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好きなのかも [クララの視点]

「なんで怒ってるの?」


 謁見前までは、いつも以上に軽口を叩いていたのに、ローランドは急に無愛想になり、そして無口になった。


 控室では私を放置していたのに、なぜか夜会では私のそばに張り付いていた。

 友達に会っても、うかつに話しかけることさえできないくらいに、それはもうピッタリと!


 どのくらい密着していたかと言えば、えーと、体半分は触れていない場所がないくらい?

 手でガッチリと腰を引き寄せられていたら、たぶん、嫌でもその距離になると思う。

 婚約者でもないのに、ベタベタしすぎ。恥ずかしいったらない!


 それなのに、気持ちの距離は、いつもよりずっと遠く感じられた。そのくらい、すごく機嫌が悪い。

 触らぬ神に祟りなし。こういうときのローランドは、本当に面倒くさいのだ。


 帰宅用の馬車で、お互いに向かい合って座ったまま、かなりの時間が過ぎた。

 もう放っておこうかと思ったけれど、やっぱり思い切って、ローランドに不機嫌の理由を聞いてみることにした。


 屋敷までは、だいたいあと三十分くらい。たとえローランドが癇癪を起こしても、ちょうどなだめられる程度の時間は残っている。


「ねえ、侍女出仕のことなら、私は大丈夫だよ。そんなにヘマはしないと思う。これでも一応は男爵令嬢だし、生涯奉公ってわけでもないんだから、猫もかぶれるよ」


 たぶん、ここだろうと思うところにポイントを当てて、私は先を続けた。


 ローランドは、私が王宮で、大失敗することをおそれているんだと思う。それは、許婚とされている私の所業が、ローランドの出世に響くから?

 いやいや、私の躾がなってないって、ローランドが怒られるとか……ありえる?私はローランドの子どもか!ないでしょ。ないない。


 だって、保護者どころか婚約者でもないわけだし、私のせいでローランドが失脚するとは思えない。

 私に、そこまでの影響力があるとは思えないし、ローランドの能力が、そんなに脆弱なわけがない。


「お前、殿下と王女の婚約の話、聞いてるだろ?滞在ってのは永住だ」


 そこか!ローランドは、私が侍女として、生涯キャリアを積むのが不満なんだ。

 それはあれかな? 適齢期を逃すとか、そういうことだろうか。私の嫁き遅れを心配するとか、すごく余計なお世話なんだけども。


「侍女長とかキャリアを目指すわけじゃないよ。結婚しても勤めてる人いるし、寿退職というのも問題なさそうだし、今だけの話だと思う」

「王宮なんて、男ばっかの職場で、危ないだろ!死角もたくさんあるし、どこで何をされるか分かったもんじゃない!お前みたいな、知力も体力もないような小娘が、渡っていけるようなところじゃないんだよ」


 そこまで言う?


 たしかに、男性をあしらう手管とかはないかもしれないけど、私は貞操観念は高いほうだと思う!令嬢としての護身術だってそれなりに身につけている。


 いや、それ以上に、そんな男たちを近づけない自信がある!


 それは色気の欠如が問題……というところだけは、あまり声高に叫びたくないけれど。


「ちょっと、やだ!私が、そんなことになると思ってんの?ありえない!職場でグチャグチャするような馬鹿じゃないわよ!それに、王女様は専属の騎士を付けてくださるって言ってたじゃない。身の安全は保証するって!」


 ローランドは、ふーっと息を吐いて頭を振り、私の頭に手を置いて、じっと私の目を覗き込んだ。


 綺麗なローランドの顔が近すぎて、私はいたたまれなくなった。同じくらい近い距離で、私の顔も見られてるんだ。

 おでこと鼻、テカってないよね?化粧室で、あぶらとり紙すればよかった。


「騎士も男だろ。そういう、物事を素直に受け取りすぎるところが、馬鹿だって言ってんだよ。ゆるすぎる!」

「そんなこと言ってたら、女はどこにもいけないじゃない!」


 私はムキになって反論した。


 なんだろう、これはどう見ても、恋人の就職を心配する男と、それをなだめる女の図ですか?


 いやいやいや、私たちは結婚を約束しているわけではないから! この図は間違っているから!あくまで、一般論だから!


「働く女が、嫌なの?」


 私は言ってから「しまった!」と思った。変な思考のせいで、テンパった質問をしてしまった!


 これじゃ、私がローランドに嫌われたくないみたいじゃない!どーでもいいから!ローランドに嫌われても、そんなのどーでもいいから!


 それなのに、ローランドは、ばっちり誤解したらしい。ちょっと目を見開いて、それから視線を少し逸らした。


「男は、惚れた女を他の男から隠したいもんなんだよ」


 ローランドは私の頭に置いていた手を、髪を撫で梳くようにして下ろした。


 気がつけば、ローランドの頬がうっすら上気している。私もなぜか急にドキドキして、心臓が爆発寸前だ。

 何か言わなくては…と思うと、ますます思考が分裂していく。


「それって、なんか、私を好きみたいに聞こえるよ。からかってんの?」


 このべた甘い雰囲気を壊そうと、私はあえて冗談っぽく茶化した。

 それなのに、それを聞いたローランドに、ぐっと手首を掴まれ、引き寄せられた。


「いい加減、かわすなよ。バカ」


 ローランドに抱くすくめられて、私は混乱の極みに達した。頭からプシューっと湯気がでていたと思う。


 何?何?これってどういう意味?


 ローランドの胸の中は温かく、とても気持ちがよかった。私はその背中にそっと手を回した。


 ローランドは私の抱擁を感じて、一瞬だけ体をこわばらせた。それでも、その直後に、更に力を強めて私を抱きしめてきた。


 ローランドの心臓の音が早くなるのを、私はぼんやりと、熱に浮かされたように聞いていた。


「よく聞けよ、お前は、俺に惚れてるんだ。だから他のやつのことなんて、考える余地はない。俺のことだけ見てればいい」


 すいぶんとローランドらしい、俺様発言ではあったけれど、もうさすがに私にも分かってしまった。


 ローランドは私を好いてくれている。大切に思ってくれている。誰からも隠してしまいたいくらいに。


 いつからだろう。もしかしたら、ずっと前から?


 私、ローランドの気持ちを勘違いしてたのかな。カイルが好きだったんじゃなくて、実は私を……。


 そうか……。そうだったんだ!ローランドは、私を好きだったんだ!


 昔からずっと、ローランドは私のそばにいて、あまりにそれが自然で、だから、ちゃんと向き合ったことがなかった。ローランドの気持ちにも。自分の気持ちにも。


 それなのに、ローランドは私を、ちゃんと見てくれていた。どんなときも、真っ直ぐに愛情を表現してくれていた。いつも私を一番に考えてくれていた。心配してくれていたんだ。


 なんだろう。胸が痛い。涙が出そう。息が苦しい。手が震える。心臓がドキドキして、脳が沸騰しているみたい。


 ローランドの体も熱くて、心臓の音もうるさいくらいだ。それを感じられるのが、すごく嬉しい。このままずっと、こうしていたい。


 今まで、何度抱きしめられても、何度キスをされても、全然嫌じゃなかった。触られるのは恥ずかしかったし、ちょっとくすぐったかったけど、嫌じゃなかった。


 だから、私はローランドを拒まずに、何度も受け入れてきた。たぶん無意識に、私も彼を求めていた。彼にもっと触れてほしいと、そう思ってた。


 ローランドが笑うと嬉しくて、もっと笑って欲しかった。ローランドが辛いときは、私が何とかしてあげたかった。そばにいてあげたかった。


 これはやっぱり、そういうことだよね。


 私もローランドが好きってこと。両思い……なのかな?それで合ってるよね。この気持ちは恋だよね?


 これは恋だと、そう確信はしていたけれど、長い間の友情関係が、妙に私を照れさせた。

 ローランドにどう言えばいいか、どうすればいいのか分からない。


 それに、もう身動きすることもできないほど、体の力が抜けてしまっていた。ローランドの腕の中で、何も考えずに、このまま眠ってしまいたい。一緒に。


 そう思っているうちに、私は本当に眠ってしまった。二日続きの夜ふかしが祟って、こんなときにもかかわらず、私は本気で爆睡してしまったのだった。


 それから、どのくらい時間が経ったのだろうか。マリエルに揺り起こされて、私はかろうじて目をあけた。


「お嬢様!起きてください!これではコルセットがとれません!」


 私はむにゃむにゃと変な声をだして、そして寝ぼけ眼のままで聞いた。


「ここどこ?ローランドは?」

「お帰りになりましたよ。お嬢様を馬車から部屋まで運んでくださって!旦那様とちょっとお話しされていったようですけどっ」


 私は飛び起きた。いつの間にか、自分の部屋のベッドの上にいた。

 マリエルが、なんとかドレスだけは脱がせてくれていたので、下着にコルセットという、なんとも情けない姿だった。


「帰ったの?本当に?まだその辺にいない?え?お父様、戻ってらっしゃるの?」

「お嬢様、寝ぼけてらっしゃいますね。もういいから寝てください!」


 マリエルは呆れたように言った。必死になってドレスを脱がしたせいなのか、額には玉の汗が光っている。


 チャキチャキとコルセットを脱がされ、体が楽になると、またドッと疲れが出てきた。


 私はそのままベッドに潜り込んだ。


 落ちていく心地よい眠りの中で、私はローランドの体温を思い出していた。


 あれは夢だったのかな?


 ローランドは私を好き。私が、好き。だから、私も言わないと。私もローランドが好きかもって。


 そうして私は、そのまま眠ってしまった。


 そして、私はあのとき、ローランドに自分の気持ちを伝えるチャンスを逃してしまったことを、その先ずいぶんと長いこと、後悔することになるのだった。



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