8 銀髪のエルフ② 稲妻のような衝撃
旅人視点。
次話は、彼女視点になります。
――ここは?
旅人は目を覚まし、起き上がろうとしたがわき腹に痛みが走る。
「――っ。ここは、どこだ? 俺はたしか……」
わき腹を押さえながら、もう片方の手で地面を支えて起き上がる。横に見覚えのある服が置いてあることに気が付く。それは確かに自分の服だったが、長旅で汚れる前の状態に近かった。綺麗になり畳まれている。他にも果物や木の実が載った皿、それと焚き木に気づく。もう一度周囲を見回した。
今いる場所は薄暗い洞窟の中だった。外から入る日の光が完全な暗闇になることは防いでいる。
ふと不安になり、自分の体に手を当てながら異変がないか調べた。小さな傷口が塞がれた跡が見つかるが魔法で治療した時にできる痕跡だった。それは他にもあり、どれも痣や折れた肋骨のあたりに集中していた。包帯が巻かれ、痣はあるのに痛みはとても軽い。
誰かが治療してくれてるのだろうか? どうして姿を見せない? あれは――?
旅人は洞窟の入口を見て驚いた。外から入る光が強く、影のシルエットでしか確認できないが入口に誰かがいる。まだ、目覚めたばかり、頭の中も整理していて初めはそう思い込んでいた。
しかし、よく見るとその影は人のものではなかった。大きな熊だ。
しまった! ここは熊の巣なのか? いや、そもそも俺はここに連れてこられたのだろう?
何か武器はないかとあたりを探るも、石か木皿か。選択肢はそれしかなかった。よく見ると熊のシルエットとは別に誰かがいるのが分かった。その影はどうやら、もぞもぞと熊の陰からこちらを見ているようだった。
動物を使役するのは……魔女か? まずいな。どっちだ? 眼が見えないな。
手元に武器になるものも無く、体の状態から言って分が悪い。何より治療してくれているのだからそこまで悪い扱いはされないだろうと考えた。まずは会話を試みることにし入口の人物に届くように声を張り上げる。
「治療してくれたのは貴方か? すまない!
助かった。出来れば話がしたい。
もう少し、近くへ来てくれないだろうか?」
すると入口の人影が何やら熊と話し始めた。熊が何か唸りを発したが、人影はそんな熊の肩をぽんっと叩いてこちらへ歩いてきた。
フード付きのローブを着ていることが分かったが、その中の顔はあまりよく見えない。歩き方や体の線で、戦士や屈強な者といったものでないのはすぐに分かった。どちらかというと女性だ。その人物がわき腹を押さえて横たわる旅人の傍まで来る。そして、ローブからわずかに出てる両手で旅人の両耳を優しく包んだ。
旅人は警戒していたが、なぜか反抗する気にはなれなかった。魔女かも分からない人物を今の状態で相手にするのは分が悪いという事。今の状態では入口にいる熊から走って逃げるのは無理だという事。そして――
なんだ? なんて、いい匂いがするんだ? これは魔法の類だろうか?
匂いを吸い込んでいるのは自分の方なのに、逆に自分がが吸い込まれるようだ。
それに、なんて綺麗な手なんだろう。
ああ、なんて優しいぬくもりなんだろう。
旅人がそう考えている間に、謎の人物が自分の耳を両手で包んでいる。
「??? ????? ????」
旅人の耳、縁に沿って光が一周する。次に、その人物は人差し指をフードの中の唇に当てていた。
「?? ??? ???? ?」
唇に当てた指先が優しく光り、鼻のあたりから下が照らされ少しだけ顔が見えた。フードの中やローブからわずかに見える細く柔らかく軽そうな髪が魔法の光で煌めいていた。
旅人は彼女の美しさに見惚れた。顔が見えた部分は僅かだがその余韻が頭から離れない。
旅人が彼女の余韻に浸っている間、彼女の指が唇から唇へゆっくりと移動してきた。旅人は自分の唇に優しく当てられた指が再度光るまで、今は見えない美しい顔の名残を味わっていた。
そして、唐突に恐怖が沸き起こる。
今、洞窟の暗がりでフードの中の顔は見えず、熊さえ使役する人物が自分に魔法を使ったのだ。しかも詠唱も術式も杖も無しに! 何か知らない言葉を話していた。それが詠唱でないことはなんとなくわかる。そして薄暗い洞窟で、顔が見えないほど暗いのに、その眼には光と色を確認することができなかった。
光の魔女は暗闇で眼が光る。森と動物を愛し、人と共存する。
闇の魔女は暗闇で眼が光らない。森や動物を変え、人々を襲う。
「魔女……なのか?」
旅人は思わず声に出したが、相手は首を振るだけで何も言ってこなかった。フードを被った彼女が立ち上がる。旅人の周囲を見渡すと、手のひらを小槌の様にポンっと叩く。彼女は何かに気づいたようで、そのまま洞窟の外まで走っていった。
すぐに洞窟まで戻ってきた彼女のその手には、水の入ったビンがあった。
旅人の傍へくると、それを置いて立ち去ろうとした。
旅人は立ち去ろうとした彼女の腕を無意識に掴んでしまった。腕を掴まれ動きが止まった直後―
「うう"う"う"あ"あ"あ"ぁ」
旅人はしびれて動けなくなってしまった。体のあちこちがパチパチと音を立て小さく光っていた。何よりも小刻みに強く筋肉が収縮したことにより肋骨に激痛が走る。
「ごめんなさい!」
そう言ってるのが聞こえたが、旅人はそのまま気を失った。
しばらくして目が覚めると、もう夜になっていた。傍には焚火があり。新しい食事も追加されている。包帯も増えているが、不思議と痛みは多少和らいでいた。
木皿に載った果物で食事をしながら、旅人は考えている。だが、その頭の中は、どうやって逃げるか、どう言って乗り切るかではなく、わずかに見えた彼女のことでいっぱいだった。