表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/25

衝撃の事実

 いよいよ婚約式の当日になった。


 王宮の中は、魔術師たちに寄って結界が張り巡らされ、それによって、不審物があれば引っかかることになっている。

 今の時点までで、遠隔魔法で操作できる爆発物等は、一切発見されていない。


 つまり、事が起こるとすれば、それは人的なものということになる。暴力か魔法か。

 そうなると、敵はすでに王宮の中にいる人間か、式に呼ばれている人間ということだ。


 警備分掌と配置を再確認して、僕はふと不可解なことに気がついた。カイルの名前がない。


 殿下は、式までには謹慎を解くと言っていた。それならば、たとえ陣頭指揮をしないまでも、要所に配置するべきだ。


 なぜだろう。まさかカイルに、何かあったのだろうか。


「カイルは、復帰していないのか?」


 僕は執務室に詰めている同僚に尋ねた。他のものは、まだ最後の見回りから戻っていなかった。


「警備じゃなくて、出席者のほうに入っている。任務じゃなくて公務だな。お前もそうだろうが。婚約報告があるだろ」


 カイルが出席者?珍しいこともある。あの仕事の鬼が。


 王宮のイベントは、全てがパートナー制だ。任務でないかぎりは、男女同伴での出席になる。

 あの堅物のカイルが女性をエスコートするとは、かなりの驚きだった。

 式の後には、夜会も予定されている。カイルがダンスを踊ったところなど、見たこともなかった。

 どういう風の吹き回しだ?


 僕は、なにげなく出席者リストを手にとった。


 自分を筆頭にして、出席者として連なる者は、必ずパートナーとの出席になる。ヘザーは僕のパートナーとしてペアで記載されていた。


 僕はリストの上のほうに目線を移し、クララの名前を探した。

 だが、王族の枠にないのは今回は当然だとしても、王女の秘書官の中にも、または単独で出席を許される高官扱いのものたちの中にも、その名前は見当たらなかった。


 おかしい。今日はクララを殿下の側室として、王宮内での立場固めをする予定ではないのか?

 それとも、しばらくは秘密の愛人のままにするつもりなのか?


 彼女がパーティーに出席していなければ、僕としても守りようがない。何か裏があるのだろうか。


 ヘザーなら、詳しいことを知っているはずだ。少し早めに、ヘザーを迎えにいこう。王宮へ戻る道すがら、馬車の中ででも首尾を確認すればいい。


 僕はそう思って、招待客リストを元の場所へ戻した。


「あったろ?あいつが子爵を名乗るとは、珍しいよな?」


 そう言われるまで、僕はすっかりカイルのことを忘れてしまっていた。

 だが、式に来るならそこで話せばいい。


「ああ。悪いが、俺はもうあがるな」

「分かった。婚約者を待たせちゃ不味いもんな。早く迎えに行ってやれよ」


 僕は軽く挨拶して、執務室を後にした。


 僕らの婚約を殿下と王女に正式に報告した後、僕は殿下に、ヘザーは王女に、それぞれ付き従うことになる。

 婚約のことがなければ、僕らは二人とも単独出席を許される高官なのだ。

 王太子殿下の側近と王太子妃の秘書か。おそろしくキャリアなカップルだが、職場恋愛という扱いにはなるかもしれない。


 今はとりあえず、少し休息したかった。今日を乗り切れれば、いろいろなことにきっと希望が見えてくる。そう思いたかった。


 屋敷に戻って食事を取り、体を清めてから少しだけ仮眠を取った。


 ヘザーにはガルダのエンジ色のドレスを送っていたので、僕もガルダの夜会服を身に着けた。

 緑を燻したような薄茶色は地味だが、ヘザーを引き立てるにはいいだろう。

 パーティーの主役は、いつも女性なのだから。


 クララはどうだろうか。殿下の色を、身につけるのだろうか。

 いや、殿下の色をまとうなら、それは王女様だ。どんなに美しく着飾っても、クララは表舞台には立てない。

 立つことができるとすれば、それは国母としてだけだ。


 それが本当に、クララの幸せだったのだろうか。殿下のお手が付いていないなら、妊娠の可能性もない。それなら、別の幸せがあったのではないのか?


 僕は慌てて、その考えを打ち消した。今更、あれこれと後悔しても遅い。


 殿下のクララへの愛情は本物だ。クララはその手を取ったからこそ、僕には何も言ってこないんだ。

 もし僕を選びたいと思ってくれていたのなら、今まで全く連絡がないというのは、ありえないはすだから。


 クララは僕ではなく、殿下を選んだんだ。


 僕は、クリーム色の薔薇の花束を手に取った。執事の手配で今朝のうちに花屋から届いていた。

 これを受け取るときのヘザーの顔を想像すると、僕は少しだけ気が紛れた。


 伯爵邸に到着すると、思っていた通りの大歓迎だった。正式に婚約してから初めての来訪になるので、それは想定内ではあったのだが。

 婚約して日が浅く、政務で多忙だったとはいえ、さすがに挨拶にも来なかったのは、申し訳なかった。ヘザーには、頭が上がらない。


 婚約者ということで、いや、実際は昔からいつもそうなのだが、ヘザーの私室に通された。

 ヘザーは支度を終えていたらしく、メイドたちと楽しそうに話していた。


 あれか。情報収集。ヘザーは新聞記者志望だからなのか、このメイド・ネットからのゴシップを定期的に仕入れているようだった。

 しかし、メイドたちの噂話は、どう考えても新聞ではなくてタブロイド紙向きだろう。そんな情報の記事は、真っ当な新聞には取り上げられない。


 ヘザーは、こっそりと男性名個人ライターとして記事を新聞に投稿しているが、今まで取り上げられたという話は聞いていない。

 路線を変更するか、ソースを変更するか、そのどちらかしか、記者になる道はなさそうだ。


 僕に気がつくと、メイドたちはみんな赤い顔をして、行儀良くお辞儀をして出ていった。

 自慢じゃないが、地味な服を着ていても、僕はその造形で人目を惹いてしまう。なんて罪な男なんだ。


「早かったのね。仕事片付いたの?」


 ヘザーは、胡散臭いくらい満面の笑みをうかべて椅子から立ち上がり、その場でクルッと回ってみせた。

 うん、さすがはガルダだ。知的なヘザーにぴったりの落ち着いたドレスだ。


「いいんじゃない?よく似合っている。三割増しで、美人度が上がった」

「あら、言うわね。ま、ありがとう。メイドたちのメイクアップの腕もあるのよ。貴方もなかなかいいじゃない。でも、そんなに地味な色を着ているのに、かえって美貌が引き立つとか、女としては妬ましいけど」


 言い方はいつもの通りだが、一応、これはお互いに褒めたということだった。

 僕たちはいつものように、「よしっ」と拳を突き合わせた。これはこれで気楽な関係だ。


 僕が持ってきた花束を手渡すと、『正気か!』と言いたそうな目をしたまま、にっこりと邪悪な微笑みを向けてきた。


「きれいね。でも、入れ忘れたものがあるみたいよ?」

「カード?付いてなかった?」


 執事には『婚約者殿の美しさを讃えて』と書かせるよう、注文を出していたのだが。


「カードじゃなくて、蛙とか蛇よ」


 そうだよな。小さい頃、俺がヘザーやクララにあげた花束には、いつもそんなもんを仕掛けてたよな?

 よく覚えてんな、こいつ。


「あー!入ってた入ってた。ほらっ!」


 ヘザーが緑色の蛇のようなものを投げてきたので、僕は思わず驚いてのけぞった。


 な、なんだ?蛇?なんでそんなものが花束に?僕は一瞬パニックになった。


 実際、それは蛇ではなくて、緑色の縄だった。僕の驚いた顔を見て、ヘザーは大笑いした。

 どうやら、メイドネットで僕が花束を持ってくることは筒抜けだったらしい。


 この間のデコキッス仕返しか。残念だが今回は負けた。メイド・ネット、おそるべし。


 ヘザーといると、僕は自然に笑える。彼女がこんな風にふざけてくるのは、僕のことを気遣ってくれている証拠だった。

 僕は素直に、ヘザーという幼馴染の存在に感謝した。


「それで?クララのこと、何か聞きたいんでしょう?」


 そして、こういう察しがいいところも尊敬する。


 仮にも婚約者であるヘザーに、僕から別の女性のことを口にするのは憚られた。

 聞いてくれなければ、必死にタイミングを探すことになっていた。


「パーティーでは、どういう立ち位置になる?」

「出席者リスト、見てないの?」

「いや、見たけど」

「名前あったでしょ?」

「どこに?」


 ヘザーはテーブルの上にあったリストを、少し躊躇うようにしてから手渡してきた。その表情は固かった。

 なんだろう。ヘザーがこんな顔をするなんて、何か嫌な胸騒ぎがする。


 僕は上から順に名前を指で追っていった。そして、かなり下のほうによく知る二人の名前が並んでいるのを見つけた。


 そこで止まった指が震えるのを、自分でも自覚した。


「クララは、カイルと出席よ。婚約報告もよ。式次第にも載っているでしょう」


 僕は急いで、リストの2枚目に綴られている式次第をめくった。


 殿下の婚約発表後、僕らを筆頭に八組のカップルが婚約の報告をする。

 その一番下に書かれたのが、カイルとクララの名前だった。


 僕は頭が真っ白になり、持っていたリストが手からすべり落ちるのにも気が付かなかった。

 ヘザーはそれを拾ってテーブルに乗せてから、僕の手を取って椅子に座らせた。


「ひどい顔色よ。ちょっと落ち着こう?」


 へザーが紅茶を用意してくれている間、僕はただ自分の震える指先を見ているしかできなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ