73 約束① 妹とペンダント
クレアは目的地である次の港へ向かう船の中で僅かな異変に気づき始めていた。
『海の羊』が中継地点の港町を出港してから数日が経っていた。いつもと変わらない平穏な日々の中、クレアとエレノア、アルフォンスが部屋の中で会話をしている。
「ねぇねぇ、アル? そういえばさ、港町で巨人と話をしてたよね。どう? どんなだった?」
一つのベッドの上で隣り合わせに座っている少女二人。その横で椅子に座ったアルフォンスがエレノアから借りた本を読んでいた。あぐらをかいて座るエレノアが興味津々と彼に聞いた。
「ん? 船に乗っていた巨人かい? 彼はあまり喋れないから、一緒にいたドワーフと話をしていただけだよ。彼らは二人でお酒を造っているそうだよ。ほら、これ――」
椅子に座っていたアルフォンスが一本だけ部屋に持ち込んでいたリッカー&ミートのラベルが貼られた酒瓶を二人に見せると、クレアとエレノアの二人はハッとした顔をした。
「あ、それ! そのラベル知ってるよ! クレアのお父さんとうちの親がよく一緒に飲んでたね」
「そうそう。お父さん、夜になるとよくそのお酒を飲んでた。それに毎年、新しいお酒が増えてたみたい」
「この二人が造るお酒は世界でも有名だからね。それに色々な味を試しては今回みたいに二人で運んだりもしているようだよ。これは新作でお礼にもらってね」
「へぇ。アルはその二人とは知り合い?」
「いや、ドワーフの彼に何回か声をかけた程度だね。昔から彼らの商品が入った木箱はよく目録に入っているからね。手伝っている時に見かけてたり、挨拶をしたりするくらいさ」
「なんだぁ。世間は狭いなぁ。ところであの二人がリッカー&ミートならさ、どっちがどっちなんだろうね? クレア」
「そういえばそうね」
「ははは。二人とも世界を旅しているのなら、二人の住んでいる所へも行くといいよ。あの土地は私もよく知っているけどね、すごくいいところだよ。特にクレアなんかは気にいるんじゃないかな? とても豊かな自然が広がる土地だからね。植物もよく育つし、動物もたくさんいるよ」
クレアが荷物の中から地図を取り出し、地図を開くとアルフォンスに聞いた。
「これ、お父さんが使ってた地図なの。どこかしら?」
ベッドの上に広げられたクレアの地図を見たアルフォンスは驚いた。彼女が持っていたのはとても貴重な地図で、この世にいくつ存在するかわからない代物だったからだ。彼は地図を手に取り、表裏をじっくりと見ると広げてあった場所に戻した。そして、
「これをお父さんが?」
「うん」
どれだけ貴重なものかわかっていない無邪気な二人にため息をついたアルフォンス。地図にある一箇所を指差すと、
「ここだよ。このあたりに彼らの家と農場があるんだ。そこでお酒を作っているそうだよ。これは行ったことがある場所を写すものだよね? ということは、お父さんはすでにここに行ったことがあるようだね?」
「ほんとね」
「そうなるね!」
「クレアのお父さんは本当にいろいろな場所を回ったんだね。これを見て驚いたよ」
「アルの暮らしてた場所もこのあたりってこと?」
エレノアがアルフォンスに聞くと、
「そうだよ。君たちが住んでいた森がどういうところか知らないけれど、ここの自然は素晴らしい。ぜひ、一度は立ち寄ってもらいたいな」
「その時はぜひ妹と一緒にあたしたちをもてなしてね!」
「ははは。そうだね。君たちがここにたどり着く前に私も妹を見つけ出さないな」
二人の会話を聞きながら地図を眺めていたクレアがアルフォンスに顔を向け、
「早くそのペンダントを返せるといいね」
「ペンダントォ!?」
大声を出して驚いたエレノアを二人が目を丸くして見つめた。
「そうか。エレノアは知らなかったね。私が持っている妹の形見のことだよ」
アルフォンスは首元から服の中に手をいれると銀細工のペンダントを取り出し彼女に見せた。エレノアが眉をうねらせ彼の手にあるペンダントをじっくりと観察してから、口を曲げアルに忠告した。
「形見じゃないよ。忘れ物! だって生きてるんでしょ?」
今度は二人ともハッとした顔をした。
「あぁ。そうだね。確かにエレノアの言うとおりだ。形見っていうのは間違っているかもしれないね。忘れ物でもないけど、エレノアはいいことを言う」
「ほんとね。ちょっと見直したわ」
「見直したってなんだよ。あたしは大人の女。もう、クレアと違っていいことを言う年なんだよ。でも、忘れ物でもないってどういうこと?」
「良い事を言う年って何よ。もうすぐ私のほうが先に十四歳になるんだからね」
最近、エレノアが港町で買った本は大人の女性と男性の話のものだった。クレアもしばらくはそれを借りて読んでいたが、途中からその物語の本当の意味がわかった。顔を赤くして読むのをやめたクレアに対してエレノアは「純真無垢な少女は困るねぇ」等とまるで物語に出てくる女性のような物言いをしてきた。
それからというもの、書いてあることを試そうと度々襲ってきたのだ。暗い部屋の中、アニムの少女は音もなく薄着の少女を襲ってきた。この時にクレアは、エレノアが本当は意味を理解していないことを知った。それでも彼女は人間よりもわずかに早い成長のせいで、大人になろうと躍起になっている。それはクレアもアルフォンスから教えてもらい理解はしていた。
褒められながらも子供扱いされていたことでエレノアはベッドからスルリと降り床をペタペタ、腰よりもしっぽを艶かしく動かし背後の二人に見せつける。そのままもう一つある自分のベッドへと腰掛けると、足を組み直した。船内の広間で見た、大人の女性が男性を見るときにしていた仕草を真似た。
「ははは。これは私の物なんだけどね。カギが掛かっているんだよ。開けられるのは妹が掛けた合言葉だけ。でも、その言葉を聞いていないんだ。だから、忘れ物というのなら妹が私に伝えなかったカギを受け取らないとね」
「何だそれ! なんか、あたしの胸をウズウズさせるよ」
「素敵。合言葉って何かしら」
口を曲げ、眉毛を動かし、目を上へ上げたエレノアが一生懸命に考えてはいろいろな合言葉を投げかけていた。本で読んだ冒険物に出てくるような言葉や恋愛小説に出るような言葉まで。しかし、アルフォンスは首を振り笑いながらエレノアの頭を撫でた。
「あたしも欲しいな」
「大きな街に行けば手に入ると思うよ。別にそこまで貴重なものではないからね。そうだクレア? そろそろ一緒にどうかな?」
「そうね。一緒にいきましょ。エレノアはどうする?」
「んー。あたしは昼寝したら調理場に向かうよ」
「わかった。じゃぁ、また後でね」
※
クレアとアルフォンスは、いつものように動物たちのいる場所へ様子を見るために向かった。肩を並べ通路を歩きながらクレアが彼に聞いた。
「アル? 動物たちの事なんだけど」
「どうしたんだい?」
「あのね、この前の港を出てから、動物たちが落ち着かない様子なの。何かに怯えているっていうか、不安がってるっていうか……」
「おや。やっぱりクレアは気づいたんだね」
「何に?」
アルフォンスが立ち止ると並んで歩いていたクレアも足を止めた。
「実は先の港で載せた積み荷の中に、少し危険な物が混じっているんだよ。普段はそういったものは運ばないんだけど、厳重に守られているから大丈夫だよ。ただ、動物たちには気取られているみたいだね」
「危険な物?」
「うん。私も中身を実際に確認をすることは出来なかったけど、どうやら研究用の魔物を運んでいるようだ」
「魔物!? 逃げ出したりしないのかな」
「箱を見た限りじゃ厳重にされていたし、暴れている様子もなかったから。それと収容されているのは一番奥の危険物の区画に隔離してあるからね。箱から出たとしてもその場所は檻になっているから大丈夫」
「そう……。あ! それじゃ、あの四人がいる所ってこと?」
「そうだね。でも、彼らは意外と身軽なんだよ。あんな体格をしている割にはね。それに何か異変があればすぐに双子の警備に報告するし、ここまで来ることはないよ。大丈夫」
「それならいいんだけど――。魔物はアルでは抑えられない?」
返答に困ったアルフォンスが珍しく顎に手を当て、天井を見上げるように考えていた。クレアには魔法を使える彼がここまで悩むとは思わず、その様子に新鮮さを感じた。
「うーん……。小型から中型の魔物なら人間が数人いれば対応できるだろうね。もちろん準備は必要だし、相手のことを知った上での対策ならね。大型でも知り尽くした相手なら少ない人数で捉えることも可能だし、今回の魔物が一体何なのかにもよるかな」
「熊くらいの大きさになると大型?」
「そうだね。もっと大きいのもいるけど、その手の感覚は動物と同じでいいと思うよ。ただ、大きさにかかわらず独特な技を持っているからね」
二人は話しながらゆっくりと歩き始めた。
「でも、アルには魔法があるでしょ? それに、人間が数人いれば抑えられるって言うのなら、きっとアルが一人いれば大丈夫ね」
「はは。クレアは私をかなり過大評価しているようだね。魔法が使えるとはいえ人間一人で得体のしれない魔物を相手にするのは無謀じゃないかな。でも、すごく嬉しいよ。その時は君を守るよ」
アルフォンスはクレアが抱く自分への信頼に、笑って応えていた。頭を撫でられたクレアは、どうしてアルフォンスが謙遜するのか納得がいかず不貞腐れていえる。頭をポンポンと優しく叩かれて嬉しい気持ち緩むほっぺたと、納得がいかない頭で葛藤しながらも一緒に歩いて行く。
※
倉庫区画では四人がいつものようにテーブルでカード遊びをしていた。ラニ、ジュプン、ジーゴ、エガシのそれぞれがカードを手に真剣勝負をしている。「たぁ、くそ!」とラニが持っていたカードをテーブルに叩きつけた。
「また俺が一番に負けちまった。お前らもちょっとは手加減しろよな」
ぼやくヤニを他所に、三人は手元のカードに向けた視線をちらりと彼に向けいつものように鼻で笑った。時間を持て余したラニは、手を頭の後ろに回し椅子によりかかりながら倉庫の奥の方へと視線を向けていた。
しばらくの間は黙々とカード遊びをしていた四人だったが、次第に話題の中身が奥にある危険物の箱へと変わっていた。
「なぁ、危険な魔物って何だろうな? お前たちは気にならないのか?」
また時間を持て余しているラニがみんなに問いかけた。ジーゴが、
「気にはなってるよ。でもなぁ。あんだけ厳重にされてたら中身なんて見えないしな。それに何日か経つけど鳴き声一つ上げやしない。おとなしいもんだよな」
カードを見つめていたジュプンが、ジーゴの顔をちらりと見つめ眉を片方だけ上げると、
「確かに。誰か聞いたか?」
三人が箱のことを考えているのがわかる程に一旦静かになると、全員が同時に首を横に振る。ラニが立ち上がった。
「なぁ、ちょっと調べてみようぜ? 開けなきゃいいんだからさ。耳を当てれば何か聞こえるんじゃないのか?」
カードを手にした三人が眉をひそめ、唇を曲げしばし悩んだ。ラニは何も言わない三人にしびれを切らし一人で先に奥の方へと向かってしまった。彼を引き止めるように立ち上がった三人だったが、結局あとを追いかけ最奥の箱の所へとたどり着いた。後ろを振り返ったラニが呆れた顔をしている。
「何だお前ら。結局は気になるんだろ? しっかしでかい箱だなぁ。これなら熊でも入りそうな感じだな」
中身を知らないラニ、ジュプン、ジーゴ、エガシは魔女の入った大きな木の箱を見ていた。
それは、熊が一頭立ち上がらなければすっぽり入る程度の物だった。人が入れいるように扉があるが厳重に鍵がかかっている。箱自体は倉庫区画の奥、貴重品や罪を犯したもの、扱えなくなった動物などを入れるための檻の構造になった場所に入っている。格子の鍵は四人が持っていた。皆の制止を振り切り中に入ったラニが、
「おい、運んでるときは手前、あまり気にしないようにしてたけどさ。生き物が入ってるのにこんなに密閉してていいのかな? 誰か餌や水をあげにきたか?」
結局ラニと一緒に箱の傍まで来た他の三人は何も言わず箱を隅々まで調べた。顎に手をやるジーゴがラニの問に答えた。
「扉だけだな。まぁ、研究用だし。もう死んでるのかもしれない」
「じゃぁ、危険じゃないよな。泣かないし、餌もいらないし、おとなしいし、生きてるのかもわからない。中身が気になるな」
ラニがそう言いながら箱をバンバンと叩いていると、中からゴトりと音が聞こえた。
「うわぁ。何かいる!?」
「「あはははは」」
ラニの様子に笑う三人。ふてくされた顔をしたラニが箱に顔をくっつけ、耳を澄ますと他の三人もそれに続いた。小さな声で、
「なにか聞こえるか?」
「しー。ほら、鳴け。鳴くんだ。なんの魔物が当ててやる」
しばらく聞き耳を立てていた四人だが、ジュプンがこっそりとラニに近づき突然に彼の方を鷲掴みにし悲鳴を挙げさせた。
「うわぁっあああ」
全身をビクリとさせ驚くラニを見て大笑いする三人。これ以上調べても何もわからないと考え先に檻から出るため外へと向かった。ラニは諦めきれず、手で箱をなぞりながらもう一度ぐるりと一周し始めた。
エガシとジュプンは既に背を向けテーブルのある倉庫区画の入り口へとあるき始めていた。ジーゴは鍵を手に持ったまま呆れた顔で箱の死角に入ったラニがまた見えるようになるのを待った。
しかし一向に出てこないラニにしびれを切らしたジーゴは、ヤレヤレといった感じで彼のいるであろう死角、箱の裏側へと向かった。
「ラニ!?」
ジーゴはうつ伏せに倒れたラニの元へ駆け寄り肩を揺さぶった。悪い夢を見ている途中で起こされたような、混乱し動揺した様子のラニが悲鳴を上げながら、
「アアアア! ああ? あ、あ? ジーゴ? あれ?! 黒い靄は」
「モヤ? 大丈夫か?」
「え? あ、うん。何だったかな。何か黒い煙みたいな、靄みたいなものに頭を掴まれたと思ったら」
「とりあえず離れよう。ほら」
ジーゴはラニに肩を貸し、外へと向かった。悲鳴を聞いたジュプンとエガシも走って戻ったが、青ざめた顔のラニを見て心配した。
倉庫の入り口にあるテーブルへと戻った四人。ジュプンが怯えるラニの肩に毛布をかける。ジーゴがラニに何があったのかを聞いた。彼が覚えていたのは、箱の隙間から出ていた黒い靄が突然、自分の顔をめがけて伸びてきたこと。包まれたあとのことは曖昧で、なにか女性のような声が響いていたこと。ジーゴに起こされた時には脱力感にみまわれていたことだけだった。
「黒いモヤ? そんなの出す動物がいるのか?」
エガシがラニが襲われたことに怒りを覚えたままジーゴに問いかけた。
「いや、魔物だからな。何かそういうのもあるんじゃないのか? そうだ、アルフォンスさんに聞いてみようか。あの人なら何か知ってるかも。俺、ちょっと聞いてくるよ」
怖さからか、寒さからか、どうして震えているのかも分からないラニも他の二人と同じようにジーゴに手を振って見送った。しばらくして帰ってきたジーゴがアルフォンスから聞いた話を伝える。
「彼も黒い靄を出す魔物や動物は知らないって言ってた。まぁ、ふざけて近づくなってことさ」
それを聞いて少し後悔したような表情を見せる三人。見回りや、掃除、運動を済ませ夕飯を食べてからは体調の良くなってきたラニが「それじゃ」とカードを取り出し、いつものように遊び始めた。かれこれ数時間すると、一人、また一人と眠り今はエガシとジーゴがテーブルに座りのんびりとしていた。
「なんかさ、今日は寒くないか? 見ろよ、息も白いぞ」
エガシが身震いしながら自分や先に寝た二人に毛布をかけた。ジーゴがお湯を沸かし始めると、そのすぐそばにはアルフォンスが立っていた。
「これで少しは暖かくなるかな? まぁ何かあったら次はアルフォンスさんを呼ぶさ。ラニも戻ったし。俺たちも気をつけよう」
目の前にアルフォンスがいるのがまるで見えていないかのようにジーゴがテーブルにいるエガシに話しかける。
それを確認してからアルフォンスは二人を通り過ぎるように倉庫の奥へと歩いていった。後ろからは二人の声が聞こえ得る。
「はぁ、寒いな」
「うう、なんでこんなに冷えるんだ?」
■魔物 動物と魔物。怖い、大きい、凶暴というだけで「魔物」と呼ぶ人も多い
■アルフォンス 40代 男性 頭に布を巻いて髪を後ろに流している。皆が口を揃えて言う、「ハンサムな人間」「温厚で魅力あふれる」「クレアと並んでると親子みたい」
■エレノア 猫の獣人 もうすぐ14歳 クレアより少し遅い。最近はやたら「あたしは大人の女」と主張してくる。夜になるとクレアを襲うが。。。




