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私と魔女 −再会−  作者: 彩花-saika-
第五章 湖の街ミシエール
93/144

93 湖② 驚き

■クレア 主人公 黒髪 弓槍他 力は弱い

■エレノア 主人公 猫獣人アニム フライパン 料理担当

二人とも少女14歳と数カ月 住んでいた森を出てミシエールの街にたどり着いた



□クライン 湖で出会ったおじいさん 小さい 何言ってるかわかんない

□シカシカ 湖を渡る小舟を漕ぐとシカシカとなる。シカシカ


 エレノアが見当たらない。波一つない水面に静かなままの湖。


「エレノア!?」


 クレアは立ち上がると後方にいるクラインの傍まで行く。ついさっきまでエレノアが押していた場所だ。身を乗り出して湖を見た彼女は驚いた。


「え!?」


 水の透明度がずば抜けて高い湖。さっきまでは一メートルない深さがずっと続いていたはずなのに、今、船から身を乗り出して見た水中には崖のように切り立った湖底が奥深くへと続いていた。


「ちょぼらんて」


「ちょっとじゃないわよ。クライン」


 段差などなく、浅いか深いか。それだけの違いなのだろうか? えぐり取られたような湖の底は二十メートルは超えている。よく見るとエレノアが泳いでいるのが見えた。”落ちた”ついでに探検しているようだ。確かにこれだけきれいな湖であの深さ。彼女の気持ちもわかる。クレアは安心すると「ふぅ」とため息をついて元いた場所に座る。


「シカシカ?」


「ううん。ちょっと待って」


 息が続かなくなって水面に戻ってくるだろう。これだけ静かな場所だ。彼女の「ぷはー!」とでもいう声とともに気づけるだろうと、荷物を背もたれに空を仰ぎ見てきれいな空気をゆっくりと吸いのんびりと待つことにした。


 一方、突然の出来事に驚いたエレノア。船を押すために湖に入り押し歩いていたら地面がなくなり落ちてしまった。最初こそ驚いたが、透明な水、見たこともない深さと切り立った水中の崖、差し込む光。ワクワクしないわけがない。少しだけ潜って見ようと思い彼女は水中へと進んでいた。


 ある程度まで潜るとそこは不思議な景色だった。差し込む光はあるのに暗い。透明すぎてまるで空を泳いでいるかのよう。上を見上げればクレアの乗った小舟と空が見える。不思議できれいな光景。


 湖底まではあと十メートルくらいだろうか。何か光っているものが見える。しかしもう戻らなければ息が続かない。彼女は「まぁ、しょうがない」と思いながら態勢を変え水面へと向かおうとした、その時だった。ふいに足首を掴まれる。驚き暴れる彼女の足。すぐに裸の男がもう一人、目の前に現れると手に持っていた物を彼女に近づけた――。



      ※


 小舟で待つクレア。数分経ってもエレノアが水面に戻ってこないことに不安を感じていた。何かあったのだろうか? 遠くに出て気づかなかっただけ? クラインに聞いても「水中じゃないか」と言うばかり。


「私、ちょっと潜ってくるね」


 彼女は泳ぐのに邪魔な服を脱ぎ、薄着になると船にずっと座っていて硬くなった体をほぐした。「よし」と船の縁に片足を載せ水中を見つめると誰かがこちらへやってくるのが見えた。


 ぬうっとゆっくりと顔を出す男。ツルツルの頭が水で輝いている。とても水はけのいい頭らしくすぐに乾いていた。少し、目をキョロキョロとさせながら口まで顔を出すと少し年上の青年のように見える。彼の顔にはくっきりと足跡がついていた。


「あ、あの、君があの子の連れかい? 猫のアニムの女の子。そ、その」


 服を脱いだ薄着の少女が片足を上げて自分の真上にいる。当然、彼は顔を赤らめクレアを見たいが恥ずかしくて見れない。キョロキョロ、オドオドしながら話しかけていた。


「あなたは誰? エレノアは無事?」


「え? あ、うん。僕はフロギー。お父さんと一緒に貝を拾いに来てるんだ。そ、そしたらさ。あの子がエレノア? 彼女が手伝ってくれてるんだけど、上にいる君を呼んでこいって」


「そうなのね。私はクレア。彼女はエレノアよ。貝を拾ってるの? 彼女、ずっと戻ってこないから心配してたの」


 フロギーはチラチラとクレアを見上げる。その都度恥ずかしそうに視線をそむけ話を続ける。


「彼女さ、自力ですごい深いところまで来てて。それでお父さんが。その、良かったら貝を一緒に拾うかい? もう終わるところだけどね」


「ええ。でも、どうやってそんなに長く……」


 クレアが質問をするよりも早くフロギーは水中へと戻ってしまった。「ええ」と聞いた瞬間に大きくいきを吸ったフロギーはトプンッっと消えた。


 クレアが困惑した様子でクラインに視線を送ると「いっておいで」と笑顔で応える。彼女は呼吸の疑問を持ちつつも水中へと飛び込んだ。


 彼女が水の中に入ってくるのを確認したフロギーは前を泳ぎエレノアのいる場所へと誘導する。後ろを泳ぐクレア。ほとんど裸にしか見えないフロギーは、足に魚のヒレのようなものを装着していた。両手に白いふわふわした実を持っている。途中で何かを思い出したのか彼は突然泳ぐのをやめ、クレアに振り向くとまた顔を赤らめ視線を外す。


 片方の白いフワフワの実を彼女に差し出す。一本の枝のような茎があり、指で抑えていないとコポコポと空気が漏れ出す。彼がそれを口に咥え、息を吸う仕草のあとに鼻から吐き出す。それをみた彼女は意図を理解した。


 この白いふわふわの実を使って水中で呼吸し続けていたのだ。こんなものエレノアに渡したら彼女はしばらく戻ろうとしないだろう。納得したクレアはまた進み始めたフロギーを追いかける。


 何がすごいか。フロギーが装着してるヒレのようなものが働いているのもあるのだろうが、軽く泳いでいるのにスイスイ進むこと。それにフロギーは白いふわふわの実を全然使っていない。仕草で見せただけで、水面で吸いこんだ息だけでずっと案内してくれていた。


 湖底につくとポツポツと光る水中花にきづいた。細い根っこが張り巡らされているようで所々で咲く花が光を放っている。それと水ランタンがいくつかおいてあった。きっと親子が作業で使っているのだろう。


 透明な膜で出来たテントもあった。何箇所かで湖底に打ち付けた状態で張られている。初めて見る水中テントだ。下を通る根っこから空気が染み出していてそれをテントになっている膜全体で受け取っている。テントの中央からは時折、小さい気泡が出ていた。下から入り、少し高い床にはしごで上がる。高床式水中テントとでも言うのだろうか。


 クレアに気づいたエレノアが手を振ってきた。お父さんと一緒に貝を集めている。こっちの心配も知らずにのんきに遊んでいたなんて…呆れつつも三人に混ざると、一緒に貝拾いを始めた。


 十分もしないうちに作業が終わり、水中テントへと行く。下から泳ぎ入りテントの中の水面に顔を出す。順番にはしごを登り、高床へ行くとテーブルと椅子、火があった。


「もう。エレノア? 心配したんだからね」


「えへへ。どっちかっていうと戻ろうとしたところをあのツルツルに捕まっってさ」


「いやぁ、呑込みが早いね君は」


 話しかけてきたのはお父さんの方だった。息子のフロギーと同じく裸同然。布を腰でまいてふんどしにしている。彼も善心ツルツルだった。違うことといえば、息を吸ったときに胸が大きくなる息子とお腹が大きくなる父親といったところだろうか。


「ありがとう。すごい楽しかったです。それにここ。水中でこんなふうに座れるなんて」


「そうだろう? これは俺と息子で作ったんだ。まぁ、ローレンスにも手伝ってもらったけどな。そうそう、俺はこいつの父親のフロガノス。そんで息子のフロギー。おい、何を恥ずかしがってるんだ?」


「あはは。あたしはエレノア」


「よろしく、フロガノス。私はクレア」


「二人ともよろしく。僕はフロギー」


 フロギーの様子に気づいたエレノアが「はっはん」ともの怪しげに近づくと耳元でささやく。


「きれいだろ? クレアの濡れたか・ら・だ」


 背後からエレノアに囁かれた彼は今までで一番顔を赤くする。その様子に笑うエレノアが置いてあった布を一枚、クレアに放り投げると彼女のようやく気づいたのか「あ」とその体を隠した。


 水中テントの中でテーブルの席に付き拾った貝を焼いて食べる四人。「うめぇ!」とエレノアが食べる横で、クレアが二人に質問をする。


「さっき、ローレンスって言ってたけど。街の魔女ですよね?」


「ん? あぁ、そうだよ。あぁ、二人は初めてここに来るのか?」


「うん。街に行くのにも大変なんだなって」


「そりゃそうだろう! こっちは裏口だからな。使う人なんかいないよ。あの爺さんの船しかないんだから。しかも、何言ってるかわかんないし、遅いしな。まぁ、あれは爺さんの趣味だ。現役を引退して趣味でやってるんだ」


 食べるのをやめたエレノアが「やっぱりな」とうなずく。


「私達、ここ湖の街ミシエールに住む街の魔女ローレンスに会いに来たんです」


「なるほどね。それならでっかい木に向かっていけば必ず会えるよ。ただし、孫のアルマにだけは気をつけろ」


「アルマ?」


「そう。昔は手を付けられないいたずらっ子だったんだ。最近じゃ落ち着いて可愛くなったけどな。それでもあいつの魔法は危険だ。皆が一度は経験してる。俺は何日かトラウマになっただけだが、殺されたやつもいるからな。覚悟していけよ」


「殺された?」


「玄関を開けて、そこに帽子をかぶった可愛い女の子がいたら諦めろ。もう、逃げられないからな。殺されるか、脅されるか、体をバラバラにされるか、溶かされるか、食われるか。人それぞれだ」


 何かを思い出したのかフロギーが体をブルブルと震わせている。


「わかった。ありがとう」


「うんめぇ! おっちゃん、ありがとう。ごちそうさま」


「ははは。こっちこそな。手伝ってもらったのに、少しだけですまねぇな。エレノアはアニムだろ? 俺たちもアニムなんだぞ?」


「は? どこからどうみてもツルツルピカピカの剥げた父親と息子なのに?」


「はっはっは。果たしてどうかな? おい、フロギーちょっとこい」


「えぇ。やだよ。恥ずかしいよ」


「うるせー! 裸みたいな格好したやつがおかしなこと言ってんじゃねぇ」


「お父さんだって…」


 言い終える前にフロガノスが息子を突き落とすとドボンと音を立てた。会釈をしながら片手で「じゃ、ちょっと」とヒョイっと飛び降りる父親。ポカンと口を開けたまま見ていたクレアとエレノア。何が起こるんだろう? と待っていると、勢いよく下の水面から二人がジャンプしてきた。泳ぐ勢いだろうか? はしごを使わずにバシャリと目の前に飛んできたのだ。


「フロガノス!」

「フロギー!」


「「美味しい貝のことなら俺達に!!」」


 言い終わると同時に息を吸い込み息子のフロギーは胸を、父のフロガノスは腹を大きく膨らませている。


 パチパチと拍手する二人に顔を真っ赤にする息子と誇らしげな父親。どーも、どーもと席に戻る。


「すごいやおっちゃん! どうやったの!?」


「ははは。俺たちはカエルのアニムなんだよ。ほら、もう体が乾いてるだろ? ほら? ほら?」


「あはは。ほんとだ。水はけがいいのは頭だけだと思ってたら全身ハゲてるんだね」


 クレアは「ん?」と思いながらも二人の体を見ると、すでに乾いていることに気がついた。体を触るエレノアの指にかすかにペタペタとくっつく皮膚。「カエルを触った時と同じだ!」と驚くエレノア。


「それはそうと、二人とも爺さんのところに戻らないとな」


「そうだった!」

「そうね」


「いいかい。上に上がるにつれて体の中の空気は膨張してくるから、吸いすぎず、息を吐き続けるんだ。ゆっくりあがるんだよ。ほら、フロギー」


 呼ばれたフロギーが白いふわふわの実を二人に渡す。水面を戻る途中、まるで崖のように見える湖の中を泳いで上がる二人は、空を泳ぐ不思議な感覚になり楽しんでいた。


「ありがと、またねフロギー」

「ありがとう」


「うん。僕の家は緑色の屋根だから。一番湖側のね。よかったら遊びに来て」


 船に戻った二人。寝ていたクラインが目を覚まし、またシカシカとゆっくり進む。疲れた二人は気持ちのいい日差しにそのまま眠ってしまった。クラインは二人を起こさないように、ゆっくりとミシエールの街へ近づいた。


 少しすると目を覚ましたクレアが司会に広がる大きな木に驚く。一瞬、どこかの樹の下で眠ったんだっけ?と思ったが、揺れる船と水の音でここが湖の上だと思い出し、目の前に広がるのがミシエールの街の大きな木だとわかり上体を起こした。


 肩を揺らされ起きるエレノアも同じようにその大きさに驚く。大木。巨木。そういう類ではない。目の前にとてつもなく大きな太さの大樹があり、周囲に石造りや木でできた家がたくさん広がっている。


 何百年とかけて運び作り上げたであろう石畳の道もある。島に生えた大樹。大樹に乗った街。太く大きい根が街の外れから湖へと伸びているのも見えた。正面から入っていたら気づかなかった光景だ。


 崖際にある港町に近い雰囲気、海と違って静かな湖。世界有数の街の一つで、平和といわれている。山のように大きな大樹の元で包まれるような安心感あふれる空気のある場所だった。


 船着き場に到着すると、一人のおばあさんが出迎えてくれた。手に持っているのはおじいさんと同じ角笛。出発するときに鳴ったもう一つだ。おじいさんと同じように小さい体で元気いっぱいに話しかけてきた。


「あらまぁ! 可愛らしいお客さんだこと! さぁさ、こっちへ」


「はじめまして。クレアです」

「エレノアだよ。よろしくね」


「よろしくね。私はテサ。テサおばさんって呼んだら皆わかるわ。よろしくね二人とも。主人の船を使うなんて珍しい人もいたもんね。びっくりしたわ」


「テッサッテッサ」


「あなた、ゆっくり漕いでたからこんなに遅くなっちゃったじゃないの。早く片付けて帰ってきてね」


 二人はクラインにお礼をいい、テサおばさんについて街へと向かう。船がついたのは街の裏側の低いところ。正面からここ、裏側にかけて次第に高くなっていくミシエールの街。彼女たちは水面の高さから街まで上がるために昇降機へと乗る。


 テサがそれを動かすと、ゆっくりと上がっていく。


「二人はこの街にどれくらいいるのかしら?」


 クレアとエレノアが顔を見合わせた。ここへ来るのが目的だったが、滞在期間を決めたことはない。アルフォンスとの約束で十七歳になったら彼の言っていた『何もない森』を探さなくては行けないが……。


「特に決めていないんです。ここの街に住むローレンスという魔女に用事があって。今日はこれからギルドに行って、手持ちも少ないし多分そこの宿を手配して終わると思います」


「あら。ギルドを利用してるのね。でも、ここは人の多い街よ。ギルドの宿もいっぱいでしょうし、旅をしてる人はほとんど街の宿を使ってるのよ。そうだ!? 私達の家に泊まったらいいわ。明日、いい宿が見つかるまではうちにいらっしゃいな」


「本当ですか!? 助かります」

「やった……ぁ?」


 素直に喜べないエレノアに二人が「どうしたの?」と顔を見る。


「いや、クライン。ばっちゃんにはわるいんだけどさ、クラインが何言ってるのかわかんないのよ。あれを一晩中聞くのかな」


「こら、エレノア。失礼じゃない。私が通訳するから、大丈夫よ」


「あらまぁ! クレアちゃんは主人の言ってることがわかるのかしら? あらまぁ! すごいのね! 違うのよ。あのね、入れ歯を忘れてしまってね。あの人、ただでさえすごいなまってるのに。入れ歯を忘れるとしゃべるのが億劫になって私でもうまく聞き取れないような訛りでしゃべるのよ。エレノアちゃんは悪くないわ。私だって入れ歯のない主人と話すのは億劫ですもの」


 三人が笑っているとガシャリと昇降機が止まる。そばにいる男性が「ようこそ」と歓迎してくれた。本来なら正面から見上げるはずの町並み。彼女たちは裏口から来たせいもあり、高い場所から美しい町並みを見下ろしていた。


「すごいきれい。なんて大きい街なのかしら」


 足元は硬い地面になっていた。土かと思ったがよく見ると固くなった根のようにも見える。人が多く歩くところは石畳になっていて大きな根っこには木でできた階段や手すり、トンネルなどがある。


「こっちよ」


 テサに続き道を歩き、木のトンネルへと入る。馬車で聞いたとおりとても大きなもの。何より、中に咲いていた花が光を放ちトンネルの中をほのかに明るく照らしていた。今はまだ夕方前で外の光があるが、夜になったらさぞ綺麗なのだろう。夜の散歩も楽しそうだと、二人は心を踊らせる。


 テサの案内で一度ギルドへと寄った二人。建物の外観はいつもと同じように石造りだったが、今回は階層が違う。それに広かった。いつもと違う旗も多く掲げてある。


 中に入るといつものように旅人や冒険者、狩人や商人がいるのかと思ったが職種だけでなく、人種も様々だった。今まであまり見なかったドワーフ。シティエルフの集団に端っこにはウッドエルフも数人いるようだった。アニムも多く、半獣化した戦士もいる。賑やかで独特の雰囲気。そんな中を二人の少女が歩いてカウンターへと赴く姿は、みんなの格好の肴だ。


「おいおい、少女だな。迷子か?」

「どこの旅人の連れだ?」

「よくいるだろ。子供が登録して現実を知って大人になるってやつ。まさか、冒険者じゃないだろうな?」

「ははは、あんな細い子が? まさか。魔術師ギルドじゃないのか? ローレンスのところにでも来たんだろう」


 ヒソヒソと聞こえる嘲笑の言葉。ギルド登録者にしては若いのは認める。二人は旅をしてきて町や村に住む同世代や少し年上の男女の力量も知っている。だからこそ、彼らが自分たちを肴に盛り上がっているのはわかる。だが、エレノアがイライラしている。


「ちょっとクレア。あたしが行く」


 大人たちが見つめるのはカウンターの行き先。冒険者? 狩人? 料理人? 商人? 製造生産? 他にもあるギルドの中からどのカウンターに行くのか。一人の男性が声を荒げる。


「おいおい、ママゴトギルドはここにはねぇぞ」


 わはははは!と上がる笑い声。イライラが限界に達したエレノアが、


「うるせい、じじい! あんたはそこで介護ギルドでもできるの待ってな! もっとも椅子から立ち上がるのもすでに介護が必要だろうけどな!」


「あんだと! 俺は冒険者ギルドと狩人に登録してるスゴッサム様だぞ。魔女の魔物を一人で二体も倒したことがあるんだ。しらねぇのか!?」


「はん! 二体? それがどうした!? あたしたちはその魔女を倒したんだよ! 二人もね!」


 それを聞いた男たちが皆お互いの顔を合わせた。そして、目を丸くして抑えきれない笑い声を上げる。笑いすぎるのを抑えるために苦労している。


「ガーーハハッハッハハ」

「嘘つくんじゃねぇよ。大の大人だって二回も魔女と戦って生きてりゃ御の字だぞ? それも両手両足両目両耳、なにもなくなってないなんてな」

「おいおい、どこぞの黒髪の少女だかアニムの少女だかのホラ話を語るなよ」


 最後の男が行った一言で全員が気づいた。今目の前にいるのは、まさに黒髪の少女とアニムの少女だ。ここ最近更新された情報の中で、噂が噂を呼んだ魔女を倒した少女の話。ギルドでは有名なホラ話だ。


 ゴクリ。皆が嘘だと思っていながら二人の様子を浮かがう。エレノアがズカズカと歩き向かった先は冒険者ギルド。


 バン!


 カウンターを叩き、反対にいるオカッパの男性を睨みつける。男性は顔を動かさず、視線を斜め下に移すと小さな呼び鈴を鳴らせと言わんばかりだ。エレノアと呼び鈴の間を行ったり来たりしている。


 チンチンチンチンチンチン!!


 連打するエレノアの呼び鈴をピタっと止めるオカッパの男性。


「らっしゃせぇ。今日はどっんなご用事で?」


「あたしは、エレノア・ヒューズ!」

「私はクレアです」


「今日、初めてここに来たから情報更新しに来た」

「お願いします」


「はい、かしゅこまりっましった!」


 少し独特のリズムですすめるオカッパの男性。「おお」「ほぉ」「ええ」と裏返った声を出しながら何やら帳簿を見ている。そして二人に一枚の髪を差し出してきた。


「こっちら、今お二人の持ってるギルド預金でっす! 先月更新されましてっ、あ、まだ一度もご利用ないでっすね!」


「え、あ、うん」

「はい」


「こっちら! 半年に一度、一年に一度更新がありまっしゅて! お二人には、えーっと、本屋ですね。それと『海の森と羊』さんから入金がそれぞれありまっしゅて! はい、こちら。増えておりまっす! 通常、同じ月に引き出せるのは預金額の二割まっで。いかがなさいますかっ?」


「え? こんなにあるの?」

「まぁ、すごい」


「報酬と善意でしょうかっ? 旅をするのには十分ですね」


「じゃぁ、とりあえずこれだけ。重いのヤダからそんなにいらない」

「はい。これだけでいいです。今日は泊まるところ確保できたので」


「かしゅこまりまぁっしたっ! 次、まいりまぁっす!!」


「お、おう」

「はい」


「エレノア・ヒューズ様! 以前、申請していただいた料理ギルドへの加盟を承認いたっしゅまっす!」


 わははは、料理人じゃねぇか!と笑い声が飛ぶ中、オカッパの男性がドンドン!と小槌を叩く。すぐに静まり返る謎の圧力。


「続いて、クレア様! お父様のウィリアム・ハートレッド様よりこちらを承ってまっしゅ!」


 ハートレッドの名前が出た途端に周囲がざわめき出した。


「おいおい、ハートレッド。ウィリアム・ハートレッドって言ったら『赤い槍』じゃないか?」

「あいつ、娘なんかいたのか?」


 ヒソヒソと聞こえる声。クレアはおかっぱの男性にこっそりと、


「あの、お父さん、ジョゼフって言ってませんでしたか?」


「あっ!」


 オカッパの男性はしばらく目をつぶったままブツブツ言っていた。そして目を開くと、ドンドン! 小槌を叩く。


「失礼っしまーーーーーっしゅた! いっちぎょうずれてました! 読む場所を、一行ズレていまっっっした!! お父様のジョゼフ様よりこちらを承っていまっしゅでっしゅ!」


 怒っていたエレノアがだんだん笑いをこらえ始めている。クレアは彼が差し出した布を受け取ると、


「これは?」


「こちらは、お母様の使っていた服だそうですよ。当ギルドでお預かりしてまして。何年か前に娘が来たら渡すようにって」


 ヒソヒソと話すときは普通にしゃべるおかっぱの男性。最後にウィンクすると、もとの姿勢に戻り続ける。


「そしてぇーーっ、最っ後!」


 みんなが待っていたのはここだ。実績や功績、以来の評判に合わせてギルド内での昇格や称号、二つ名が決まる。強制力は昔ほどないが、指標として役立つ大事な部分。


 クレアとエレノアを含め、皆がゴクリとつばを飲む。オカッパの男性は「ふぅ」と息を吐く。


「クレア様っ! エレノア・ヒュゥーッズ様っ! お二人を十四歳という若さながらも、『上級冒険者』へと昇格いたっしゅまっす!」


「おおー!」と湧き上がる歓声。


「これはっ! 過っ去、ウゥィリアァム・ハァートルェェェッド様が築いた最年少記録を上回るものでっしゅ! お二人に祝福を!」


「おおお!! すごいなお嬢ちゃんたち!」湧き上がる祝福の声。


「ちなっみに! これは、二度に渡る少数精鋭による魔女との攻防、討伐による嘘、偽りのない功績だっけでなっく、依頼者の評判、街での評判、実績に基づくものでぇっす! 異議は一切うけつけまっせぇん! それではっ!」


チンチン!


 オカッパの男性が最後にウィンクして奥へと戻っていった。場の雰囲気と、オカッパの男性の口調、突然届いたお母さんの服で頭がいっぱいのクレア。エレノアは「へへん!」とさっきのおじさんからお肉をぶんどると頬張りながら外へ出ていった。


「何か騒がしかったけど?」


 テサが二人に聞く。エレノアは誇らしげに肉を頬張り、クレアは服を抱きかかえどこか上の空。


 その日の夜は、入れ歯の入ったクラインとテサを含め、四人で楽しい会話と食事をして過ごした。ベッドに入ったときには、クレアが何度もお母さんの服を抱きしめていた。エレノアは何も言わず、彼女の幸せの時間を見守った。


 次の日に、自分が死ぬとは思っていないエレノア。クレアに牙を向けることになるとは、お互い想像もしていなかった――

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