76 約束④ イヴァーナの歌
夕食も終わり、エレノアが今日も一人でどこかへ行ったあと、クレアは部屋の前でバルタが帰ってくるのを待っていた。手に持っているのは『イヴァーナと貴族の男』という一冊の本。エレノアが先の港で手に入れた物だった。その本に夢中になってる彼女のせいでクレアは苦労していた。
「あら、クレア。どうしたの? もしかして私を待ってたの?」
「おかえり、バルタ。うん。ちょっと、相談があって――」
「エレノアはどこ行ったの? 一緒じゃないのね」
「エレノアは……多分、今日もいつものところだと思う」
「いつもの?」
「その――」
通路では言いづらそうなクレアの様子に気づいたバルタは、彼女を自分の部屋へと案内した。クレアが持っていた一冊の本を受け取ると、
「これは……『イヴァーナと貴族の男』?」
本の表紙を見てから、中身をパラパラとめくり徐々に眉をひそめていくバルタ。
「ねぇ、クレア? これってさ」
クレアは顔を伏せたまま上目遣いでバルタに視線を合わせた。ベッドに腰掛けると、バルタは自分の椅子に座りもう一度本をじっくりと読み始めた。ところどころのページに印がついていた。
「それ、印があるでしょ? それね、エレノアがつけたの」
「へぇ。どれどれ――」
バルタがその部分を声に出して読み始めた。クレアがそれを聞きながら顔を赤くしているのに気づいた彼女は面白おかしく続ける。一方、レカンタと一緒にいるエレノアは本で覚えたことを実際に試そうとしていた。
※
『イヴァーナは、部屋に連れ込んだ一人の貴族の男をベッドの前に立たせた。彼の名前はパゲッティ・ミトス・パタス三世。背が高く好青年で立派な貴族の男。厳格な父に育てられ、自分にも他人にも厳しい男だった。
二人はようやくここまでたどり着いた。パゲッティは薄暗い部屋の中で、近づいてくるイヴァーナの体を舐め回すように観察した。きれいな瞳、厚く濡れた唇、窓から入る夜風で揺れる軽やかな髪、ほとんど肌の露出した状態の彼女に高まる胸を抑えるので精いっぱいだった。
パゲッティの前まで来たイヴァーナは、今にも襲い掛かりそうな興奮する獣を制止する。一本の指、力などいらない。人差し指をパゲッティの唇へと優しく押し付けるだけで十分だった。
その瞬間、彼は主導権を彼女に託した。そして、イヴァーナはクスっと笑いその指をゆっくりと下へ下げていく。
押し付けるように唇から顎へ。
ひっかくように首から胸へ。
いじくるようにヘソからベルトへ。
腰まで辿り着いた彼女の指は音を立てながらそれをひっかいていた。パゲッティは急いでベルトを外そうとした。しかし、彼の手を押さえた彼女は首を振り言った――』
「あたしの仕事を奪わないでくれる? 貴方はあたしを喜ばせるためにいるのよ? それ以外のことはしなくていいの」
『――、金具の音をカチャカチャと鳴らす。焦らすような彼女の視線、笑う口元、彼女の手が、指先からズボンの中に入ってくる。わざと男の体に触れるように、わざと少しだけ触れるように、くすぐるように、手とズボンが下がるのと同時に彼女の頭が視界から消えていく。
パゲッティは視線で彼女の頭を追うべきか迷った。しかし今は、彼女が与えてくれる感触と音だけを頼りに楽しむことにした。彼女は下がりながら甘い吐息を彼の体に吹きかける。男はそれを楽しんだ――』
「ふぅー。ふぅー」
「エレノア? なんで息を吹きかけてくるの?」
『――、パゲッティはズボンが足首まで降ろされたことが分かった。彼女が膝をつき態勢を整えたのが分かると興奮する気持ちを抑えきれず上から彼女の顔を見つめた。イヴァーナは分かっていたのか、男の顔が自分に向くと嬉しそうな顔をした。彼女は舌で唇をなめていた。ゆっくりと、端から端へ。月明かりが濡れた彼女の下と唇を怪しく照らした。
イヴァーナは歯でそれを捕まえニヤりと笑った。そう、彼女の中にも獣がいるのだ。パゲッティはこれから起こる事に、今日までの我慢と妄想ですでに限界まで膨れ上がった状態だった。彼女の頭を髪ごと掴むことで辛うじて押さえ込んでいた。パゲッティは悟った。目の前にいる、この美しいイヴァーナこそが捕食者なのだと。いつの間にか、彼の手はその獣を抑えるために必死になる。そして、彼女の頭が微かに動き始めるとついにその技が炸裂する。
究極の一撃。どんな男も一度喰らえばまともに立っている事すら出来ない、女の中の女。大人の女イヴァーナの最高の技。パゲッティは白目を剥くほどに、腰が抜けるほどにそれを味わった――』
レカンタは思いのほか積極的なエレノアに動揺し、早い展開に戸惑っていた。「これは楽しめそうだ」と至福の笑顔を浮かべている。口元は笑い、目は壁の上の方を向いていた。そして、膝をつき、腕を引くエレノアが一言。刹那、彼は彼女のすることがその姿勢、いや、その構えから分かり制止しようとしたが間に合わない。
「セィャ!」
「ぎぃゃあっ!!」
エレノアは自身が持つすべての技をここに集中させ、一撃をレカンタの股間に放った。彼が白目を剥いて、腰を曲げながら悶絶し気絶すると「おおお」と驚きの表情をしている。
「うほぉ。ほんとに、白目向いて腰が抜けた。これぞ隕石の一撃。溢れ出るマグマ。そう、あたしは獣」
彼女は本で覚えたところを必死に考え次の行動へと移る。
『――、パゲッティは大地と一体化したように感じた。自分はまるでこの星になったようで、そこへイヴァーナという隕石が落ちてきたような感覚。それは一番大事な部分、そして急所へと落下し、体を粉々にした。大地の奥底で煮えたぎるマグマが外へと溢れ出たように感じた。何度も、何度も。まるで終わりが見えない中、気づくと彼はベッドに縛られていた。両手両足をベッドの四隅に縛られ、仰向けにされている。我に返ると激しい口調でイヴァーナに言った。
「くっ、イヴァーナ!? 何をする? ほどけ!」
「好きなんだろ? これからあんたには本当の世界ってやつを見せてあげるよ」
そう言い、イヴァーナはパゲッティの目を隠し、口を塞いだ――』
目隠しをされ、口に堅い布を当てられたレカンタは手足を縛っているロープを引っ張ったが無駄に終わった。エレノアは彼の股の上に跨り腰を下ろそうとしたが、パンツを履いているとはいえそこに座るのは嫌だなと思い留まる。持ってきたモジャモジャのカツラを彼の股間の上に載せ、そこに腰を下ろした。
目隠しをされたレカンタは股間に何かをのせられた後に彼女が跨ってきたのが分かった。必死に下半身を動かしエレノアを振り落とそうとしていた。エレノアは笑いながら彼に乗っていた。森でクレアと巨大イノシシに跨って遊んでる時のことを思い出していた。その時、ちょうど外で待っていたハサラが少しだけ扉を開け様子を伺ってきた。
「なんだ? 叫び声が聞こえたと思ったら……おー、おー。楽しんでるじゃねぇか。薬の成果ってやつか?順調だなぁ。誰も来ねぇし、暇だなオイ」
薄暗い部屋の中、ベッドの上のレカンタは手足をベッドの四隅から伸びたロープで縛られているように見える。激しく動く彼の腰の上に座るエレノアは、嬉しそうに乗りこなしている。そんな彼女の背中を見たハサラは扉をそっと閉めた。微かに聞こえるエレノアの声を聞きながら「まぁ、趣味は人それぞれだよな」と言いながら座り込んで時間を潰した。
『――、イヴァーナはパゲッティの腰の上で彼にくっついたまま離れなかった。彼が強く腰を上げるほどにその声は甘美なものへとなっていった。プライドの高い彼は縛られた状態に怒りを感じつつ、彼女を振り払おうと必死に体を動かした。しかし彼女はそんな男の上でただただ、甘美な歌声と共に踊り続けた――』
「ファフィファッフェウンア(何やってるんだ)!?」
「ラー、ララー、ラー……。アハハハ」
エレノアはレカンタを縛っているベッドの上でひたすら踊っていた。手を上げ、足を上げ、歌を歌いながら踊り続ける。目隠しされたレカンタはベッドのあちこちから伝わる振動を感じ取りながら上で何かをしているエレノアに恐怖を感じていた。何かを歌う彼女。これは何かの儀式なのか? そう思った矢先、突然に顔を殴ってくる彼女に恐怖し、怒り狂う。
「がふぁ! フフォ! フォホヒヘヤフ(クソ! 殺してやる!)」
『――、イヴァーナは彼が刺激に耐えられず果てる前に殴った。そのたびにパゲッティは驚き、怒り、我に返る。口の布を噛み切るほどに食いしばり彼女へ抵抗してきた。彼はそのたびに硬くなりイヴァーナが嬉しそうに叫んだ――』
「硬い! すごくいいよ! もっと!」
部屋の中から聞こえるエレノアの叫び声。部屋の扉近くに座っていたハサラは驚いた表情で立ち上がると、少し部屋から離れた場所に移動する。当のエレノアは、セリフの意味が分からず叫んだあとは疑問の顔をしていた。
「次は……。あ、そうか。これだ!」
フゴフゴと何を言ってるかわからないレカンタを尻目に、彼女はここへ来る途中に手に入れた蝋燭を持ってベッドに戻った。照明用の普通の蝋燭だ。エレノアはドキドキしていた。
「本当に、本当にこれで男は興奮するのかな? いや、今のところ本に書いてあった通りだし……、きっと大人ってそういうものなんだろう」
レカンタの股間のモジャモジャに座ったエレノアは、火の点いた蝋燭を彼に近づけていく――
『――、何度とない彼女の攻撃に耐えられなかったパゲッティはすでにヘロヘロだった。味わったことのない刺激、屈辱、そして痛みと快感。目隠しをされたままで彼は今、残された感覚に頼るほかなかった。彼女に包まれる感触、滴る感覚、重さ、吐息、声、匂い、音、振動、すべてを感じとろうと必死になる。
彼女が壁のカーテンを開けた後、何かを手に取って戻ってきたのは分かった。ベッドに戻ってきた時、その跨り方が優しかったのも分かった。彼女のクスクスと笑う声が聞こえた。そして、突然にそれは落ちてきた。ポタリと熱い何かだ。思わずうめき声を上げるパゲッティ。身をよじらせ「なんだ!?」と言わんばかりに動くと彼女が言った。
「激しく動いちゃだめよ。いっぱい出ちゃうから」
ポタリ、ポタリと垂らしていくイヴァーナ。彼は小さな呻き声を何度も上げていく。やがてそれは、小さな吐息へと変わっていった。顔を赤くして、次を待つ彼の顔。よじらせた体は次を求めるかのように彼女に向きなおされる。イヴァーナは蝋燭を近づけた彼の体に火がついたのが分かった――』
「ファッフィーー!(あっちーー!)」
「あ、こら、暴れちゃだめだよ。いっぱい出ちゃうって言っただろ!?」
エレノアは通路にあった照明用の蝋燭を使い、レカンタに熱い刺激を与えていた。レカンタはその熱さで体を赤くし何度も叫んだ。やがて呻き声に変わったが、通路の外でレカンタの叫び声が微かに聞こえたハサラがしばらくして部屋の中を調べるためにこっそりと扉を開けた。月明かりの部屋、見えるのはベッドにいるレカンタと上に跨るエレノアの背中、手には蝋燭を持っている姿だった。
エレノアが微かに抵抗してくるレカンタの上でバランスを取りつつ蝋燭を近づける。「あ、こら、あぶな……」言い切る前に蝋燭の火がモジャモジャに燃え移った。驚いたエレノアはパンパン叩いて急いでそれを引きちぎると、後ろへ放り投げた。
背後では少しだけ開けた扉からハサラが引きちぎられたモジャモジャが自分の方へと投げられたことに気づいた。何よりも焦げ臭い。
「ウソだろ……。痛そうだな。あいつ、あんな趣味があったのか? あれで興奮するとか、やべえだろアイツ」
そしてエレノアが振り返らずに叫んできた。
「ちっちゃいアンタに、まさかこーんなに大きな息子がねぇ? 立派じゃない! ちょっと!? 誰が見ていいって言った? 二人同時なら、料金も二倍だよ? もちろん、二人ずつからね」
ハサラはエレノアが言ったことを受け、ゆっくりと扉を閉めた。「いやいや。あいつ、プロ雇ったのか?」とぶつぶつ言いながら、出来るだけ部屋から離れた場所で通路を見張りなおした。
『――、イヴァーナはあらかじめカーテンの向こうに縛り付けたパゲッティの父親、ボナラ・カール・パタス二世に怒鳴りつけた。パゲッティの父は目隠しをされておらず息子とイヴァーナのそれを見せつけられている。彼もイヴァーナの虜の一人だ。その後もイヴァーナの大人の技は続く――』
※
バルタの部屋で本を読んでいた二人。大方見終わったバルタがクレアに聞いてきた。
「これさ、大人の女っていうかプロの女だよね」
「でも、エレノアってば大人の女になるんだ!って、それを参考にしてるのよ。私、毎晩寝込みを襲われて、お腹が痛くなるほどくすぐられたり、寝技をかけられたりしたの。アルが部屋に戻ってくるまでね」
「あはは。確かに声が聞こえた時あったね。遊んでるのかと思ったけど……。『指技』って、そういうことじゃないよ。エレノアってば勘違いがすごいわね」
「でも、私たちは二家族だけで人と会わずに森で育ったからしょうがないと思う部分もあるのよ。私は何年か前に、森に来た大人の女性に少しだけ教えてもらったから良かったけど……」
二人が話をしていると、扉をノックする音が響いた。
「バルタ!? バルタ? いるかい!?」
部屋に急いで入ってきたのはジーゴだった。額を流れる汗と服に滲んだそれが急いできたことを物語っていた。
「そんなに慌ててどうしたのジーゴ?」
「あ、クレア!? エレノアが! 一緒に! 仲間と」
「落ち着いてジーゴ。それじゃ、クレアに伝わらないよ」
ジーゴは頭を掻きむしりながら両手で箱を置くようにゆっくりと順番に急いで言い直した。クレアは黙ったまま聞き、バルタが取り次いでいた。
「エレノアが、怪しい奴と一緒に、人気のない方へ行ったんだ。そいつ、アニムの少女に声をかけてまくってたやつでさ。ほら、奥の魔物の箱を運んできた五人の仲間の一人」
「五人?」
「ああ。そのうちの一人はさ、すんごいヤバいんだ。この前なんかエガシが殺されそうになってさ、俺も必死で剣を振り回したんだけどさ……。あっ」
「え? 殺されそうになった? ちょっと、どういうこと?」
倉庫でのアリとの一件。『結果』はジーゴとエガシだけの永遠の秘密だが、途中経過は倉庫にいる四人で話していた。心配をかけさせまいとバルタには黙っていたが、興奮する彼は思わず口にしてしまい心配というより「何したの?」という剣幕のバルタにごまかそうと必死になる。
「あ、いや、あの、そういう雰囲気というか。と、とにかく、そんなやつらの一人がエレノアを連れてどこかに消えて行ったんだ。絶対におかしいよ。偶然に二人の姿をジュプンが見たそうなんだけどさ」
「なんで、そんなに大事なことすぐに言わないのよ!」
「ごめん」
クレアよりもバルタの方が怒っていた。ジーゴは不安と謝罪の気持ちで申し訳なさそうな顔をして体を小さくしていた。バルタはクレアに振り返り、
「クレア? エレノア大丈夫かな?」
二人が慌てる中、なぜかクレアはそこまで取り乱していなかった。立ち上がると「エレノアの居場所かぁ」とぶつぶつ言いながら何かを閃いたのか、手をポンッと叩いた。
「あのね、私ね、エレノアなら大丈夫だと思うの。彼女が本当に怖がっていたらわかるもの。怒っているときもそうだし。一緒に育ったからかな? それと私、ちょっと部屋に戻るね」
「あ、ああ」
「わかった。私たちはアルフォンスを探すわよ。頼りになる男も呼ばなきゃね」
バルタはジーゴを睨みつけながら言ったが、同時に「後で話を聞かせなさい」という言葉が目に浮かんでいた。クレアは自分の部屋に戻ると考えながらグルグルと部屋の中を歩いた。
「エレノアの居場所。自分の森なら何となくわかってた。旅をしてる時でも、たまにわかってたし。大きいとはいえ、森に比べたら遥かに小さい船だもの。もしかしたら……」
クレアは歩くのをやめ、目を瞑った。呼吸を整え森にいる時みたいにエレノアのいる方を探した。しかし、うまくいかなかった。
「うーん。やっぱりだめかぁ。出来そうな気がするんだけどなぁ」
クレアが何度か試しているうちに、部屋に戻る為に通路を歩いていたアルフォンスがバルタとジーゴと出会った。二人は事情を説明し、アルフォンスをクレアのところへと引っ張って行った。扉を開けバルタが叫ぶ。
「アルフォンス捕まえたよ! 私とジーゴは探しに行くから」
「ああ。それじゃ」
ぶつぶつと言いながら集中してるクレアはそんな三人に気づかないでいた。アルフォンスが「後は任せて」と二人に言い、部屋の扉をそっと閉める。あーでもない、こーでもないと独り言を言いながら同じところをグルグルと歩き回るクレアに話しかける。
「クレア? 探しに行かないのかい?」
「うん。私ね……わかるの。エレノアは大丈夫だと思う。でも、居場所がわからないわ。森ならわかるのに。森から出ちゃうとダメなのかな?」
「へぇ。そうだね……。じゃぁ、ここを森だと思えばいいんじゃないかな?」
「ううん。それも試した。でもだめ」
「クレア? 船に触ってごらん」
アルフォンスがしゃがみ込んで木の床を触りながらクレアに言った。彼女は言われるがまま、同じように膝をつき手で床に触れた。
「これは木だよ。森で育った立派な木だよ。偉大な魔法使いやドワーフ、いろいろな人たちが協力して作った船だけど、使われているのは古く偉大な森の木をつかったそうだよ。長い年月が経って森のように生きてはいないかもしれないけど、同じじゃないかな」
「そうね! なんだかイケる気がする! もう一回」
クレアは床に手を当てたまま意識を集中させた。木や自然から言葉を受け取るように、木でできた船からもそれを受け取れるように意識を集中させた。そして目を開けアルフォンスに、
「だめね。何か出来そうな気がするの。何かは分からないけど、こう、のどまで来てる感じ。いくら頑張っても、木から何も感じ取れないわ」
「うーん。そうだ! クレアは受け取っていたんだよね? 今度は逆にしてみたらいいんじゃないかな?」
「逆?」
「そう。受け取るんじゃなくて、自分を広げるんだ。君が自然と一体化していたのなら、森に受け入れられていたのならその逆も出来るんじゃないかな? 聞くんじゃなくて、言うんだよ」
「そういう感覚は初めてね! よし! じゃぁ、がんばってみるわ」
腕をまくったクレアの腕からかすかに文様が現れた。視界では捉えていたが気にしていなかったアルフォンス。しかし、彼女が床に手を当てた瞬間、アルフォンスは自分の過ちにに気づいた。しかし、それは既に遅く彼女は一回目でそれを成功させていた。
クレアは床に手を当てると、いつもみたいに感じ取るのではなく自分の内側から広げるように意識を集中させた。途端、種類は違うが森にいるときと同じような事が起きた。前に森でウッドエルフの二人と狩りをした時と同じ感覚だった。
そう言えば、あの時も鹿を探そうと思って意識を外に広げてたっけ……皆にお願いしたんだ。静かにしてって。鹿を見つけるぞって……
そう考えながらクレアは船そのものを意識することに成功した。同時に、船にいる全員がそれを感じ取っていた。まるで動物が体毛から水を取り除くために身震いしたかのように、船がクレアを中心に広がるように身震いした。
乗客のほとんどは「ん? 地震?」とでも言うように動きを止めた。部屋で休んでいたルカとアリは僅かな異変に気付き、警戒したが「何だったんだ?」と、特に動くことなく休み続けた。通路にいたハサラも同じように「今、何か変わったか?」とあたりを警戒していた。ベッドの上で縛られ火傷だらけ、腫れた顔になったレカンタと部屋の中にいたエレノアは、「クレア?」とだけ言い、すでに飽きた遊びを片付け始める。
クレアの隣でその様子を見ていたアルフォンスは、彼女の力にまた驚いていた。笑顔で振り返り「エレノアがいたわ。行きましょ」と言ったことで安心していた。彼が心配していたのは、魔女が彼女を察知することだった。また、彼女が魔女と繋がらないかも不安だった。予想以上に強い力で船に影響を与えた彼女だったが、何事もなかったかのように振舞う姿に安心していた。




