イルースィヴの父
11月中旬にはブラックビーチ地方の平定も終わり、イルースィヴは3地方の長となった。
「おめでとうございます。聖樹公!」
マミエルが跪いて祝福すると、イルースィヴも満足そうに笑った。
「これも、皆の働きがあったからじゃ」
俺はじっとイルースィヴの角を眺めていた。先が少しだけ欠けているようだが、どうしたのだろう。
「おい、角が欠けているが……?」
「ああ、少し前に転んでしまっての……余としたことがうっかりしていたわ」
「そ、そうか……気を付けろよ」
「うむ」
イルースィヴの耳が動いた。
「……そろそろじゃの」
俺も満足しながら仲間たちを眺めた。
俺の両隣には、ダンジョンマスターのジェイダンとロプ。
ジェイダンの後ろには、バダルライン地方の領主……北部スカーレット、中央フローレンス、西部マミエル。
俺の後ろには、ゴルアース地方……北部エルフィー、東部アイラ、南部ロージー。
ロプの後ろには、ブラックビーチ地方……北西部ジェイコブ、南西部ローガン、北部ヘンリー。
これらのメンバーがバダルライン西部の建物の中で待機し、イルースィヴの父の登場を待っている。
ドアが丁寧に開くと、天使のカゾエルとノエルに付き添われながら、鹿毛色の牡シカが入ってきた。
頭にはたっぷりとした角が生え、眼光は鋭く、体にはたっぷりと筋肉と共に戦傷と思われる跡があり、息をしているだけでも威厳に満ちている。
俺以外の全員が頭を下げ、敬礼の姿勢を取っていた。
「……これがお前の軍団か」
「その通りです父上」
凄みのある父親の目が俺の姿を映すと、イルースィヴは慌てた様子で叫んだ。
「これシュジン! きちんと礼をせぬか!!」
「いや、そのままでよい」
「は、ははっ」
イルースィヴは委縮した様子のまま父親の指示に従った。
「全員、面を上げよ」
全員の息を呑む雰囲気を肌で感じた。多分、立派な角や体つきに驚いているんだろうな。
「余の名はアサルト。愚息たちが世話になっている」
その威厳とした雰囲気とはかけ離れた、穏やかな声でアサルトが言うと、全員が安堵したことが何となくわかった。
「さて、今日は皆の者に伝えねばならんことがある」
じっとアサルトを見ると、彼は険しい顔をした。
「この樹海の奥深くに眠っているもののことだ」
ジワリと手のひらに汗がにじみ出ていた。
これはイルースィヴの側にいて、ずっと気になっていたことである。
彼もまた、一呼吸置いてから言った。
「あそこには……非業の英雄コーダ・リュウ、その妻である大賢者マリア、2人の子であるアレックス、その妻ゾーイなど、選ばれし者たちの遺骨が眠っている」
「おおおおおっ!」
多くの人々がざわめく中、そっとロプの表情を見ると表情一つ変えずに目を伏せていた。
特に驚いている様子はないことから、彼だけは事前にお骨の件を知っていたことは明らかである。
アサルトは穏やかな表情で言った。
「特にアレックスは、余のマスターである」
イルースィヴは耳をピクリと動かした。
「それほどの重要な秘密を……なぜ?」
マミエルが尋ねると、アサルトは厳しい顔をしたまま言った。
「この事実は、既に知られたくなかった者の耳に入った可能性が高い」
俺の脳裏には、あの不死者を操るというシカの姿が浮かんでいた。他の仲間たちも……多分そうだろう。
同じダンジョンマスターのジェイダンは、恐る恐るという様子で言った。
「あの……名を知らない方がいいという?」
アサルトは頷いた。
「奴は……余の仔であって余の仔でない者。私が名付ける前に……自らあの名を名乗った」
「…………」
ジェイダンは、顎から汗を流しながら言った。
「もし知れば……どうなります?」
アサルトは、目を細めた。
「その名を聞いた産みの母親は、その場で命を落とした……耳から血を流しながらな」




