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全長2000メートルの機械巨人は今日も異世界を蹂躙する

作者: kurororon

 昔から、巨大ロボットが好きだった。

 だから異世界に転移する際、ゴーレムの召喚を特殊技能として選べた時は、本当に興奮した。


 異世界での日々は、数十センチメートルのゴーレムを召喚するところから始まった。

 そして練習を重ね、1メートル、2メートル、3メートルと、召喚できるゴーレムも徐々に大きくなっていった。

 やがて十数メートルの人型ゴーレムを簡単に召喚できるようになった頃。俺は自分の限界を試してみたくなった。


 数週間かけて巨大な召喚陣を構築し、俺は自分が考え得る限り最大の人型ロボットをイメージする。

 そして、強く念じた。

 どうか、この世界で最大のゴーレムを召喚させてくれ、と。


 召喚は成功し、俺の眼前には山よりも巨大な機械巨人が聳え立っていた。


 昂揚感が全身に満ちる中、俺は飛行型のゴーレムを召喚し、それに乗って機械巨人の全身を調べた。

 全長は2000メートル程。銀色の装甲が、夕陽を浴びて美しく輝いている。

 調査を進めていると、胴体付近に何やら搭乗口のようなものを発見した。

 もしかしたら、そこから操縦席に行けるのではないか。

 そう思った俺は、心を躍らせながら機械巨人の内部に入り、探索を始める。


 その直後。

 入口が勝手に閉まり、俺は機械巨人の内部に閉じ込められた。



 それから、約1年。


 俺は今も、機械巨人の中にいた。




「マスター、朝です」


 藁のようなものを敷いた木製のベッドに寝ていた俺は、マリと名付けたメイド型ゴーレムに起こされる。


「ああ……おはよう」

「朝食の後、本日の状況報告を行わせていただきます」

「分かった。いつも通りだな」

「はい。いつも通りです」


 マリはそう言って笑った。

 陶器のような白い外皮と、人間と変わらぬ表情。毛髪も衣服も無機物であるようだが、動きに合わせて揺れるそれらは非常にしなやかであった。

 巨人内での孤独に耐えきれずに召喚したゴーレムであったが、彼女は日常生活の世話や会話だけでなく、巨人内で働く他のゴーレムの統括と情報分析も行うことが出来た。

 そのため、今では大事なパートナーとなっている。


 


 パンと果物の朝食を食べ終え、俺は椅子に座ったまま体を伸ばす。

 巨人の中に閉じ込められた後、最初に直面した問題は食糧であった。

 金属で出来た巨人の内部に食べ物があるはずも無く、頼れるのは自分のゴーレム召喚能力だけだった。

 必死に召喚を試した結果、どうにかクッキー製ゴーレムの召喚に成功し、俺は餓死を免れることが出来た。

 

 食糧の問題を一応解決した俺は、発光機能を持つ飛行型ゴーレムを照明装置として頭上に浮かべ、周囲がどうなっているかを確認した。

 見えたのはどこまでも広がっているように思える無機質な床と、入口があった地点から果てしなく左右に続く壁。

 照明装置代わりの飛行型ゴーレムをさらに召喚して行くと、床が途切れている末端を左右それぞれに見つけることが出来た。だがその先は天井も底も見えない、暗黒の空洞が上下と奥に伸びていた。

 入口があった壁の反対側には空洞では無く、見上げても終わりが見えない程の高い壁が存在していた。後にその壁は機械巨人の動作機構であるメインフレームを覆う内壁だと判明したのだが、その時点ではただの壁だと俺は判断した。

 その後も飛行型ゴーレムで周囲をある程度調べたが、出口らしきものは見当たらなかった。

 つまり、脱出するまでには相当の時間がかかることを、覚悟する必要があった。


 長期戦になることが分かったため、俺はアイスゴーレムとフレイムゴーレムを使った飲料水と冷暖房の確保、ウッドゴーレムなどの植物製ゴーレムを材料にした家具の作成を進めた。

 ゴーレムによって食糧、水、木材、燃料に不足することは無く、住環境は次第に整っていく。

 しかし栄養面においては問題があり、俺はクッキー以外の食糧を得るためにさまざまなゴーレムを召喚した。しかし肉や野菜などで出来たゴーレムを召喚することは出来ず、疲労が溜まる日々が続いた。


 そんなある日、俺は植物製ゴーレムの1体に果実が付いているのを発見する。

 他の植物製ゴーレムも調べてみると、同じように果実を付けているものや、葉が茂っているものが何体かあった。

 植物製ゴーレムを使えば、果実の収穫と、葉っぱを使った腐葉土の生成を進められる。

 そのことに気付いた俺は、植物製ゴーレムと土で出来た標準型ゴーレムを使い、機械巨人の内部に農場を作ることにした。

 幸いにして、植物製ゴーレムからはさまざまな種類の果実や種子を採取できた。メイド型ゴーレムのマリを召喚した後は、彼女が果実や種子の種類を分析してくれたため、効率的な栽培を行うことが出来た。

 そして今では、俺1人が充分に自給自足できる農場が機能している。

 肉を食べることが出来ない点を除けば、ここでの生活は割合快適だと言えるだろう。




「それでは、本日の状況報告です」


 マリが俺に歩み寄り、現状の報告を始める。


「まずは調査用飛行型ゴーレムによる内部空間の調査ですが、本日までの進行度は約43%です」

「何か変わったものは見つかったか?」

「いいえ」

「この巨人の動作機構が見える場所も無かったんだな」

「はい。機械巨人の動作機構を視認できる箇所は現状のところ発見されていません」

「やはり、この空間は外界だけでなく巨人の主要部分とも切り離されていると考えるべきか……」

「その可能性は高いと思われます」


 栄養問題が解決した後、俺は飛行型ゴーレムを使って機械巨人の中を探索することにした。

 自律飛行するゴーレムに空洞内を調査させ、そこから送られる情報をマリに解析してもらうことで、空洞の様子だけでなく、俺たちの状況についてもある程度のことが明らかになっていた。

 まず、俺やマリがいる内部空間はメインフレームと装甲の間にあることが判明している。内部空間は人型のメインフレームに沿って、巨人内に広がっているようだった。

 またメインフレームを覆う内壁から伝わる振動から、この機械巨人は移動中であるとマリは判断した。生活している中で揺れを感じたことは無いが、それは振動などを減衰する仕組みが存在するためらしい。

 そのような仕組みがあることから、俺たちが生活している地点は人間を収容するためのスペースなのではないかと、マリは推測した。


 この機械巨人は、移動している。

 それはつまり、その足元にあるものが踏みつぶされているということである。

 森、川、村、町、動物、人々。全長2000メートルの巨人が一歩進むごとに、一体どれほどの命が失われるのだろうか。

 想像もしたくなかった。


 何とかして巨人を止める方法も探したが、残念ながらメインフレームへの入口は未だ見つかっていない。フレイムゴーレムを使って煙を出し、空気の流れも調べたが、メインフレームや外界へと繋がる排気口のようなものも見つからなかった。

 出入口が存在しない可能性も考えた俺は、メインフレームを覆う内壁の一点と、俺が機械巨人に入った時に侵入口があった箇所について、ゴーレムによる壁の掘削も進めることにした。

 その作業は今も進行中なのだが……


「メインフレーム側の壁はどの程度掘削出来ている?」

「約7.3%です」

「外界への扉の方は?」

「約4.1%です」

「前にも聞いたが、メインフレーム側の壁の掘削が完了するのは何日後になる?」

「概算で、約1826日後になります」

「やはり5年後か……」


 その頃には、機械巨人による世界への被害は甚大なものとなっているだろう。

 少しでも早く事態を収拾するには、機械巨人の内部についてより詳しく調べ、停止するための手段を見つけるしかない。


「食糧生産と、薬草の栽培はどうなっている?」

「どちらも問題はありません」

「だったら今日も、調査用のゴーレムを召喚する作業を中心に行う。何か変わったことがあったら、伝えてくれ」

「かしこまりました」




 調査用の飛行型ゴーレムを召喚しながら、俺はいつも通り答えの出ない問いに向き合う。

 そもそも、何故この機械巨人は動き出したのか。

 暴走か、もしくは何らかの目的があるのか。

 そのきっかけは、やはり俺が内部に侵入したためか。

 そうなると、俺を内部に閉じ込めたのにも理由があるのだろうか。


 機械巨人の中に幽閉され、ろくに情報も得られていない現状では何の結論も出せない。

 それでも、考えずにはいられなかった。


 そうやって無為な思考を巡らせながら、飛行型ゴーレムを5体ほど召喚し終えた頃。


 突然、床が揺れた。


「マスター」


 マリがこちらに駆け寄ってきた。彼女を召喚してから今まで、走る姿など見たことが無かった。

 つまり、よほどの非常事態が起きたということだろう。


「何があった」

「正確な状況は不明です。ですが、機械巨人が移動以外の動作を行っているようです」

「どんな動作を行っているか、具体的に分かるか?」

「調査用ゴーレムからの情報を解析していますが……腕部を動かしていることから、攻撃、または破壊のための動作だと思われます」

「攻撃をしているのか? 一体、何を攻撃している?」

「不明です」

「何か推測される物体はあるか?」

「移動の障害となる山岳などが破壊対象として推測されます」

「そうなると、この機械巨人には目的地があるということか」

「断言は出来ませんが、その可能性は高いと思われます。このような動作は過去に行われていないため、偶発的なものである可能性は低いでしょう」


 揺れはさらに激しさを増し、俺は立っていられなくなる。


「マスター。安全のため、飛行型ゴーレムによる避難の準備を行ってください」

「床が崩れる可能性があるのか」

「機械巨人が人型である以上、転倒の可能性は避けられません。そうなった場合、私たちは確実に落下します」

「確かに」


 俺とマリは飛行型ゴーレムに捕まりながら、数十分間、揺れが収まるのを待った。

 やがて揺れが収まり、俺とマリが立ち上がると、周囲が奇妙な輝きを放ち始めた。

 

「なんだこれは……」

「これは……高位の神聖転移魔法です」

「神聖転移魔法?」

「はい。計測できる魔力から推測される術者は、神々かそれに匹敵する者です」

「何?」

「――転移、実行されます」


 マリがそういった直後、体に奇妙な感覚が走った。だがそれは一瞬で、すぐに違和感は消えて、輝いていた周囲も普段通りの様子へと戻っていた。


「転移、完了したようです」

「どこに転移されたか分かるか?」

「不明です。転移魔法の規模から、世界のあらゆる場所、さらには別の世界への転移すら考えられます」

「別の世界への転移?」

「はい」

「……そうか」


 俺は一連の現象を、頭の中で整理する。

 もしそれらに、意図があるとしたら。


「状況を考察したい。向こうのテーブルで話そう」




 椅子に座った俺とマリは、テーブルを挟んで向かい合う。


「マリ。お前はこの機械巨人の目的について、どう考えている?」

「不明です。推測される候補があまりに多すぎます」

「では、巨人と俺たちが別世界に転移した可能性についてはどう思う?」

「可能性は……高いと思われます。機械巨人の大きさ、移動速度、推測される総移動距離から考えると、歩行による到達が不可能な地点への移動のために、転移魔法が使われたと推測されます」

「歩行で到達できない場所はいくつかあるだろうが、とりあえずは別の世界と考えよう。そうなると、この巨人は元の世界での目的を果たしたと考えられないか?」

「その可能性は……否定できません」

「なら、その目的とは何だ? 転移魔法を使ったのが神々だとすれば、それは俺がこの世界に呼ばれた理由と同じはずだが」

「マスターが召喚された理由。人間の敵対種族である魔族からの、人類救済。魔族の王である魔王の討伐……」

「そういうことだ。つまり、この巨人は魔王を倒したんだ」


 ゴーレムであるはずのマリが、信じられないといった様子で目をぱちくりとさせる。


「……そのようなことが、ありえるのでしょうか」

「この機械巨人で魔王は倒せるか?」

「私が保有している情報からの推測ですが、充分に可能だと思われます」

「俺は魔王を倒すために、この世界に呼ばれた。そして倒すための手段として、ゴーレムの召喚を選んだ。だったら魔王を倒せるゴーレムを召喚した時点で、俺の役目は終わってたんじゃないか」

「マスターは、この機械巨人に命令を与えているのが神々であると、そう考えているのですか?」

「ああ。突飛な考えか?」

「……いいえ。可能性は高いと思われます」

「この1年間の移動は、魔王のいる場所へ行くためのものだろう。そしてさっきの破壊行動が、魔王との戦闘だったんだ」

「だとすると、その後の転移魔法についてはどうお考えですか?」

「別の世界で、別の役目があるんだろう。なにせ、魔王を倒せる兵器だ」

「可能性としては……充分に考えられます」

「ただ、分からないのは俺とマリが一緒に転移された点だ。この巨人を動かすのに、俺とマリは不要だと思うのだが。ただ巻き込まれただけか?」

「その可能性が有力です。ですが、別の可能性もあります」

「何だ」

「この機械巨人を稼働し続けるためには、膨大な魔力が必要となります。動力源となる魔力炉が何処かに存在するとは思いますが、それ以外に補助となる魔力源が存在した方が安定すると考えられます」

「つまり、俺がその補助魔力源ということか」

「そのように推測します」

「それが正しければ、俺が閉じ込められたのも魔力源としての価値があるからということになるが……たとえばだ、マリ」

「はい」

「俺が死んだら、この巨人は停止するか?」

「いいえ。現在までにマスターから機械巨人への魔力供給は確認されていません。ですが、緊急時においてはマスターの魔力を使用する必要があると考えられます」

「緊急時とは、どんな状況だ」

「たとえば、何らかの原因で主となる動力源が停止した場合などです。その再起動にはマスターの魔力が必要となるはずです」

「なるほど……」


 マリの推測が確かならば、俺は巨人を動かす火種として閉じ込められたのだ。

 異世界の神々にとって、俺はこの機械巨人のためだけに存在しているのだろう。

 

「マリ。さっきの転移魔法の影響で、巨人に何らかの損傷はあると思うか?」

「いいえ」

「そうなると、この巨人から脱出するための計画に変更は無いわけか」

「はい。現状通り、調査と掘削を進めるのが最適であると判断します」

「分かった。それじゃあ、いつも通りの仕事に戻ってくれ。俺もゴーレムの召喚に戻る」

「……はい。いつも通り、ですね」


 マリは微笑み、立ち上がってテーブルから離れる。

 俺も席を立ち、ゴーレムを召喚する作業スペースへと歩き出した。

 

 別の世界でも、この機械巨人は大地を蹂躙し続けるだろう。

 その足元に何があろうとも、今の俺には何も出来ない。

 それでも、いつか脱出できた時には何か、この機械巨人を止める術があるかもしれない。

 そんな日を想像しながら、俺は生き続けるしか無いのだ。


 俺という、小さな日常と破壊を内に潜めながら。


 全長2000メートルの機械巨人は、今日も異世界を蹂躙する。

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