座敷童子、ならぬもの
──時間は少し遡り、ルシェイルが目を覚ます前
ロンドン郊外にある屋敷、ランフォード邸の使用人休憩室──
三つの人影が午後のひとときにお茶を嗜んでいた。
その内二つ分、本来足元にあるはずの影が無い。
「ねー御姫ってまだ起きないの?」
「まだ起きませんね。アスタロテ」
長く艶やかな黒髪に紅色の瞳という容貌の、少々顔立ちも雰囲気も華やかを通り越した女性にティーサーブする銀髪緑眼の青年が答える。
一見穏やかに見える青年は威圧感を出すために髪を染めていて、襟足だけ少し伸ばされた髪は後ろで一つに結んでいる。──アスタロテは執事は容姿は人間の中ではかなり良い方だと評価する…がこの家の基準だと“標準”になってしまう。
「…執事の君が、我らとのんびりティータイムというのは不味いのではないかね?」
至極全うなことを言うのは黒髪黒瞳の威風堂々たる彫像のような青年。
問いかけられた執事──名をディアードという──は呆気からんと笑いながら言う。
「ルシフェル、えっとですね当主ご夫妻は長期出張ですし、ルシェイル様は現状あぁですし。ぶっちゃけて言えばやることは少ないんですよね」
足元に影が無い二人が眉をひそめる。
「…少しは御姫心配してあげて?」
「するだけ無駄ってものです」
その言葉に心なしか切なくなる影無し──上級の偉い悪魔なのだが──二人。
「エドワード卿居ますし、それにあの人はあれで生命欲は強いんですよ」
邸の主が不在及び動けないのを良いことに好き勝手に休み過ぎでは?と思う悪魔二人。
「そー言えば、使用人見ないわね」
ポツリと呟くアスタロテ。
居ない事情を知っているが敢えて言わないルシフェル。
「使用人棟に居ますよ」
「…いや、幾ら何でも好き勝手しすぎでしょそれ……」
同意はする。
同意はするが…敢えて口は出さない。『我、火の粉被りたくない』と言うのがルシフェルの本音のようだ。
「主不在等の時は、使用人に特別休暇を出すのがこの邸の決まりです」
「アスタロテ、それ以上言うのを止めたまえ」
アスタロテを制止するが、間に合わなかった。
「なので、ルシェイル様の為に色々と働いて下さいね。ルシェイル様に膝を突いたんですから」
有無を言わせぬ笑顔。
アスタロテはがっくりと項垂れ、ルシフェルは溜め息をついたのだった。
理不尽だとアスタロテは思う。
この邸の人間は悪魔の扱いがだいぶ酷い。というか雑である。
何故に執事から掃除を言いつけられるのかと。
少しは怖がっても良い様なものだが、不幸なことに使用人の如く用事を言いつけられるだけである。
「ルシフェル様ぁ…」
隣で窓拭きをする上司でもある魔皇ルシフェルに涙声になりつつその名を呼んだ。
「お前が余計な事言った所為なのだが?」
何枚目かの窓拭きをする魔皇と魔公爵。
「私が膝突いたのは、ルシフェル様と御姫であって他の人間に良いように使われる謂われ無いんですけどー」
几帳面なのかぶつぶつと泣き言を言いながらもアスタロテは窓拭きをしている。
「我ら、この邸で居候であるからしてな」
「いや、だってコキ使うじゃないですか!この邸の執事とか他にも数人!」
数人と言うのは当主、エドワード、マディーナ、+α辺りだろうとルシフェルは予想する。
「主の機嫌損ねたくなければ、その面々の言うことは聞いておいた方が良いぞ」
「そんなぁ…」
「この邸に生きて出入りしたければな」
部下にささやかな処世術を教えてやる。
「窓拭きが終わったら、廊下と階段とエントランスの掃除だな」
「………この邸、無駄に広すぎなんですが」
アスタロテが半眼になる。
宮殿の間違いではというレベルでだだっ広いのに、悪魔の使い勝手がキツい執事から「自動ロボット掃除機は却下」と言われてしまった。隅っこが掃き掃除出来ないからと。
「…我は、敷地内の芝の手入れとかするように良く言われたものだが?」
それを聞いてアスタロテは色々と諦めたのだった。
「我、草むしり検定受けるであるからにして‥」
良く雑草と芝を間違えて抜いて怒られたようです。