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かりそめの一角獣

 俺はナイフの鞘に手をかけながらトレンチを睨んだ。

「……一戦、やるか?」

 トレンチは微笑を浮かべた。

「それも悪くないわね。本当の名を口にするだけで4・5人くらいは……道連れにできるかな?」

 マミエルやジェイダン、ロプが険しい顔をしながら距離を詰めはじめると、トレンチは歯を見せて笑っていた。

「だけど……やめておくわ。正体を見破られた時点で私の負けだから」


 イルースィヴは頷いた。

「ごく自然に仲間に加わり、死んだ余の兄弟を目くらましに使い、上司からも近すぎず遠すぎない立ち位置……見事としか言いようがない」

 トレンチは項垂れるように体の力を抜いた。

「ゴブリンの間者が、残らず倒されたのは誤算だったわ。遺骨の在り処がまだわかっていない以上、賭けに出るしかない」


 イルースィヴは頷いた。

「表向きの調査をする鳥と、本職用のゴブリンか……」

 トレンチはクツクツと笑った。

「本当に上手くいかないものね。常にあの牡馬が目を光らせているし、やっと退いたと思ったら天使たちが飛び回っている上に、武力だけはある牝馬が入って来るし」


 その、目を光らせていたファルシオンが、牝馬2頭を引き連れてやってきた。

「とりあえず、彼女が脱走しないように見張っていよう」

 クリスも頷いた。

「これだけ純度の高い瘴気を放っているのです。ご主人様が迎えに来るかと……」

「噂をすれば……じゃな」


 イルースィヴが視線を上げると、真っ黒な翼を持った堕天使が降り立った。

「聖樹公。その牝馬を返してもらえないだろうか?」

「無理な相談じゃな」

「その牝馬を締め上げたところで大した情報は得られない。それよりも……」

 堕天使はマスター帳を出した。

「今すぐに解放してくれるのなら、20000のマナポイントを一括で出そう」


 イルースィヴは不満そうに目を細めた。

「それだけでは駄目じゃ。不可侵協定くらいは結んでもらわねばな」


 なかなか足元を見ていると思った。

 悪魔社会は力こそが全てであると言われているからこそ、契約破棄という事態には敏感だと聞く。

 特に高位の悪魔ほど、信用という手札を失う恐ろしさを知っているため、契約はまず破棄しないという。

「……わかった。苦渋の決断だが、その条件を呑もう」


 マナポイント20000を受け取ると、堕天使とトレンチと名乗っていた魔馬は闇の中へと姿を消した。



「なかなか陰湿な足止めだったが、本物の悪魔なら当然か」

 振り向くと、藪の中から立派な体格の牡シカが姿を見せた。

 体中には無数の傷があり目元にも傷があるのだが、圧迫するような威圧感はなく、むしろ親しみやすい雰囲気すらあった。

「紹介が遅れたの、こちらの方こそ……本物の父上じゃ」


 大鹿アサルトは、懐かしそうに俺を眺めていた。

「君がアレックスの子か。名前は……シュウジンだったか」

「シュウジン?」

 聞き返すとアサルトは笑った。

「リュウ兄さんが言っていた。子供の名前は嫁さんに決められてしまったけど……孫の名前は俺が決めるんだってな」

「その名前、いったい……どういう意味が!?」


 アサルトは懐かしそうに言った。

「コーダは、考える田んぼ、名は優秀の秀に……仁愛の仁」


 ほ、本当は俺……そういう名前だったのか。

 頭が真っ白になっていたら、イルースィヴは言った。

「父上との約束で、これから見合いだの子育てだのをしなければならん。しばらくの間はシュウジン……お主にダンジョンを任せても良いか?」


 俺はしっかりと頷いた。

「ああ、俺にはこのダンジョンを守る意味があるからな。手元のマナを使って……難攻不落のダンジョンを作り上げてみせるさ」

「では、行ってくるぞ」

 そっとイルースィヴを抱きかかえると、冬場には有難く思えるほどの温もりがあった。

 俺たちは、親父たちのように相棒と呼べるほどのペアを作れるだろうか。


「ああ、なるべく早く戻って来いよ!」

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