9 銀髪のエルフ③ 稲妻のような障壁
彼女視点。
――これで大丈夫!
眠らされて横たわる旅人。その横で治療を施すエルフの女。
彼女は永い時の中、初めて見る実際の人間にワクワクしている。郷を出たことのない彼女が外の世界との中間に位置する森を散策するようになったのは最近のことだった。
そして今、話に聞いていた本物の人間を目の当たりにしてる。思わず服を剥ぎ取り、汚れを落とし綺麗にしてから返した。彼女の心は冷静と興奮の間を行き来し、経験したことのない葛藤の中で自分のとった行動に驚きと発見を感じていた。
今は旅人を泉の近くにある洞窟に運び、治療を施していた。折れている肋骨のあたりで包帯を巻き、大方の治療が済んだので座ったまま背伸をする。
「んん……。終わったぁ。これで安心ね」
ふぅと、一息つく。嬉しそうに旅人を見つめながら話しかける。
何度見ても彼の体は魅力的だった。別に男性の体を初めて見たわけではない。
彼の体を見て初めて訪れるこの気持ちに戸惑いを感じていた。
人間だから? たくましいから?
「あなたはどこからきたの?」
するとちょうど魔法が切れ始め、旅人が目を覚まそうとしていた。
「あ! 目覚めるわ! どうしよう……離れなきゃ」
おろおろと慌てる彼女。また眠らせようか? そうも考えたが思いとどまると、その場から立ち上がり洞窟の入口まで走っていく。そこで待っていた熊の背に隠れながら様子を伺った。
「ねぇ、見て!」
熊は「見て」と言われたところでどうしようもない。そんな興奮する彼女を背に入口を塞ぐように立ち上がる。上体を起こし、あたり調べる旅人に彼女は、
もう! あんなに動いたら傷口がひらいちゃう。
こっちに気づいたわ。
あ! どうしよう。こっちを見てる。
旅人を見たい気持ちと隠れたい気持ちと葛藤しながら彼女は、熊の背後でフードを被りなおして恐る恐る中の様子を伺う為に動いた。
「??????? ???!
??? ??? ?????
?? ? ??? ????」
旅人が話しかけてきたが彼女には何を言っているのかわからなかった。人間の言葉は一通り学んではいたが久しく使っていなかったし、聞いてもいなかった。
なんて言ってるのかしら? 失敗したわ! 言語理解の魔法をかけておくべきだったわね
せっかく起きた人間。話ができそうな人物。見ているだけでドキドキ、ワクワクする人間。彼女は旅人とたくさん話をしたいと心から思う。
「ちょっとあの人のところへいってくるね。
大丈夫よ。
もう。わかったわ。じゃぁ、障壁だけ」
熊は心配そうに彼女を見るが、肩をぽんっと叩かれた。まぁ、行きたいならどうぞという思いで小さく吠えて送り出した。
女の指先からパチっと鳴る。小さい光がローブの中へ体の方へ走っていった。
これでとりあえずは大丈夫かしら?
とはいえ、やっぱりちょっとこわいわ。
彼女が旅人に近づいていくと、なぜか彼は口をぽかんと開けていた。まるで花の匂いを嗅ぐように鼻の下を少し伸ばし、何かにとらわれていた。泣き止んだ子供が頭を撫でられるまで親の手と顔を見つめているかのように。
助かったわ。何かわからないけど、おとなしくしてくれてる。
うふふ。子供みたいな顔してるわ。
「これで、何を言ってるかわかるはずよ」
彼女は両手で旅人の耳を包み魔法をかける。光が耳を一周し消えた。そのまま人差し指を自分の唇に当てる。
「これで、私と同じ言葉をしゃべれるわ」
指が光るとそのまま旅人の唇へと運ぶ。そして再度、指が光り魔法が完了した。光がゆっくり消えるとともに旅人の顔にはなぜか恐怖が生まれてきていた。
「マジョ‥‥‥ナノカ?」
魔女? 魔女なのかって聞いたのかしら?
人間の言葉を知っていた私のほうが魔法の浸透が早いのはしょうがないわね。
どうりで怯えているはずね。
そう考えながら、旅人の質問に首を横に振って応えた。
今日はとりあえず十分かしら。戻りましょう!
魔法が浸透するまで、どのくらいかかるかわからないし。
そう決めた彼女は立ち上がり、変える前に不足している物が何かないかと旅人の身辺を確認する。
あ! 水がないじゃない!
左の手のひらを握った右手でポンっと叩いた。
たしか……そうだわ! あそこに置いてきてしまったのね。
洞窟の外まで走っていくと、水を汲もうと思って置き忘れたビンが木の根元にある。それを持ち、水を汲むと旅人の元へ戻っていった。
これで大丈夫! 明日また来ましょう
立ち去ろうとした瞬間、不意に腕を掴まれた。
え!?
次の瞬間、念のためかけておいた障壁の魔法が発動する。
旅人の全身が電撃を受け、痙攣に似た動きを繰り返す。
ああああ! せっかく治療したのに、これじゃ肋骨が!!
「ごめんなさい!」
旅人はそのまま気絶し、再度、女に治療を施された。
このままだときっと夜に目覚めるだろうと、彼女はまた準備をし直し、その場を立ち去った。




