紅茶と炭と
翌日もティアラはティーセットを用意して私を起こしに来た。
「おっはーよーございまーす、マスター」
ティアラに呼ばれ続ける『マスター』と言う名称に居心地の悪い引っ掛かりを感じる。
「……。」
「どーしたんですかー?何か思い出しましたかー?」
一見にこやかに笑いかけてくる──が、その瞳には探るような冷えた光がある。
『…この子、明らかにわざとやってる』
「…私は、貴女の言う『マスター』ではないと思うわよ」
ティアラはだからどうした?という表情をしてこちらを見ている。
「それを決めるのは私ですよー?」
ティアラが何をさせたいのか良く解らなかった。
手際よく淹れられた紅茶が目の前に置かれている。
ここ数日を思い返すと胃薬も欲しいかもしれない。
「…どうしました?別に毒とか入ってませんよー」
だって、今頃盛るならそもそも仮想空間から出てきてもらいませんしー。と言葉が続いた。
「いや…紅茶以外に出てこないのかなと…」
「えっ?お腹空きました?」
「全然」
「じゃー、要りませんよね?」
「そもそも何日も空腹感感じないのおかしいわよ…」
「…あぁ、マスターは食事しなきゃならないって概念あるんですねぇ」
──それが普通だと思うんだけど。
ティアラは少し遠い目をして話を始めた。
「あの人食事食べるのも面倒だったのでー」
ティアラのいう『あの人』が喜ぶべきか誰を指すのかすぐ解ったのだった。
「むかーしのとある人ですよー」
そう前置きがあった。
食べることに無頓着過ぎて、食事は携帯栄養食で構わないという人だった。
読書や考え事をしていると食べるのが面倒で、良く食事を抜いて貧血で倒れる有り様だった。
食べることに興味が余り無いので、留学していたときは食事番がローテーション組まれたのだった。
料理を作らせると、食材で綺麗な炭を作り上げる達人だった。
料理壊滅だったっけ…?作る必要性がない環境にいただけだと思っていたのだけど…。
「…食材が研究レベル品質のグラファイト化するんでー料理禁止喰らいましたねー。食材可哀想だから…でも謎ですよねー家庭用コンロとフライパンでどう作るんでしょうねぇー」
何処をどう突っ込んでいいのか……。
「酷いと目の前に出されても、面倒で食べるの嫌だとか我が儘いうのでー」
ニヤリ、とティアラがこちらを悪い顔で見る。
「紅茶に必須栄養素溶かし込んで呑ませましたー」
目の前に置かれている紅茶を見る…。
「何も入ってません、よー?」
非常に目の前に置かれている紅茶に手を付け難くなってしまった。
ふと、疑問に思った。
「…味ってどうなの、それは…?」
「『ミルクと砂糖を多めに入れれば何とかなるだろ!』って言われましたよー?」
彼女の記憶として思った…──正直記憶が抜け落ちて知らない事とは言え、済まなかったと謝るべきであろうか…と。
食材、大事にしましょう!