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9/25

期待に応えろ

 今日から王女の侍女たちは、三日間の休暇に入る。


 クララの実家である男爵家にも、昨夜のうちに王女の書簡が届けられている。そろそろ、迎えの馬車が到着する頃だろう。


 この十日間、殿下の執務室は想像を絶する忙しさだった。


 王女の夜の相手をするために殿下が引き上げても、側近たちは遅くまで残って働いた。ときには貫徹することも。


 こんな状況下では、休暇どころか、休息すらもよく取れない。それでも、睡眠時間を削ってもいいから、少しだけでもクララに会いたかった。

 実際には、その睡眠時間さえ、まともになかったのだが。


 なんとか仕事を片付けようと、早朝から書類と格闘していたところに、ふいにカイルが入ってきた。


 王女の命で、カイルがクララの専属護衛騎士になった。


 クララの休暇中は、円卓の騎士業務に戻ると聞いていたが、今日はずいぶんと早い出勤だ。

 カイルがここにいるということは、クララはもう男爵家へと出立したのだろう。


「クララはどうだ?」


 僕は席を立って、早速クララをことを尋ねた。


 クララの護衛なら、俺がしたかったのに。騎士という仕事を、これほど羨んだことはない。


「無事だ。そんなに気になるなら、自分で様子を見に行けばいいだろう」


 カイルの言う通りだ。同じ王宮にいるのだから、会いにいけないわけがない。


 だが、先日、クララへの思いが爆発してしまったことで、僕は多少の気まずさを感じていた。


 クララは僕を拒絶したわけではなかった。でも、受け入れたわけでもない。


 彼女の気持ちが分からない以上、いきなり会いにいって、迷惑がられる可能性もある。

 今までだって、クララは僕がベタベタするのを、あまり好んでいなかったのだから。


「お前がついているなら安心だからと、つい……な。政務に追われて」

「そんなにきついか」

「ああ、最悪だ。だが、婚約式については正式な日程が決まった。陛下も隣国の国王も参列する」

「いつだ?」

「十日後だ」

「急だな」

「もうそれしか、北を牽制する方法がない」


 辺境の情勢は、さらに悪化している。一刻も早く両国の同盟が成立しなければ、すぐにでも北方は開戦にこぎつけてくる。

 すでに辺境は襲撃の対象となり、国王の予備軍が援護に向かっている。


「任せっきりにして、済まなかった」


 カイルはそう言ったが、王女の命にしたがって円卓を離れているのだ。臣下として任務を全うしているのに、僕らに謝罪する必要はない。


「いや、王女は人使いが荒いからな。殿下もすっかり王女のペースだ。お前もクララも、苦労してると思ってた」


 僕はカイルを軽くねぎらったが、カイルは堅い表情を崩さなかった。


「クララのことなんだが、王宮から引かせてくれないか」


 僕としても、クララを侍女になんて出したくなかった。


 ただでさえ、あいつは可愛い。王宮の男どもがこぞって狙ってくるかもしれない。

 殿下だって王女がいなかったら、どう出るかなんて知れたもんじゃない。


「殿下の宣下だ。覆せるのは、殿下と……国王陛下しかいない」


 臣下として、宣下に従わないことはありえない。


 男爵だって、本当はクララを出仕させたくなかった。だが、あの時点では断ることは無理だったのだ。


 カイルだってそれは承知のはずだった。それでも、更に食い下がってきた。


「それは分かっている。だが、正攻法じゃないやり方があるだろう。すぐに結婚するとか、既成事実を作るとか。子ができれば産休がとれる」

「おい!それ、本気で言ってるのかよ。俺とクララが?」


 僕は思わず書類を落とした。


 こいつ、職場でいきなり、何を言うんだ!いますぐクララを押し倒して、孕ませろって?ありえないだろ?


 だが、カイルは一歩も引かなかった。


「本気だし、正気だ。いますぐにあいつをかっさらえ」 「無茶言うな。俺たちは許婚といわれているが、実際は婚約者でも恋人でもないんだ。そんな強引な真似できるか。クララに恨まれる」


 拾った書類を棚に戻しながら、僕はそう乱暴に言い捨てた。


 クララに手を出せとか、簡単に言うなよ!あいつはそんなに安い女じゃないんだよ。むしろ高嶺の花だ。

 だから、こうやって手折れずにいるんじゃないか!俺がどんだけ我慢してると思ってんだ!


「お前にその気がないなら、俺がもらう」

「……なんだって?」


 僕は、驚いてカイルを見た。


 誰が誰をもらうって?カイルがクララを?お前、女になんかに、興味なかったんじゃないのか?


 そう言おうとしたときに、王女と殿下が入室された。


 僕は言いたいことを飲み込んで、その場で礼をとった。


「今日はこのまま、政務に参加させてもらうわ。ローランド、状況を聞かせて?」


 王女はそう言うと、僕を応接室へ来るように促した。


 カイルは退室していったが、あいつの言葉だけが何度も何度も頭の中で反芻した。


「俺がもらう」


 王女に各地からの報告書を提示しながら、僕はそのことに気を取られて、説明が滞りがちだった。


 そんな僕の様子を見て、王女は呆れたように言った。


「今日は気もそぞろね。ああ、そうね。クララが里帰りしたものね」


 クララの名前を出された瞬間、僕は「え?」とおおげざな反応してしまった。


 それを見て、王女は目を細めて微笑んだ。


「クララは愛されていて羨ましいわね。そうね、最近は強行軍だったし、休暇中のクララに、会いにいったら?アレクには私から言っておくわ」

「は?え?あ、は、はい。ありがとうございます」


 羨ましい?僕からしてみれば、毎晩一緒に寝ている殿下たちのほう羨ましいのだが……。


 いや、僕はクララと寝たいとか、そういうことを言ってるんじゃない。

 こんなことを気にするのは、カイルのせいだ。あいつがクララと子作りしろとか言うから!


 そんなことをグルグル考えているうちに、顔が火照ってくるのを感じた。

 やばいと思ったが、王女にはすでに見破られていたようだ。


「もう今から休暇にしてあげるわ。あなたもクララも、これからの仕事に身が入るように、しっかり充電してきなさいな。せっかくだから、泊まりで遠出でもしてきたら?」


 どういうことだ?王女までクララとお泊りを勧めている。


 いやいや、そういうことじゃないだろ。なんか思考がエロに飛びすぎだぞ!

 いや、そういうのもありか。ありだよな?


「いえ、今、王都を離れることは危険ですので……」


 僕は非常にあぶない欲求を打ち消すように、そう答えた。


 それにしても、さすが王女だ!やはり女性らしい感性で、部下の効率を上げることを考えている。


 僕は断然、王女派だ!


 王女がニコニコと微笑んでいるので、僕も思わずニコニコと微笑んでしまった。


 王女バンザイ!


 そのとき、応接室のドアが空いて、殿下が入ってきた。


 僕と目が合ったのに、なぜか殿下は目を逸らした。いつもなら、そんなことはないのだが。どうしたのか。


「レイが急用で、目通りを願っている。礼拝堂に来てくれないか」


 王女は少し表情を曇らせたが、すぐに立ち上がって言った。


「分かったわ。今、行きます。ローランド、じゃあ、もう、このまま帰っていいわ。今日から三日間を休暇にするから、クララに気分転換をさせてあげてね」


 殿下は無表情でそれを聞いていたが、応接室を去り際に僕に鋭い一瞥を投げて言った。


「ローランド、休暇中も側近として節度を持った行動をしてくれ」

「御意」


 なんだ、なんだ、どういうことだ?殿下まで、僕とクララが、何かすると思っているのか?


 王宮では、僕らはそれほどに公認の仲っていうことなのか?いつの間にそんなことになったんだろう。


 ああ、そうか。侍女たちは王女の話し相手も兼ねている。クララが僕のことを話しているのかもしれない。

 あー、その、僕が好きだとか、そんなことを。


 そして、王女様がそれを、寝物語に殿下に語ってもおかしくない。


 まずいな。それじゃあ、クララも僕に期待しているんだろうか。

その、子作りとまではいかないけれど、そういう感じの触れ合いのことを。


 もしそうなら、やはり男として、彼女に恥をかかせてはいけない。

 うん、そうだ。そうだな。うん。ここは決めるところだろう。


 僕はそんなことを考えながら、そそくさと王宮を後にした。


 たぶん、同僚たちにはかなりの量のしわ寄せが行くだろう。だが、この際、そういうことは考えないようにしよう。


 大事なのは、クララの望みを叶えてやることだ。僕に抱かれたいなら、抱いてやらなくちゃダメだろ、男としては。


 僕はそのとき相当にデレた顔をして、なんならスキップしていたと思う。

 それなのに、不思議なことに、誰からも何も言われなかった。


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