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私と魔女 −再会−  作者: 彩花-saika-
第五章 湖の街ミシエール
97/144

97 魔女の家④ エレノアの牙

『呪われている』


 ローレンスの一言が突然に飛んできた矢の如くクレアの胸に突き刺さる。まるで痛みを感じるより先に、自分がどうなるかを悟る戦士のように。彼女は苦痛で膝が折れる前にローレンスへとしがみつく為に口を動かす。


「私、死ぬんですか!?」


 クレアとエレノアは無意識にお互いの手を握り合っている。問い詰めるクレアと、隣でローレンスの言葉を待つエレノア。二人ともまっすぐに彼女を見つめている。


「そうねぇ……。それは魔女次第かしら。貴方に呪いをかけた魔女の気分次第。貴方、心当たりはある?」


 少し下を向き何もない空中を見つめ考え込むクレア。必死に頭の中にある引き出しを隅から隅まで開けては記憶と知識を散らかし、何かないかと探している。出てくるのは呪いの結果のことばかり。横にいるエレノアがローレンスに言う。


「でも、ここに来るまでに出会った魔女は二人。闇の魔女と光の魔女。二人とも消えたんだよ? それ以外に会ったこともないのに、どうして? どうしてクレアが呪わてるっていうのさ!? 呪いって魔女が死んでも残るものなの?」


 エレノアの言う通りだ。ここに来るまでに会った魔女は二人だけ。どちらも死んで消えてしまった。会話という会話もほとんどしていないし、魔女から呪いを受けるような契約や取引はしていない。


「クレアから聞いた話だと、その二人の魔女はあなたに呪いをかけたとは思えない……けれど、除外も出来ないかしらね。まずは順番に話しましょう。それから情報を整理していくの」


「わかった」

「はい」


 テーブルの席に着くローレンスを正面に、クレアとエレノアは隣り合わせに座っている。アルマは少し離れたところで三人を、特にクレアのことを見つめている。


「まずは『いつ』という部分ね。それに関してはある程度特定できるわ」


「そうなの?」

「それじゃぁ……」


「クレアにはアルマの精神魔法が効いていなかったでしょう? それは貴方にかかってる呪いのせいよ。その強い呪いがあるおかげでアルマの精神魔法が入り込む余地がない。そこから考えると、船で出会ったエルフの話も参考になるわね」


 少しだけ考えた二人だったが、エレノアがハッとした顔で思いつきローレンスに答える。


「あ、そうか! アルの青い布! あたしや他のみんなが十年以上の間、アルを人間だと思ってたのはあの布のせい。でも、それがクレアには全く効いていなかった。つまり、その時にはすでに呪われてたってことだよね!?」


 ローレンスが小さく頷く。


「ええ。アルマの魔法は私達、世界各地にいる街の魔女の中でもとても強いのよ。元素魔法は基本的な部分のみだけど、精神魔法に関しだけなら彼女以上の使い手はいないわ。しかもまだ幼く、力自体も成長してるところ」


「幼くなんてないもん」


 体の小さいアルマが反発するが、すぐに黙り込んだ。


「アルマの魔法、それか精神魔法が効きづらい相手って他にもいるんですか? 私みたいに呪われた人だけ?」


「順番に言うと、アニムには一番効くわね。それはどの魔法でも一緒。強化させやすいこともあって従事者やお供として人気よ。何より一緒にいて楽しいかしらね。次に、人間。そしてオークとドワーフ。オークに関しては効いたところで死を恐れないし、ドワーフに至っては効きづらい上に酒でしょっちゅう幻覚を見てるの。だからどんな時でも疑り深い。最後にエルフの末裔であるシティエルとウッドエルフ。シティエルフは個人差が大きい。人間の部分が多いから効きやすいけど、安定した効果も期待しづらい。ウッドエルフに関しては全く効かない人もいれば、効きやすい人もいる。魔法をかけ続ければどの種族でもアルマなら可能でしょうけど、その分どこまで持つか」


 真面目に聞いていたエレノアだったが、すでに目が死んでいる。頭の中に入ってくる情報を一生懸命に反復させているのだろう。ローレンスも彼女に気を使い、しばしの間をおいた。


「アルマの魔法は私達、つまり同じ街の魔女でも事前情報と準備がなければ防ぐことはできない。精神魔法自体が厄介なうえに、彼女の力は強い。それとエルフの魔法ね。アルマとエルフの使う魔法のどちらが強いのかは比べたことがないからわからないけど、クレアの呪いがそのどちらよりも強いことははっきりしてるわね」


「呪いのおかげ?」


「ええ。ある意味では恩恵になるわね。あまり喜ばしいものではないけれど。もし相手に傷つける意図があったのなら、彼女は呪いのおかげで助かってるとも言えるわね」


「でもさ、クレアが言うには『海の羊』に乗った最初の港ですでにアルの事がエルフに見えてたっていうんだ。ってことは、そこより前なのは確かってことだよね? そうすると……それこそ、闇の魔女以外は人間とアニムばっかりだったよ? それに村かぽつんとあるか、途中で見かけた家に泊まったり、野宿してたくらい」


「そうねぇ。次に考えるのは『どこで』ということね。今のである程度絞れたけれど、二人とも住んでいた森から出たことは無いのでしょう?」


「うん」

「うん……」


「始まりはそこ、終わりは港町。わかるのはこの程度ね。途中で怪しいおばあさんはいなかった? 女性という絞り方でもいいわ。何かして欲しいと頼み事をしてきて、見返りをくれた人」


「うわぁ。それは難しいよ。だってさ、あたしたち色々な人を手助けしてここまで来たからさ。そういわれると、なんだかみんな魔女じゃないかって思えちゃう。食べ物や宿を提供してもらったしな」

「そうそう。おかげで時間はかかったけど、ここに来るまではほとんど困らなかったもの」


 ローレンスは二人の仲、性格、振る舞い、言動を見てそれがどんな旅だったかは容易に想像がつき、思わず微笑んだ。


「二人ともよくがんばったわね。きっと、たくさんの人が助けられたのでしょうね。やっぱりこれに関しては難しいわね。それだけ強い呪いだもの。どう考えたって記憶に残るし、普通じゃないってわかるはずだもの……」


「次は?」

「次はきっと『だれが』ってことよ」


「ええ、そうよ。でもこれは正直わからない。候補が多いし、該当する人も見当たらない。なので次は『なんのために』ということ」


「そうだよ。なんで、クレアに呪いなんか」

「私、魔女を困らせるようなことしたかな……」


「それについてはまず二人に呪いのことを聞かないとね。どこまで知ってるのかしら?」


「魔女の呪い? 本で読んだ程度。えーっと、農夫イスグラヘムと紺碧の魔女ラピスラズリ」

「そうね。それ以外にも読んだけど、それが一番呪いについて書かれてた」


「いい本ね。お父さんが選んだのね――」




 『農夫イスグラヘムと紺碧の魔女ラピスラズリ』


 内容はよくある話。最愛の妻と子を病気で亡くした夫イスグラヘム。七代にわたって国のために働いたのに国は助けてくれず。近所や知り合いの献身も効果がなく、程なくして彼は独り身となる。

ある日、死を決意し紺碧の魔女ラピスラズリの住む森へと向かう。

どうせ死ぬのなら、家族が味わった苦しみ以上のものを自分の身に受けよう。

どうせ死ぬのなら、おとぎ話のような魔女に会いに行こう。

どうせ死ぬのなら、魔女に恨みを晴らしてもらおう。


 森の中を彷徨い出会ったのは一人の魔女。美しい青い髪。美しい青い瞳。美しいからだ。美しい顔。されどそれはすべて偽り。まるで仮面をかぶるかのように一部からは本当の体が見え隠れしている。一体、どれだけの女性の体を被ってきたのだろう? おぞましい姿。美しくも、おぞましい。


「オマエ、いい匂イがスル」

「ああ。憎しみと、悲しみと、怒りが満ちているからな」


「イイや、アタシが怖イ?」

「ああ。恐怖と畏怖、嫌悪して軽蔑して吐き気がする」


「イいヤ、死が怖クナい?」

「ああ。死ねば愛する家族に会えるからな」


「オマエノ、願イは何ダ?」

「家族に会いたい。違う……。帰りたい。違う……。死にたい。違う……。街が嫌いだ。そう。国が嫌いだ。王様がなんだ。野菜を収める時は会ってくれるのに、薬が欲しいという時にはあってくれない。そう、あいつが憎い。あいつらが憎い。そうだ。俺は――」


「手伝ウカ? 手伝ウカ?」

「ああ。手伝う。手伝ってくれ」


「お前、卑しき農夫イスグラヘムは、我が使徒となり、手となり、足となり、目となり、口となり、耳となり、心臓となる」


 イスグラヘムは魔女から一本の苗木を受け取ると街へ帰っていった。身も心も軽く、力がみなぎる。食事も美味しい。毎日、おいしい生肉を血が滴るままに食べる。まるで妻と床を共にしているようだ。


 苗木を街に植える。城の中に植える。道に植える。それを何度も繰り返す。やがて、魔女からは何も貰えなくなった。イスグラヘムは悲しい気持ちで家へと帰る。いつもの道、いつもの森、いつもの川、いつもの農地、いつもの門。


 そこで初めて顔を上げて気が付いたのだ。いつまでたっても森を出ていないことに。門より高い魔女の森と同じ木が無数に生えている。門の中も外も。


「存分に味ワウガイイ」


 聞こえるはずのない魔女の声がイスグラヘムの背後からする。振り向くと紺碧の魔女ラピスラズリが立っていた。ふと聞こえる周りの声。叫び声、悲鳴、嗚咽、つぶれる音、吹き出す音、割れる音、砕ける音、千切れる音、引き抜かれる音。


 イスグラヘムは自分のしたことを知り、急いで家へと帰る。彼はそこで自分のしたことを知り、急いで城へと向かう。彼はそこで自分のするべきことを知った。


 足を切られようが、腕を切られようが、矢が刺さろうが、炎が飛んでこようが、石でつぶれようが、紺碧の魔女ラピスラズリはゆっくりと王へと近づく。ただ、不気味に近づいていく。逃げようが、離れようが、近づいていく。出られない場所で永遠の鬼ごっこ。一人、また一人と屠られる。


 数日かけて、魔女は走らず、しゃべらず、止まらず、退かず、ずっと王を追いかけた。眠ることも出来ず疲れ果て倒れた王は彼女に足の指から少しずつ屠られていく。一週間かけ、王の声が聞こえなくなるとイスグラヘムは魔女に懇願した。


「どうか、私を殺してください」

「ソウダネ。お前、イラナイ」


 たったそれだけ。たったその一言で、彼の心臓を中心に縮まり小さな肉の塊が出来た。魔女はそれをひょいと掴むと、舌なめずりをしたあとに口へと放り込む。


「愚カナ男、イスグラヘム。私の物ヲ盗んで食ベタ卑しイ農夫。自分が妻と子ヲ殺シタことも分かラナイナンテネ」


――。


 


「この物語はとてもいい本よ。例えば紺碧の魔女ラピスラズリ。実在するといわれるけど、どこにいるのかわからない太古の魔女の一人。彼女は呪いをかけ、彼を元気に見せかけ自分の森を拡大させた。結果、青の森が出来たとされている。それと、呪いをかけた相手を『わが心臓』という部分があるでしょう? それは彼女たちの生命力の糧となることを意味する。食事にされるのは魔女の気分次第。すぐに死ぬ人もいれば、寿命がくるまで死なない人も。魔女次第なのよ」


「魔女は何がしたくてクレアに呪いをかけたんだろう?」


「そうなの。そこがわからない。それにね、呪いを受けたからと言ってどこにでも行けるわけではないの。通常は魔女の森の近くに限るわ。手、足、耳、目、口、心臓といった役割を担えないのだから」


「え? じゃぁ、クレアとあたしはすんごい距離を旅してるよ? 安全ってこと?」


「わからない。それにエレノアが言うようにクレアが呪われることで魔女が何を得ているのか? クレアに何を与えているのか? 検討がつかない……。私の方でも調べてみるけど、何か異変があった時にはすぐに私に言うこと。いいわね、クレア」


「うん」


「それで、さっきは一度失敗をしてしまったんだけど、もう一度あなたの中に潜らせてもらえるかしら? もしかしたら何か糸口があるかもしれない」


 一瞬、聞き流していたアルマだったがローレンスの言葉に驚き、駆け寄る。


「おばあちゃん!?」


「あらあら、アルマ。心配しすぎよ? 大丈夫だから。さっきは進む方向を間違えたの。今度は大丈夫」


「そんな!? おばあちゃんが失敗するってどういうこと? この人なにか変だもん。それに嫌な予感がする。やめてよ」


「そうね、それじゃ貴方も手伝ってちょうだい。もし、私が危なくなったら無理やりにでも外に出して。ちょっと、今回の相手は手ごわそうだから」


「いや! 私の魔法が効かないほどなんだよ? おばあちゃんに何かあったら、私、わた……」


「いい、アルマ? 私もあなたも街の魔女。魔女が役割を放棄しては駄目よ。特に私達一族はこういうことは知るべきなの。わかる?」


「でも……」


 クレアとエレノアは二人の話を聞きながら、ローレンスとアルマには何か特別な理由があるように思えた。


「さぁさぁ、クレアも立ってくれるかしら? さっきと同じように。今度はもっとリラックスして頂戴。肩の力を抜いて、そうねぇ……自分の森のことでも考えておくといいわ。中の呪いも森が好きでしょうから」


 立ち上がったローレンスがクレアの正面に立ち、彼女の胸に手をあてる。スカートを掴み傍を離れないアルマがクレアのことを睨んでいた。


「それでは行きますよ。アルマもいつまでも拗ねていないで。頼りにしてますからね」


「何かあったらすぐに帰ってきてね」


 そして、ローレンスは目をつぶり再びクレアの中へと入っていく。



 先ほどと同じ暗い、とても暗い空間

 

 クレアの性格やふるまいからは想像もできない世界。すぐに時間の感覚がおかしくなる。


不安に襲われ、恐怖を感じる。

怒りが見を包み、嫉妬が頬を撫でる。

憎しみが足を掴み、殺意が見つめる。

悲しみが降り、後悔が聞こえる。

畏怖が髪を泳がせ、絶望が締め付ける。

そんな空間を魔女ローレンスは意識を保ちながら漂う。


 さっきは失敗した。でも今度は違う。前に行くのではなく、後ろに行く。離れて全体を見る。それだけの大きさがあるし、今回はそれだけ。そんなに危険ではない。



 そう



 そう



 もっと、全体を



 気がづくと、ローレンスは涙を流していた。それが恐怖からなのか、畏怖の念からなのか、喜びからなのか、悲しみからなのか、絶望からなのか。


 なんということ……


 とても大きな黒い塊。それは暗闇の中で確かに存在してる。見ることはできないが、たしかにそこにある。唯一その存在を知らせるのは、まるで日食のときのような光。まばゆい光が遠く、後ろの方からわずかに空間を照らしているのだ。


 その瞬間、何かが直接彼女の腕や足を掴んできた。どこからか伸びてきた黒い手だ。


 そんな!? 何が!? ありえない!?


 『ローレンス』


 一言。ただの一言。それは彼女に名前を言った。意味はわからない。呼ばれた? だが、考える暇などなかった。黒い手に力をどんどん持っていかれる。外に、外に出なければ! ローレンスは急いで意識を外に向ける。自力では出られないが、アルマなら気づくはず。彼女が私を引っ張り出してくれる。そう信じて。


 一方、クレアとエレノア、警戒するアルマ。


 クレアの胸に手を当てたまま動かないローレンスを見つめながら、皆が黙っていた。次第に血の気が引いていくローレンス。目に見えないそれに気づいたアルマが「おばあちゃん!!」と叫び、彼女の腰を掴みそのまま椅子に座らせる形で後ろへ引っ張った。


 何が起きたかわからないクレア。何よりも睨みつけるアルマと、いつの間にか椅子に座るローレンスが次第に斜めになり、景色がずれていく。壁が顔に近づいてくるのが分かった次の瞬間、自分に何が起きたかを理解した。


 壁に押し付けられる頭、首に走る痛み。食い込むのはエレノアの爪。力強く、首を掴んでいてへし折る勢いすらある。爪が首に食い込み、離した彼女の指先に自分の血が糸を引くように空中を舞っている。


 どうして?


 クレアは意味がわからなかった。一瞬、意識を失ったかと思った。見えることから始まり、音、痛覚と順に戻っていく中で彼女は小さな涙を目に浮かべた。そして、エレノアが襲い掛かる中叫んでいる。



「魔女ぉおぉ! クレアをどこにやった!!!」

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