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あなた色に [クララの視点]

「お嬢様っ!ほらっ!できましたわ!」


 私専用メイドのマリエルの大きな声に、私はハッと意識を戻した。昨夜のことを考えて、またぼんやりしてしまっていたから。


 テラスから戻ると、ヘザーたちの質問攻めに合った。

 

 私は殿下との、いや、アレク先輩との交流のことを、洗いざらい白状させられる羽目になったのだ。

 もちろん、どうしても言いたくないこと、言えないことは言わなかった。


 だって、プレゼントとか事故チューとかは、絶対に言えない。そんなことがバレたら、殿下の迷惑になってしまう。


 それでも、文学部の乙女たちは夢見がちなので、まるでシンデレラ・ストーリーを聞くかのように、意味もなく大興奮だった。


 そんな彼らの妄想を受け流すには、私もお酒の力が必要だった。かなりワインを飲んだ。みんなで飲みまくった。


 そして、とにかく、ローランドのことは考えないようにした。考えても分からないから。


 テラスであったことについては、みんなには適当に、ファースト・ダンスのことで怒られて、カイルが助け舟を出してくれたとだけ話した。

 それなのに、なぜかみんなは赤くなって「心得た!」みたいな顔をし、背中をバンバン叩いてきた。


 これだから酔っぱらいは嫌だ。力の加減がない。


 そして、私たちはみなヘベレケになって帰途についたのだった。


 パーティーは夜遅くに閉会となり、生徒はみな昨夜のうちに学園を去った。私も王都郊外の小さな街にある男爵家のタウンハウスに戻っていた。


 本来なら今日はゆっくり休みたいところなのに、午前中の早い時間に、王宮からの招待状という名の召喚状が発送されていた。


 これには拒否権はない。


 今朝の早くに王宮に到着した隣国のセシル王女が、年齢の近い令嬢たちと謁見を希望しているらしい。

 殿下が昨日、すぐにパーティーを退出したのは、王女様を迎えるためだったのだ。


 同年齢の令嬢たちが学園を出発したのが昨夜なら、遠方に領地がある貴族令嬢はまだ王都の宿や別宅にいる。

 それを見越しての急ぎの通達だった。


 そのせいで、私は朝から、この元気なメイドの着せ替え人形と化していたのだ。


 お風呂で全身を磨き上げることから始まったフルコース。永遠に続くと思われた支度が、半日がかりやっと終わったのだ。


「今日は特にお綺麗ですわあ!昨夜は何かいいことがありましたの?」


 なんて、マリエルは無邪気に聞いてくるが、話はそんな単純なことじゃない。思いっきり愚痴りたい。


 昨夜から頭はこんがらがるし、胸は詰まるし!


 お昼があんまり食べれられなかったのは、二日酔いのせいだけじゃない!この私でも、食欲が落ちるくらい、悩むことだってあるんです!


 だって、ローランドがほんとうに変だったんだもの。


 あのシチュエーションで私にキスするって、やっぱり何かおかしくない?


 カイルのときは、やきもちのせいの牽制だと思ったけど。そうじゃなかったの?

 今回の嫉妬の相手は、殿下。しかも、殿下には婚約者が、たぶんそれはセシル王女様だけど、ちゃんといるのに。

 それに、殿下はローランドの恋人なんかじゃない。なんで、私にキスをして牽制する必要が? スジが通らない。


 考えれば考えるほど、どんどん思考がこんがらがっていく。昨夜、ローランドは誰に嫉妬して、何を牽制したの?


 そうして考えていくと、最後にはどうしてもありえない答えに行き着いてしまう。


 違う。そんなはずはない!だって、ローランドは私のことなんて……。


 いやいや、もしかしたら、あれは全部、私の夢だったのかも。恋愛したいっていう歪んだ願望が、ついに妄想になっちゃったとか?


 う……、私はそんなアブナイ人間じゃないと思いたいけど、その可能性は捨てきれない。


 うん、きっとワインのせいだ。すごく酔ってたんだ。だから、夢と現実がごっちゃになってるんだ!そうに違いない!


 こんな具合に、私はもう一日中あれこれ考えて、赤くなったり青くなったりしながら、それでも見た目はマリエルの手前、冷静を装っていた。


 なのに、心臓はなぜか爆発寸前だった。


 正直、着飾られていく自分の姿などに気を取られている暇はなかった。だから、すべてマリエルの趣味に丸投げしている。


「このドレス、よくお似合いですわ!ローランド様の色ですよ」

「え?ちょっ!何?何の話?」


 急にローランドの名前が出て、私は大いに焦った。


 ちょっと待って!私、心の声、ダダ漏れだった?なんでここでローランドなわけ?まさか、あの恥ずかしい妄想がバレたとか?


「クララ様。王女様との謁見は、ローランド様のエスコートですよ!王宮からの招待状を渡したときに、確認しましたでしょう!」

「え……、聞いてないけど?そうだっけ?そ、そうなの?」

「旦那さまがご不在のときは、いつもローランド様がパートナーでしょう?今更、何を言ってるんですかっ。まさか一人で謁見する気だったんですか?いくらお嬢様だって、それはありえないでしょう」


 マリエルは呆れたように言った。


 王宮でのイベントは既婚未婚を問わず、かならす男女ペアでのパートナー制が適用されている。

 王侯貴族が集う機会が、艶っぽいお誘いの場にならないよう、風紀の乱れを防ぐ意味もあるのだろう。


 とは言っても、若者のハンティングは影で横行しているようだが。どの時代も恋の相手の選定というのは、実に難しいものなのだ。


「それは分かっているけど、でも、ローランドは承知してるの?」


 だって、昨日の今日だよ?ローランドだって気まずいでしょう!


 ……って、アレ? もしあれが夢だったら、別になんでもないことじゃないか!


 え、そうだったっけ?アレって。夢だったっけ?


 私は混乱を隠して、マリエルの返事を待った。


「今朝、ローランド様からパートナー連絡ありましたよ。ドレスの色を合わせてほしいってリクエストされて。お嬢様の金髪と紫の目には、緑はどうしても合わせにくいので、ヘーゼルにしましたの。それにしても、『僕の色に染めて』とか悶てしまいますわ」


 マリエルは自分の腕で自分の体を抱きしめて、本当にくねくね悶えだした。だから、それはやめてって。


「ローランドがそんなこと言ったの?うそ……」


 あのローランドが、僕のい、い、色とか、本当に?こいつは俺のもの…みたいなマーキングをする気?……うそでしょう?


 私は頬がカーッと熱くなるのを感じて、慌てて両手で頬を抑えた。


「うそですよ。これは私の個人的な妄想です」


 混乱しまくっている私を見て、マリエルはいたずらっ子のように舌をだし、シレっと言った。


 からかわれた。ひどい。


「でも、お嬢様、鏡を見てくださいな。そんなに真っ赤になって。少しは素直におなりくださいよ。いくらなんでも、鈍すぎますわ」


 私は鏡に映る自分の姿を見て、あっと声を上げた。


 ローランドの髪の色のドレスに包まれた私はとても大人っぽかった。

 頬はほんのりとピンク色に染まっているし、唇はまだ口紅は塗っていないのに、真っ赤に充血していた。

 なによりも、大きな紫の瞳が潤んでキラキラと輝き、なんともかんとも色っぽい!


 これは誰だ?エイリアンか?


「今のお嬢様は、誰がどう見ても、恋する乙女そのままじゃないですか」


 マリエルは手に負えないという風に、立ち尽くす私を放ってさっさと片付けを始めてしまった。


 どうしよう。私、どうしちゃったんだろう。


 こんな顔してローランドに会うの?ないでしょ。ないない。そんなことになったら、絶対にバカにされる!


 私は両手で火照る頬を抑えたまま、落ち着けー落ち着けーと、呪文を唱えるようにつぶやいてた。


 隣国の王女様は、しばらく王宮に滞在されるらしい。なんでも、今までは公にしていなかったが、このたび正式に殿下とご婚約されるとか。


 長いこと正式な婚約成立を待ちわびてらっしゃったお二人は、再会してすぐに熱い抱擁を交わし、そのまま仲睦まじく寝室にこもられた。


 そして束の間の逢瀬を楽しまれた殿下は、王女様の移り香を漂わせて、いつもよりもさらに色気マシマシで政務へ復帰。


 王室御用達の調合師のところには、王女様と同じ香を作ってほしいという依頼が殺到している。


 超お似合いの美男美女の熱烈恋愛ぶりに、王宮中がキュン死にしている。


 ……というのは、マリエルが王宮務めのメイド友から聞いた話だそうだ。

 あいかわらずメイドネットはすごいことになっている。


 どこまで本当かは不明だけど、とりあえず殿下の熱心な閨勉強は、うまく実を結んだと思いたい。

 距離を縮めて、容姿を褒め、口付ける……だったっけ?


 それはそれとして、やっぱりマリエルは昨夜のことも知っている気がする。

 学園にもメイドはいる。絶対に誰かが見ていたと思う。カイル以外にも。たとえば警備の人とか。


 だから、このドレスチョイスはわざとだ。まったく、どうしてこう余計なことをするのか。


 これじゃあ、ローランドに「私も好き」って言ってるみたいじゃない!


 えっ!ちょっと何?私もって?『も』って何よ?違う違う!勘違いするな、私!


 マリエルの妄想恋愛脳に毒されちゃダメ!気をしっかり持つのよ!立つんだ、クララ!


 私の苦悩を知ってか知らずか、マリエルはまだ悶たりキュンキュンしたりしながら、殿下と王女さまの逢瀬を妄想していた。


 今の私はそれどころではない。だって、もうすぐローランドが来てしまう。心の準備が全くできてない!


 このまま病欠しちゃおうかな、謁見。深層のご令嬢っぽく、気を失うとかして。


 いいね、それ。よしっ!今からやってみよう。


 演技の練習をすべく、目を閉じて額に手を当て、ふらっとしてみた。

 よしよし、いかにも病弱なか弱いご令嬢にありがちなやつだ!やればできる!


 もう一回だ!いそいそと2回目の練習をしていたとき、私はいきなりガシッと、たくましい腕に支えられた。


 目をつぶっててもわかる。これはローランドだ。


 いつも約束ギリギリか、むしろ遅れてしか来ないのに、なんで今日は時間前に来るのよ!


「どうした?お前、食べすぎか?倒れるまで食うなよ」


 はい?どこのご令嬢が食べすぎで倒れるって?


 あれ……これはいつものローランドだよね?もしかして、やっぱりあれは夢だった?だよね、そうだよね。よかった!


 私はきりっと姿勢を立たして、キッとローランドを見た。


「ちょっと失礼ね。人を豚みたいに…」


 私はそう言って、そこで固まってしまった。紫色の礼服を来たローランドは、めちゃめちゃ格好良かった。これは誰だ?


 …って、ちょっと待て!この服の色は私の瞳の色じゃないか? 


 色合わせるって、このコーディネートって、こういうことだったの?お互いの色ってことなの?う、うそでしょ?


 もういっぱいいっぱいだ。カーっと顔が火照り、頭がクラクラする。


 演技ではなくて、私は本当に倒れる寸前だった。もう勘弁してほしい。


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