98 魔女の家⑤ 神童アルマ
■ウッドエルフの耳飾り(銀色の小さい物。耳に挟む)
友好関係にある部族同士では光りお互いの位置を知らせる。森、暗闇、人込み。
認識票のようなもの。
どうしてこうなったのだろう?
魔女の家に来て、ローレンスが胸に手を当て何かを探っていた。心地悪いわけではないけれど、何か奥の方を覗かれている感じ。一回目はよくわからないうちに彼女が"それ"をやめて、「呪われている」と言ってきた。二回目は長くしばらくすると、彼女の様子が変わり始めた。気づくと、襲い掛かってくるエレノアの力で壁へと押し当てられた。首を掴んでくるエレノアの腕を無意識に掴んでいる一方で、自分の手も彼女に掴まれている。首から離れた彼女の爪には、自分の血がついているのが分かった。
意識が薄弱としているローレンスは二人の様子に気づき無理やりに体を動かすと、座らせられた椅子から前のめりに地面へと崩れ落ちた。心配するアルマの足元で這いつくばるようにしてエレノアとクレアの間に風を起こし二人を引き離した。震える片方の腕で上体を僅かに起こし、もう一方の手で使う魔法は加減などする余裕がなく、ただ強く二人を引き離す。
「ぐあ」
「きゃぁ」
エレノアは勢いそのままに扉を壊し、隣の部屋へと吹き飛んでいった。クレアはそのまま壁に押し付けられる。同時に頭の中にローレンスの言葉が響いた。
ラドリー……ギル……
「おばあちゃん!」
押し付けてくる魔法の力と頭に響くローレンスの言葉は、アルマの叫び声と同時に止んだ。限界が来たローレンスが木の床にうつ伏せに倒れたからだ。アルマが彼女を起こそうとするが体が小さく細い少女にはそれが出来ない。怒りと悲しみを乗せた表情で、涙をこらえているアルマがクレアを睨みつける。
「おばあちゃんに何をしたの!?」
「逃げろ、クレア!」
アルマの問いをかき消すように、奥の部屋から正気に戻ったエレノアが大声を上げた。ガタゴトと動こうとする音が聞こえるが「んぎぎぎ」と何かを持ち上げているような声も聞こえる。「逃げろ! あたしをぶん殴ってでも――」もう一度エレノアが叫んでいる。アルマの瞳が薄く緑色に光り始めるとエレノアのいる部屋から音がしなくなる。同時に、また彼女が自分を襲いに来ることがわかり急いでその場を後にする。
「逃がさない!」
部屋を飛び出し、玄関を開け、急いで街へと降りていくクレア。頭の中に響いたローレンスの言葉「ラドリー」「ギル」が何を指すのかわからない。「ラドリー」は男性の名前だろうと考え、まずはその人を探すことにする。背後からはアルマの魔法にかかったエレノアが追いかけてきていた。
「魔女ぉぉお!」
「エレノア!? しっかりして! 私よ! よく見て――」
力、体術、鬼ごっこではエレノアに軍配が上がる。それはよくわかっている。最初に首を掴まれた時、彼女の目は憎しみと怒りそのものだった。本当に自分のことを探して魔女に問い詰めている様子だ。うれしい気持ちも半分、悲しい気持ちも半分。今は余裕がない。彼女に鬼ごっこや体術で勝てないがそれは森の中や、草原の上での組手の場合。確かに打撃や意外性、俊敏さやバランス感覚に関してはアニムである彼女には勝てないが、勝負事では常に私に投げられている。それは昔も今も変わらない。
クレアは坂道を下りながら、エレノアに追いつかれるのを前提に条件がそろうのを待っていた。少しだけ曲がった道、わずかに小高い場所から彼女は奇襲してくる。そんな時はいつも投げ飛ばして逃げる。あとはその先に湖があるこの場所!
「クレアを返せっ!?」
「ごめんね! ちょっと高いけど!」
クレアは飛びかかってきたエレノアを下に広がる湖へと流れるように放り込んだ。「クソォー!!」と叫びながら落ちていくエレノア。そろそろ落ちたかな……という間隔でドボンと音がするのを確認した。アルマの魔法はいつまで続くのだろうか……不安を感じつつ、坂道を急いで駆けていく。
一方、アルマは祖母であるローレンスを仰向けにして落ち着かせ終わると、靴を脱いでペタペタと歩き外へと向かった。彼女はとても人見知りで、小さい頃から精神魔法を使っていた。同じ魔女である祖母ローレンスや母が苦労していたのはアルマの癖だった。それは彼女が『自分を見えないようにして』街へ行くこと。時に下着だけ、時に裸足のまま、時に裸のまま。何度も行方不明になり、気づけば家のベッドで寝ている。三歳から消え始め、五歳になると家族以外には姿を見せない。そういう状況が長く続いた。
湖に浮かぶ街全体を見下ろせるほど高い場所にある魔女の家。アルマは自分の家、玄関先にある一番好きな場所に来ていた。柔らかい草の絨毯。わずかな木陰。きれいな景色。誰かが来ればすぐにわかる。そこまで歩いてくると静かに目を閉じる。両手を広げ元から吹いている風よりさらに柔らかく、軽い風が彼女の細い体を持ち上げた。それは彼女が意識していることではない。強い力が自然と成す技だった。
アルマと同じ精神魔法は、街の魔女なら使うこと自体は可能。効果としてはアニムに勘違いさせる、一瞬だけ何かいたように見せる、一目見てカギが見つからないように小細工する。とても小さなこと。それに反して術者の消耗が強い危険な魔法。もし、他の魔女がエレノアにかけた魔法と同じことをしたら、あっという間に消耗して倒れる強力な魔法。故に元素魔法と違い、精神魔法は好んで使わない。そんな魔法を彼女は平然と使う。その規模も規格外ながら、今久しぶりに力を使う彼女の本来の力は街全体を自分のものとする規格外の魔法。
ふわりと浮いた体、揺れる髪、開けた瞳は栗色から輝く緑色へと変化している。無表情で視線はどこか遠く、時折小鳥のように小刻みに顔を振り向かせ、目というよりは脳で街を見ている。数千人を優に超える街の人口。彼女はそのほとんどを掌握していた。故に彼女は恐れられ、神童と呼ばれている前代未聞の街の魔女。
「彼女を捕らえ、殺せ」
街に住む人たちは次から次へと頭を振る。一瞬だけ悪寒が走り「うぅ」っと体を動かす。こういう時の為にローレンスは街の人全員と外から入ってくる旅人に小さな赤い石の指輪やネックレス、紐でできたブレスレッドなどを渡していた。近くの人が光っていたら、それはアルマの精神魔法に反応しているということ。幻覚を見せれているか、近くに見えない彼女がいるか。傍にいる人が教えるのだ。ただ、それはしばらく前に用意した物。これほどまでに成長した彼女の魔法の力は想定していなかった。
皆、一瞬だけ「なんだ?」と動きを止めたが、そのまま歩いたり、話したり、買い物をしたり、仕事を始めた。身に着けている石が赤く光っていても誰も気にしない。そんな街の中へたどり着いたクレア。住宅が並ぶ細道を早足で動きながら、ラドリーという人物を探すため通りかかった家の前で木箱から食材を運んでいるおじさんに話しかけた。
「あの、こんにちは」
「やぁ、クレア。こんにちは」
会ったこともない人から名前を呼ばれ驚いたが、今は急いでいる。促されるまま家の壁にそっておかれている木の椅子に座ると、なぜか縄と水を持ってきたおじさんが笑顔で黙って見ている。彼はクレアの話を聞き、答えながらゆっくりと背後へ回る。
「ありがとうございます。ラドリーという人を知っていますか?」
「ラドリー? あぁ、彼の事か。知ってるよ。ほら、飲んで」
「急いでるんです。どこにいるの?」
「そうだねぇ。彼ならギルドにいるよ」
「ほんと!? よかったぁ」
「そうだよねぇ。よかったよ。私もクレアを見つけられて」
「え?」
おじさんは笑顔のまま手に持った縄で大きな円をグルグルと作っていた。さりげなくクレアの背後から椅子の背もたれごと彼女を抑えつけると「いたぞ!」と叫ぶ。一瞬、驚いたがすでにエレノアのことで慣れっこ。これもきっとアルマの仕業なのだろうと考えながら、体をひねり家の壁に両足をつけると思いっきり踏み込んだ。
「くそ! おい、待て、待ってくれ! 何もしないから!」
「椅子、ごめんなさい! お水、ありがとう!」
「何もしないから……」
クレアは謝罪とお礼を叫びながら昨日寄ったギルドへと向かう。動きがあり、居場所を感知したのはアルマも同じだった。「そこ……どこへ、向かってるの?」と、緑に輝くも虚ろな目を動かし、頭の中で彼女を探していた。その後もクレアは、何人かの親切な人から同じようなことをされそうになり、より慎重に静かに、屋根から屋根、視界を避けてはギルドへと向かっていった。
「あぁ、クレア! 待っておくれ」
「クレア! 少しだけでいいから、箱に入ってくれよ!」
言ってることと、やってることがおかしい。皆、話しかけるまでは普通の生活をしているのに……。話したこともない、会ったこともない人から名前を呼ばれる。その時点でアルマを疑うしかない。拾った布をフード代わりにようやくギルドへとたどり着いた彼女は、警戒し建物の中の様子を探る。ここまでは街の人達だからどうにかなった。もしも、ギルドに来ている冒険者や狩人、隅っこに見た三人いたウッドエルフが同じように操られていたら? 多分、無傷では逃げられない。でも、傷つけたくもない。彼女は慎重に中の様子を探ると案の定、中の人たちは昨日と同じように食事をしたり、話をしている。
建物の中、奥の方には昨日と同じフードが見える。姿は確認出来ないが多分ウッドエルフの三人だろう。男が二人、女が一人。問題は彼らがアルマの精神魔法に勝っているのかということ。奥のフードが別の人達ならそれだけでも一つ不安が減る。身体能力、戦闘技術に加えて彼らには固有の術式魔法がある。
この中にラドリーがいる。もう一つの言葉「ギル」とは、もしかしたら「ギルド」と言いかけていたのかもしれない。そう思いながらクレアは誰に話しかけるべきか悩んでいた。突然、後ろから声をかけられる。今日ほど名前を呼ばれることが怖いと思ったことは無かった。
「クレア様?」
すぐに一歩離れ警戒をするクレア。フードを被り、建物の様子を伺っていたクレアに話しかけてきたのは受付の男性。オカッパ頭の人で、大声でしゃべると段々活舌がおかしくなる人。しっかりとした骨格のわりに細く、決して戦士でも狩人でもない体つき。
「お願い、ラドリーはどの人? 急いでるの。教えて」
「へ? 私ですが……どうしました?」
「良かった! あのね、ローレンスが私のせいで倒れてしまったの。その時に『ラドリー』って言ってたわ。怒ったアルマが街の人たちを使って私を探してるみたい」
オカッパのラドリーは口を開け、目を見開きキョロキョロとしている。「あ!」っと言い、持っていた荷物を落とすと果物が転がり散乱した。その様子に気づいた中の人たちが振り返ると、クレアは急いでフードを深くかぶる。ラドリーはクレアの手を掴むと急いでカウンター奥へと向かった。本当にラドリーは大丈夫かなのだろうか、という一抹の不安を抱えながら彼女はフードを深く被り彼に引っ張られる。ガタ、ゴトと何人かが立ち上がる音が少し怖く感じた。カウンター奥、膝の高さの棚をしゃがみ込んで漁るラドリー。クレアと小さな声で会話をして状況を確認する。
「何を探してるの?」
「いやぁ、こういう時の為にローレンス様が用意してくれてたんですけど……。それをこの建物の屋上にあるかがり火に灯せば、一時的に彼女の魔法が解けるんです。あとはアルマ様を湖へ投げれば完了です」
「え? 湖に?」
「はい。彼女、犬かきしか出来ないんですよ。それと水の魔法が使えない上に泳いでるときは魔法が一切使えないんです。なので、ローレンス様が戻るまで湖から出さなければ大丈夫。最悪、水中テントに連れて行けばいいんです。それは貝取親子がしてくれますんで」
「あの二人ね。昨日、会ったわ。水中テントにも行った」
「おお! それはまた偶然。きれいだったでしょう?」
「うん。それで、どう? あった? ここで私の名前がばれたら街の人たちみたいに襲われると思う。ここにいるのは大勢が冒険者や狩人でしょ? 気を付けてね」
「アルマ様の魔法がまた強くなったんですね。でも、大丈夫でしゅ。私がいますからね」
オカッパ頭で細いラドリー。普通にしゃべっていたのに言葉をかみ始めた。段々と高揚してきたのだろうか。「お」「お」と散らかしながらついに目的のものを見つけると、彼は予想通りやってしまった。
「クレアしゃまっ!! これでっしゅ! これを屋上っにあるかがり火に入れってくださいっ!」
叫び終わるとわずかな静寂の中、皆がカウンターを見つめる。「クレア?」「クレアがいるのか?」「クレアだぞ」と皆が口にする。もう、見慣れた光景だった。ゆっくりと屈強な男たちが立ち上がる。優しい顔で手招きするが、同時に不気味でもある。自分の失態に気づいたラドリーがまた天井を見ながらぶつぶつと何かを言っている。彼の手から小さな袋を奪い取り屋上へ行く算段をつける。男たちを避け、階段を上り、屋上へ。外から行った方が安全か? 中から上がれるのか? クレアがラドリーに問いかける。
「屋上へは外から? 中から?」
「……?! 外からです。っしゅいっましぇぇん!!」
土下座で謝るラドリー。流れるようになびいたオカッパが空中を漂い、ふわりと彼の頭に戻った。立ち上がった彼のおでこはとても広くなり、落ちそうで落ちないオカッパがとても気になる。そんな彼が渋い顔でクレアに言った。
「数秒……数秒ならあいつらを止めますから」
「え、ええ。わかった」
ここにエレノアがいたら大爆笑だろう。真面目な顔のラドリーに何ができるのか。クレアはじりじりとカウンター奥の小部屋からテーブルが立ち並ぶ場所へと戻る。すでに出口はふさがれている。皆、魔女を倒した少女を警戒している。武器を握る者もいる。すぐ横をちらりと確認すると、ウッドエルフの三人が立っている。男二人、女一人。多分、この中で一番厄介な相手だ。彼らもクレアを見つめている。
「ラドリー? 期待してるわよ」
「はい。使いどころですね」
ウッドエルフの男女がクレアに近づいてくる。女は長い棒を持っている。ドン、ドン、と床を小突きながら少しずつ近寄る。音が鳴るたびに空気が外へ逃げていくようだった。そのせいか、誰も動かない。そして、彼女が微笑みながらクレアに告げる。
「あなたが例の黒髪の少女ね。私はイタ、こっちがバーナム。よく聞いて理解してね。あと数回これを鳴らしたら私達、後ろのリグルに気絶させられる。彼は大丈夫。私たちはみんなと同じようにこの強い魔法に操られてるけど、あと数回は大丈夫。何がどうなってるのかわからないけど、幸運を」
ドン ドン と音が鳴り終わる。すると後ろに立っていたウッドエルフの男性、リグルと呼ばれた人が男の頭を両手で抑える。途端に「うぐ」と白目を向いて膝から倒れる。そしてイタと名乗った女性も同じように気絶させられた。後ろに立っていたリグル。何をしたかわからないが、それが彼の術式魔法なのだろうか? リグルがクレアをまっすぐ見て言う。
「リグルだ。何事かわからんがお前が来てから様子が変わった。手伝うぞ、人間」
「助かるわ。まずはこれを屋上で燃やすこと。でも、お願い。なるべく皆を傷つけないで」
「難しい注文だな」
クレア、ラドリー、リグルの三人は、入り口や窓、階段をふさいだ屈強な男たちを相手にまずは屋上を目指すこととなった。




