため、おそらく頃合いを見てセクリターテの面々が撃ったとしか思えないような場面もあった。

 そうした政権側の銃撃にも屈せず、今も広場には多くの人々が残り、そして広場の外では、広場に続くそれぞれの大通りでデモ隊と治安部隊や警察、軍が衝突していた。

 みな共産党本部の庁舎に突入しようと躍起になっており、あちこちからかけ声と共に大通りの情報が入ってくる。

 愛国の合唱と政権批判の叫びが繰り返される中、私は大きなデモ隊の前方でもなく後方でもない、多くの人々の壁に囲まれていた。言い方は酷いが、広場に着いてから比較的安全だと言える場所にいたのが、正直なところだった。

 しかしこれでは大した移動も出来ず、マリアを見つけるにも困難だ。簡単に見つかるとは思っていないが、発砲音がデモ隊の最前線ではなく、市民の固まりとなっている場所で発砲されれば、それはおそらく彼女に関わる可能性が高いはずなのだ。セクリターテが紛れているなら、デモ隊の最前線ではないだろう。

 だが、あまりの喧騒でどこから音が聞こえてきているのか分からないし、私自身が身動きを取り難い状況だった。

 そうこうする間に時間は過ぎて、腕時計は午後六時を指している。

 この時には夕日はとうに沈み、恐ろしく冷え始めていた。しかしデモに加わっているのが物凄い数の人間なのだ、その(いき)れと自身の妙な興奮状態で、気温にも耐えられた。

 私は動ける範囲で動き、それぞれ民衆と、彼らのデモを鎮圧しようとしている軍や警察、治安部隊の動向を確認しながら、少しずつ辺りを見回していた。

 ――そして、わずかな街灯の明かりで確認した午後八時過ぎ。

 遠くで連続した射撃音が聞こえた。その音が少しだけ近くになった。人の壁が崩れていく。乱れて、広がって、散り散りに、点のように、的のように。

 その途端、弾けた。いや、溢れたのだ。悲鳴と、熱気と、麻痺した嗅覚を再び刺激する不可思議な臭いが。

 血と硝煙が混ざった臭いが。

 私は駆け出した。一目散に、どこに行くかも分からないが、前を向いて駆け出した。

 命なんてどうでもいいと思っていたはずなのに、いざ銃身を戦車を、そしてそれらを操る人間を目の当たりにして、私の足は「逃げる」という本能に従っていたのだ。

 

 どれくらい走ったのか。振り返れば大して走っていなかったことに気付いたが、広場の中心を抜けて近くに建っているホテルの脇に身を隠した。

 ホテルは壁に沿って奥に行けば行くほど、箱や新聞紙のような紙が無造作に散らばっている。

 そこに背を預け、倒れ込んだ。

 しゃがんだ途端に、ぬかるみに腰を下ろした感じがして気持ちのいいものではなかったが、暗くて確認も出来ない。おまけに疲れていて、座り心地などもはやどうでもよかった。

 おおかた砂埃と泥に血が混じっていたのだろう。近くでは今もまさに市民と軍隊の睨み合いが続いており、ここも少々、血生臭かったからだ。

 呼吸を整えようと、瞼を閉じる。暗い中で自分の鼓動が脈打つ。

 そうして乱れた息を落ち着けていた時、すぐ近くから呼吸が聞こえてきた。むろん私のではない。誰か近くにいるのは明白だった。

 こんな所に潜んでいるなら、おそらく命を脅かす「敵」ではないはずだ。

 夜目が利いてきたこともあり、視界で捉える範囲が広くなったので、いま座り込んでいる場所よりも奥に目を凝らしてみた。

 小さな姿がぼんやり見える。思いきって近付く。数歩、膝立ちで進んで奥にいる者を確認しては、また数歩進む。

 ある程度の距離を詰めた時、それは唐突に理解を促す衝撃を与えた。

 ……そこには、幼児を隣で抱えるマリアがいた。

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