殿下とクララ
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この【第二章】は下記の続きになります。
【第一章: 共通ルート】鈍感男爵令嬢と三人の運命の恋人たち ーー あなたの推しは誰ですか?
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まだお読みでない方は、ぜひ先にそちらを読んでください!
よろしくお願いいたします。
クララは僕の幼馴染だ。父親同士が無二の親友なので、「将来は二人を結婚させて親戚になろう」と言われてきた。
僕もクララも一人っ子なのだから、爵位後継を優先して考えれば、この縁組はなしだ。
つまり、親たちの冗談みたいなものだった。
それでも便宜上、クララは僕の許婚ということになっていた。
クララの父である男爵は、男手一つでクララを育てていたが、下級貴族として遠方にあてがわれた領地は貧しく、経営には手がかかる。
領地に滞在することが多いので、クララは必然的に王都郊外にあるタウンハウスに置きっぱなしで、放っておかれることになった。
だから、僕の両親はいわばクララの保護者がわり。そして、その息子の僕は兄代わりに、クララがエスコートやパートナーが必要なときに、いつも借り出されていた。
僕にとっては、それは当然のことだったし、疑問に思うこともなかった。クララは妹みたいなもので、いつかは結婚するかもしれない。その程度の認識だった。
今日の学園パーティーでも、僕はクララのパートナーになっていた。それなのに、彼女をエスコートして、一緒に入場することはできなかった。
それというのも、殿下の急な思いつきのせいで、僕たちは彼と行動を共にすることになってしまったからだった。
ドアの前に立っていた衛兵が殿下の来訪を告げると、それまでおしゃべりや笑い声が溢れかえっていたパーティー会場は、水を打ったように静まり返った。
当然だろう。誰もが殿下がここに来るとは思ってもみなかったのだから。それは僕ら側近や騎士にとっても寝耳に水だったのだ。
だが、僕にはなんとなくそんな予感はあった。先日、庭園の丘の上で、あの二人を見てしまったときから。
今日のパーティーは一般クラス用だった。
同じ学園内とはいえ、僕たちは王族である殿下の安全のため、特別なクラス枠で学んでいた。もちろん、学ぶ内容も一般クラスとは違う。
僕らはいわば、将来の殿下に仕えるための訓練をしているようなものだった。
このクラスは、将来的に国の威信を示す役割も担うために、身分・容姿・学力・資質で選びぬかれた集団だった。だから、どこでも目立つことこの上ないのだ。
クララもまさか殿下がパーティーに参加すると思っていなかったのだろう。驚いたように目を見開いていた。
僕にはクララを見つける才能がある。どこにいても、何を着ていても、彼女が一番先に目に入ってくる。
今日も会場に到着すると、僕はすぐにクララの姿を見つけた。彼女はヘザーと二人で壁際にいた。
それなのに、今夜は殿下もすぐに彼女を見つけて、さっさとそちらに歩いていった。
嫌な予感がした。周囲も何事かとざわめいている。
「やあ、探したよ。どうしてこんなに端っこにいるの?こちらへおいで」
殿下はそのまま真っ直ぐとクララのところまで行き、そっと手を差し出した。
「約束どおり踊っていただけますか。クララ」
僕には読めていた行動だが、クララには想定外だったらしく、困惑して口をパクパクさせていた。
クララはものすごく鈍感だ。
僕が、この二人が一緒のところを見たのは、あの一度きり。それでも、殿下がクララに好意を持っているのは明らかだった。
こういう行動も予測できるくらいに。
隣にいたヘザーにゴンっと肘でつつかれたクララは、僕が殿下と一緒いることに、ようやく気がついたようだった。
正式ではないにしろ、僕は彼女の許婚だ。しかも、エスコートはできなかったが、今夜のパートナーであることは代わりがない。
最初のダンスはパートナーと踊る決まりになっているから、クララもそれを理由に断るだろう。
そう思った瞬間、殿下に先手を打たれた。
「いいよね、ローランド。今日はパートナーの権利を譲ってくれ」
「……承知しました」
皆の前で公言されてしまっては、今度は僕のほうに断るすべがない。
綺麗な顔をして、殿下という人はあざとい。
僕はつとめて感情を表に出さないようにし、さっと頭をさげて臣下の礼を取り、少し後ろに下がった。
「ほら、大丈夫だよ。さあ、踊ろう」
クララは遠慮がちに手を差し出し、そのまま殿下に従って、ダンスホールの中央へと歩いていった。
途中、僕に悪いと思ったのか、ちょっと視線を少しこちらへ向けた。そして、その瞬間にコケた。
殿下がうまいこと抱きとめたが、殿下の動向に注目して静まり返っていた会場が、にわかに騒然となった。
女どもは、いつでもどこでも、かしましい。
「黙って見ていていいのか」
「カイルか。クララは俺の所有物じゃない」
「殿下のことだ。目立つのは危険じゃないか」
「…っ」
僕はカイルをにらみつけた。こいつはわざと外した質問をした。
騎士とは言っても、政務にも携わる円卓に入るようなやつだ。筋肉脳ではない。いや、実はかなり頭が切れる。くそっ。
「さすが騎士だな。いつでも殿下が一番、いや唯一か」
「いや、そういう意味じゃない…」
カイルは少し考え込むように語尾を濁した。めずらしいことがあるもんだ。
騎士は主君に忠誠を誓う。この男も当然、唯一無二の忠誠を殿下に捧げているはずだ。それなのに、何を今更、躊躇するんだ。
嫌味のひとつでも言ってやろうとしたとき、カイルが口を開いた。
「執務室からの知らせだ。すぐに引き上げるぞ」
「例の件か…」
この国は今、北方勢力の侵略の危機に晒されている。それを阻止するために、辺境へと交渉へ向かった国王陛下から、いつどんな指示が入るか予測できない状況だった。
「ああ。殿下を王宮に連れ帰る」
「そうだな。今すぐ呼びにいくか?」
殿下は変装用の眼鏡を外している。明日からは、殿下は素顔を隠さずに、政務を執ると決まっていた。
だが、それは今夜からじゃなく、明日からだ。
あれはクララのため。殿下はアレク先輩とかいう人物を演じているんだ。
楽しそうに踊る二人を、本当は今すぐにでも引き離したい。この緊急連絡はそのいい口実になる。
苛立つ僕の姿を見て、カイルはいつものように軽口をたたいた。
「お前、相当あいつに惚れてるな」
「バカ言うなよ。あいつが俺に惚れてるんだ!」
「ずいぶんな自信だな」
自信なんてあるもんか!カイルのからかいを含んだ声色に、僕はカっと頭に血が上った。
こいつはいつもこうやって、僕をイラつかせる。学園に入るまで面識なんてなかったはずなのに、いつのまにかクララの周りをチョロチョロしていた。
なんの意図があって、クララに近づいたのか知らないが、いくら牽制しても効果がない。終いには友達になっただと?ふざけるな!
一発ぶん殴ってやろうか。そう思ったとき、カイルはさらに挑発してきた。
「殿下はあいつを離さない気だぜ。ほら、次の曲も踊るらしい」
僕はクララのほうを見た。何を話しているのかは分からないが、ずいぶんと楽しそうだ。
あいつ、まさか自分が将来の王妃になれるとか、変な夢みてんじゃないだろうな?
いくら殿下が好意を持っているとしても、王族の結婚は個人の好き嫌いで決まるものじゃない。変な期待をしたら、あいつが傷つくだけだ。
ワルツが終わり、それぞれの組が中央ホールから引いていくというのに、クララは殿下に腕を掴まれて、そのままそこを動かなかった。
調子に乗るな!お前には、殿下なんて狙えない。俺でもお前にはもったいないくらいなんだから。
気がついたときには、もう体が動いていた。
中央まで早足で出ていき、殿下の腕を払いのけるような仕草でクララを一歩下がらせた。そうして僕は二人の間に割って入っていた。
「殿下。いい加減にしてください」
僕はクララを自分の後ろに回すと、そのまま彼女をかばうように殿下の前に立った。
「ローランド、誰に向かって言っている?」
僕は一瞬たじろいだ。そう言い放った殿下の目は、獲物を奪われた野生動物のようだった。
いつもは身分差など感じさせない、春の空のような穏やかな暖かさを讃えた目は、今はまるで極寒の氷のように冷たく、また戦場で死闘に挑むかのように燃えていた。
それでも、たとえ殿下が相手であっても、ここで引くわけにはいかない。にらみ合う僕らの様子に怯えたのか、クララが息を呑み、僕の上着の裾をぎゅっと握るのを感じた。
「……冗談だよ。少し羽目を外しすぎたようだ」
クララの怯えを感じ取ったのか、殿下はいつもの穏やかな笑顔になり、片手をさっと上げて楽団に音楽を始めるよう促した。
そして、そのときの一瞬の隅をついて、僕を脇にすっと押しのけ、クララの前にひざまずいて、その手にキスをした。
「楽しい夜を」
優雅に立ち上がると、殿下はちらりと僕のほうを見て、少し愉快そうに口の端をあげた。
そのまま殿下が出口に向かうと、側近や騎士たちがそれに続いて急いで退場するのが見えた。
カイルだけは僕のほうを振り返り、一緒に来るようにと目で合図をしてきた。
それでも僕には殿下についていく気にはなれなかった。握った手のひらはまだ汗ばんでいる。
そして、気がつくと僕はクララの手首を掴んで、殿下が出ていった出口とは反対方向のテラスへと、ぐんぐん引っ張っていった。
この宝物を誰にも取られないように、すぐにでもどこかへ隠してしまいたかった。