肉球1 ねこパンチ先生!
まだ、寒さの残る2月のある日のこと、わたしは、まだ着慣れないスーツを身に着け、門から校舎を見上げていた。
わたしの名前は、犬丸ミミ。もうすぐ、卒業を迎える大学四年生だ。わたしは、来年度から、この私立大麦学園で教師として働くことになっていた。今日この学校に来たのは、そのためのいわば前準備のようなものだ。私は、一度深呼吸をしてゆっくりと校舎の中に入った。
入り口でわたしが、守衛さんに要件を伝えると、応接室へと案内された。しばらく待っていると、採用試験の面接でお世話になった教頭先生が部屋に入ってきた。わたしは、勢いよく立ち上がり頭を深々と下げた。
「おはようございます!! 本日は、よろしくお願いします!!」
「元気がいいですね。でも、そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。どうぞおかけください」
私は、再び椅子に座った。教頭先生からは、緊張しなくていいと言われても、その動作は、まだ緊張でカクカクして仕方がない。教頭先生は、1枚の紙をテーブルの上に置き、私に見えるよう差し出した。
「それでは、さっそくですが、賃金の説明をさせていただきます」
私が、教師として働くのは、来年度になってからだ。つまり、あと2か月間は大学生なのである。しかし、この学校では、一部の仕事を補佐するアルバイト、いわゆるチューターを雇っていた。わたしは、教師になる前に、チューターとして学校の仕事に慣れておこうと考えたのだ。時給は1000円。賃金は、高くないけれど、業務内容は生徒が勉強の質問をしてきたら答えるだけだし、このくらいの時給が妥当なのかな。そう思いながら、教頭先生から渡された書類を眺めていると、その書類に謎の項目があることに気が付いた。
時給とは別に、勤務日数1日につき、500円の《にゃんにゃん手当》を支給する。
「《にゃんにゃん手当》!? ナニコレ!?」
私は、思わず声に出してしまった。しまった、微妙な空気になってしまった。一方で、教頭先生はにこやかな顔で説明してくれた。
「ああ、それね。犬丸先生は、来年からうちの学校で働いてもらいますからね。先輩の先生のお手伝いもお願いしようと思っているんだ。結構、面倒見のいい先生でね、いろんなことを教えてくれると思うよ。ただ、通常業務にすこし業務がプラスされるから、手当をつけているんだよ。」
なるほど! 私は、他のチューターよりも良い扱いを受けるようです。
「そういうことなんですね。分かりました……ってなるわけないじゃないですか!! 手当の名前変すぎませんか?」
「まぁまぁ、それより君の指導をしてくれる先生を紹介するよ」
教頭先生は、そう言うと応接室の扉を開けました。すると、扉の隙間から1匹のねこが入ってきます。そのねこは、テーブルの上に飛び乗ると、おすわりをしたまま、わたしの方をじっと見つめています。
やだ……かわいい……。わたしは、思わずそのねこの頭をなでなでします。それにしても、扉が開いているのに、誰も入ってきません。それどころか、誰も入ってきていないはずなのに、扉を閉めてしまいました。……え? もしかして……。教頭先生は、とんでもないことを口にした。
「紹介します。君の指導をしてくれる《ねこパンチ先生》だ!」
就職先絶対間違えたーーーーー!!!!! もうやだ! 帰ろう!!! そう思った次の瞬間だった。
「驚かせて申し訳ない。私が紹介に預かった、ねこパンチです」
突然、男性の声が聞こえた。そして、その声の主はおそらく目の前の、ねこちゃんなのだろう。ねこパンチ先生は、続けて言った。
「安心してほしい。コミュニケーションについては、この首についてる 《猫言語翻訳機~にゃうにゃう~》を通して行う。意思疎通で困ることは、ほぼないと言っていい」
そんな意味不明な機械知らないよー!!! 混乱したわたしは、外部の情報を遮ろうと両耳を手で強くふさいだ。しかし……
「ちなみに《にゃうにゃう》は、心に直接語り掛けるようにできています。耳をふさいでも無駄ですよ」
オーバーテクノロジーがすぎるよー!!!! 混乱している私に、教頭先生はさらに言いました。
「この通り、ねこパンチ先生は、教師の業務を行う際に不便なことも多い、それをサポートすることも君の業務の一つだよ」
「わ……わかりました」
私は、とりあえず返事をしました……もうついていけません。考えることを諦めます。
「とにかく、明日の7時45分に出勤してください。業務内容については、仕事をしながら覚えていきましょう」
私の教員人生は、どうなってしまうのでしょうか?
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