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慢心の行方

 王女との謁見は、思った以上に簡単に終わった。ほとんど形式だけの挨拶だったと言っていい。


 むしろ王女が私見を述べたのは、僕らを含むほんの数組に対してだけだった。他は「ごきげんよう」「今日はありがとう」「これからよろしくね」と、同じようなセリフばかりを繰り返していた。


 ただ、王女は女性たちをよく見ていたように思う。僕ら男性には、全く気を止めていなかったが。


 自慢ではないが、いや自慢だが、これでも僕は女にモテる。


 殿下ほどの美貌ではないが、あれほど卓越してしまうと、もはや近づける女性は少ない。

 ドーナツ状態といえばいいのか、意外と殿下の周りはスカスカだ。


 それに比べて、次期筆頭公爵であり、眉目秀麗な僕には、どやどやと未婚既婚を問わずに女性がやってくる。超優良物件とばかりに。

 だから、直接的な誘いを受けることや間接的な視線を投げられることにも慣れている。


 つまり、どの女性が僕を見ているかいないかくらいは、簡単に分かるのだ。


 実際、この控室にいるご令嬢方やご婦人方も、近寄ってくるもの、視線を投げるもの、それはそれはもうたくさんだ。


 たぶん、今、僕をそういう目で見ていないのは、クララとヘザー。あとは新婚だったり婚約直後のラブラブ状態だったりの女性のみ。


 あ、いや、つまりは、僕は女性の視線には敏感だ……と言いたかったのであって、王女が僕を全く見ていなかったのに、だから気づいた……と言いたかったのだ。


 決してモテ自慢じゃなく!いや、自慢かな?


 謁見が終わると、続く夜会までに待機できるよう、それぞれに割り当てられた控室に移った。


 僕たちが通されたのは、伯爵家以上の令嬢が集められた部屋だった。パートナーは父親だったり、兄だったり、婚約者だったり、恋人だったり。

 このグループ分けは、比較的年齡の近い令嬢と、特に親しくしたいという王女の希望だと聞いている。


 クララは男爵令嬢で、このカテゴリーには入らない。それでも、公爵家の僕のパートナーということで、ここに振り分けられていた。


 バカバカしい話だが、未だに貴族は階級による差別が激しい。時代遅れだ。


 それにしても、周りにこれだけの視線があるのに、クララはそれが僕に向けられていることに全く気が付かない。

 少しは、僕のモテぶりを心配しても、嫉妬しても、または自慢しても、いいんじゃないかと思う。


 僕ばかりがヤキモキして、おもしろくない。


 そうやって、僕が頭の中で色々と葛藤していると、ヘザーとエスコート役である兄の伯爵が、こちらへやって来た。


 思った通りだ。ヘザーは僕には全く興味がない。正にアウトオブ眼中という感じだ。


「クララ、昨日は大丈夫だった?」


 ヘザーは僕には目もくれず、クララに駆け寄って来た。二人はお互いのパートナーに軽く挨拶をしたが、元々親しい知り合いという気楽さで、略式で済ませた。


「ローランド。久しぶりだな」


 早速、伯爵が話しかけてきた。


 クララとヘザーがビュッフェのほうへ向かったので、僕はそのまま伯爵と、今日の謁見のことについて話し合った。


「王女様はお美しい方だな。殿下がメロメロだ。政略結婚だと思っていたが、仲は円満のようで良かったよ」


 人のいい伯爵はホッとしたように言った。しかし、すぐに声を潜めて話題を変えた。


「だが、北方の状況は悪いな。辺境伯からも聞いたが、ギリギリ均衡を保っているらしい。いつ動いてもおかしくない。気を抜くな」


 伯爵は王の直属だが、政局に関わらない貴族たちは、主に領主としての治安の維持を厳命されている。


 国というものは内側が脆弱だと、外部からの攻撃に晒されやすくなる。北方から圧力を受けている状態で、国内に反乱や内戦などがあってはならないのだ。


「心得ています。父からも油断するな…と」


 伯爵は得心したように頷いて、ヘザーのほうへ戻っていった。


 その後を追って、僕もクララのそばへ行こうと思ったとき、いつものように積極的な令嬢たちに捕まってしまった。


 彼女たちは、いつもわらわらと集団で行動している。


 頼んでもないのに、僕の腕に胸をぎゅうぎゅう押し付けてきたり、こっそり指をからめてきたり、やることは似たり寄ったりだ。


 さすがの僕も、こいつらを相手にするのは疲れる。


 適当にあしらって離れようと思ったとき、クララとヘザーがこっちを見たのに気がついた。


 あいつら、とうとう、僕がモテモテだということに気がついたらしい!やった!


 僕はモテるんだ。がっちり捕まえておかないと、どっかの令嬢に、かっさらわれてしまうかもしれないぞ!

 早く僕に「好きだ」と言わないと、お前が後悔するんだからな!


 僕はちょっといい気分になって、令嬢たちに囲まれたままでいた。

 令嬢たちはここぞとばかりに、アレコレと質問をしたり、茶会に誘ってきたりした。本当にどうでもいいことばかりだった。


 そろそろクララを妬かせるのも潮時かと思ったとき、会場の入り口あたりにいるカイルの存在に気がついた。


 カイルは僕を呼んでいる。何かあったのだろうか。


 僕はなんとか令嬢たちを退けながら、少しずつカイルのほうへ向かった。

 途中で給仕のトレイから、シャンパンのグラスを二つ取った。


「どうだ。警備のほうは」


 僕はカイルにグラスを差し出したが、任務遂行中だからと断られた。

 二つもグラスを持っているのは邪魔なので、シャンパンをぐっと飲み干し、そばを取り掛かった給仕のトレイに置いた。


「話がある。急ぎの要件だ」


 カイルは焦ったように言った。なにか緊急事態が発生したのだろうか。


 僕はクララのほうをちらりと見た。相変わらずヘザーと話し込んでいるようだし、近くには伯爵もいた。

 席を外しても差し支えはないだろう。


「分かった」


 カイルは控室から少し先の回廊へと向かっているようだった。

 そして、誰もいない場所まで来ると、すぐに小声で言った。


「クララから目を話すな。今日はできるだけ目立たずに、早く退出してほしい」

「どういうことだ」

「殿下からの忠告だ。王女に近づけないように……と。俺からも頼む」


 カイルの目は真剣だった。王女のことに関しては、殿下の願い……というのは分かるが、カイルからも頼まれるとは思わなかった。


 何かのっぴきならない事情があるのだろうか。


「承知した」


 とりあえず僕がそう言うと、カイルは安心したように頷いて、そのまま回廊の反対側へと歩いていった。

 あの方向は殿下の執務室だ。このことを報告に行くんだろうか。


 僕は会場へと踵を返したが、一旦立ち止まった。


 王女には何か裏があるのだろうか。なぜ王女を警戒する必要がある?クララにどんな関係があるというのだろうか。


 僕は考えを逡巡させながら、ゆっくりと会場に戻った。


 後になって、僕はそのとき、走ってクララの元に戻らなかったことを、後悔することになる。

 すべては僕の誤算であって、失敗であったことを、会場に戻った瞬間に知った。


 王女はすでに会場にいて、令嬢たちの間を練り歩いていた。彼女がいる間は、みなその場で礼をとり、話しかけてもらえるまで動くことはできない。


 王女はクララのいる方向へと歩を進めていた。


 僕は目立たないようにとてもゆっくりと、それでもできるだけ最短でクララのほうへ近づく努力をした。

 だが、たどり着けたところで、王女との歓談を止めることはできない。


 王女はヘザーと談笑し、クララに何か聞いたようだった。クララは何か答えたようだが、ちょうど王女の影になっていて、その表情は見ることができない。


 だが、驚いたことに、王女はクララに腕を回して抱きしめた。僕の心臓は早鐘のように鳴った。


 まさか、クララは王女に何かされたのか?


 やっと近くにたどり着いたところで、王女は僕を認識したのか、こちらを振り返った。


 そして、にっこりと微笑んでこう言った。


「クララとヘザーを私付きの侍女に召し上げるわ。よろしいでしょう?もっともっと二人とお話がしてみたいの。私の滞在期間中だけですから。帰ったらすぐ支度をして、明日にでも王宮へ出仕してちょうだい」

「心得ました」


 伯爵がそう言って頭を下げたので、僕も一応承諾の意を表した。

 それでも、なんとか回避できる方法はないかと考えて、「お父上の男爵の許可を得られましたら」と付け加えた。


 王女は僕にちらっと挑戦的な目を向けた。否とは言わせないという強烈な意思がこもった視線だった。


 カイルが言ったのはこのことだったのか!


「嬉しいわ。他にも何人か私につかえてほしい方々を選んだのよ。正式な発令は殿下の承認を得てからになりますの。お楽しみにね」


 クララもヘザーも呆然と王女を見送っていた。


 自分がその場を離れていたことを棚に上げて、僕は危機感のないクララに怒りが湧いた。


「お前、王女様に何を話したんだよ」


 クララは「ひゃっ」っと声をあげた。気がつくと、僕はクララの腕をきつくきつく掴んでいた。



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