72 船旅⑤ 寄港
中継地点の港に着く頃
クレアが気がかりなアルフォンス
港では彼らが待っている
『龍の喧嘩』呼ばれる海域を通り過ぎてから数日、アルフォンスは以前よりもクレアと一緒にいる時間が増えていた。彼女が心配している事とは別に、彼の頭の中は自分の精神魔法が効かない少女への好奇心で満たされていた。
今日も動物たちを落ち着かせたり、眠らせたりするために二人で動物たちの部屋を訪れる。アルフォンスは少女と一緒に行動することでもう一つの発見をしていた。
「大丈夫! 誰もいないわ」
通路に誰もいないことを確認したクレアの掛け声で、アルフォンスが空中に手を差し出して魔法を使った。その範囲は"部屋の中の全て"になる。彼は自分以外の生き物全てに眠りの魔法を使った。
「皆、すごく気持ちよさそうに寝るのね。いいなー。私もそういう風に魔法を使ってみたい」
「クレアだって魔法を使ってるじゃないか?」
「え? どういうこと?」
子供をあやすようにアルフォンスが隣に立つクレアの頭に手を置き笑顔で、
「クレアと一緒に回るようになってから、動物たちに使ってるのは眠りの魔法だけなんだよ。落ち着かせたり、おとなしくさせる魔法を使うことはほとんど無くなったね。私が魔法ですることを、クレアは何もせずにやってるんだからね。私からしたら魔法みたいなものさ」
納得のいかないクレアは悩んだ顔をしたまま、頭に置かれたアルフォンスの見えない手を見上げる。
「クレアは魔法を使う私の傍にいて、何ともないのかな?」
「大丈夫。でも、どうして?」
「いや、好奇心だよ。魔法には対象をしぼったものや、範囲で使うものがあるんだ。私はこの子達だけに対象をしぼってるけど、魔法を使う立場としてはまだまだ未熟だからね」
「アルが未熟? 面白いこと言うのね」
クスっと笑うクレアに、アルフォンスも笑顔で応える。内心では「クレアも含めて全員に眠りの魔法をかけたんだが……」と、彼女の抵抗力に呆れるように笑っていた。彼はここ数日間、同じように何度もクレアに対して眠りの魔法を試していた。しかし、彼女にはまるで効いている様子がなかった。
翌朝、クレアとエレノアが目を覚ましベッドの上で背伸びをしていると部屋の扉が開いた。入ってきたのはアルフォンスで、片方の手に冊子を持っていた。
「二人ともおはよう。今日もよく眠れたようだね」
「ふあぁ。おっはよ、アル」
「おはよう、アル」
「今朝はいい天気だよ。きっと二人が朝ごはんを食べる場所からなら遠くに港が見えてくると思うよ。それと、これ――」
アルフォンスは持ってきた冊子を、ベッドに座る二人に手渡した。大きさは手のひらくらいの長方形の物で紐で綴じてあった。紙は丁寧に半分が切り取れるようになっていて、中央に割印が出来るような枠が二つ。エレノアはパラパラとめくり、クレアは表と裏を見ながら順番に中身を開いて行く。
「何なのこれ?」
「切り取れるようになってる」
「それは、今回の港町で二人が使う通貨みたいなものだよ」
「ほえー」
「ふぅん」
「二人ともどうやってこの船に乗ったか覚えてるかな?」
「う……。ど、どうだったかな」
「あはは。とぼけないでよエレノア」
「ははは。すまない。誤解させたかな? 私が言いたかったのは、君達が乗客ではなく船の仲間として乗り込んだ以上、働いた事に対して報酬が出るって事さ。これから停泊する港町は二人の目的地ではないけれど、必要な物があればそれを使うといいよ」
アルフォンスは、クレアとエレノアの二人に冊子の使い方を教え終わると、動物たちのいる区画へと向かった。クレアは着ている白い下着、すでに長旅でくたびれたその下着を自身の体から引っ張るように見つめた。
「そうね。これ、そろそろ買い換えないとね。エレノアはいいわよね。いつも濃いのを着てるから」
「にゃはは。クレアも黒いのにしたらいいのに? 汚れても気にしないで済むよ? それに大人の女は黒い服が似合うんだよ」
エレノアがいつものように眉毛と尻尾をこれ見よがしに動かす。クレアは、
「私、髪の毛が黒いのに服まで黒くしたら真っ黒になっちゃう。それにエレノアは手も足もほとんど出てるもの。気楽でいいわね」
「クレアってば、いつも色々重ね着してるもんね? あたし達アニムって服とかあまり気にしないしね。旅をしてて分かったんだけどさ、会ったアニムって皆が薄着って言うか……、半袖短パンばっかりだったね」
「あはは。確かにそうかも。特徴の強い人ほど身軽な服装だったわね」
二人はいつものようにドアの前に置かれた食べ物の入った籠を持ち、船の外にある見晴らしのいい場所へ向かうと朝ごはんを食べ始めた。しばらくして、
「クレア! 見てみて! 町が見えてきたよ」
パンを咥えながら首を長くしたエレノアが、遠くに見え始めた港町の一部を指差す。背筋を伸ばしクレアも遠くを見るために目を凝らした。
「あ、見えた! この感じだと昼ぐらいには降りられるかな? ずーっと海しかなかったから距離感がわからないね」
「ホントだよ。でもさ結構早いんだよね、この船さ」
「そうなのよ。不思議よね? 顔に当たる風なんかほとんど微風なのに、マストに登った時は気持ちのいい強い風が吹いてるの。この船を作った魔女や魔法使いってすごいのね」
「ほんとだよ。街の魔女っていうのはすごいね。それに比べてさ、森に住む闇の魔女ってほんと怖かった。二度と会いたくないや」
クレアは自分で振り始めた魔女の話が森の魔女のことになると、エレノアのさりげない一言がまるで自分に言っているように聞こえ、胸が少しだけ痛くなった。
「どしたの、クレア?」
「ううん。何でもない……。それより買い物が楽しみね!!」
「うん! 時間たっぷりあるかな!? 色々見て回るぞ!」
「そうね」
それから数時間後、エレノアが叫ぶ横でクレアが笑いながら作業を手伝っていた。
「ちっくしょぉぉーー!」
「あははは」
港町についた「海の羊」には仕事が沢山あり、錨を降ろしてすぐに観光とはいかなかった。まずは積み荷を降ろす作業を手伝っているクレアとエレノア。それぞれが木箱を両手で抱え持ち、肩を並べて歩いていた。荷物を運びながら船の下に見える港の様子を伺っていたエレノアが突然、
「クレア! 見て! あの時の巨人だ! でっかい。あはは、そばにいるアルが小さいや。あたし達より背が高いのに、あんなに小さく見える」
木箱を床に置き縁に身を乗り出したエレノアが指さす先では、たくさん積み重ねた木箱の隣で巨人とアルフォンスが話し込んでいるように見えた。巨人の影になっていて最初は気づかなかったがよく見るともう一人、ドワーフが居ることに気づいたクレア。
「あれ? 見て。ドワーフもいる」
「あははは。何だあれ? 町で見かけたドワーフも小さかったけど、あははは! 豆粒みたいだ」
「あはは。もう、それは良いすぎよエレノア。聞こえたらどうするの」
「聞こえるわけないよ。おーいっ!」
身を乗り出したエレノアが手を大きく振ると、クレアも一緒に手を振る。手を振る少女二人とアルフォンス達の距離は遠く、呼ぶ声は聞こえるはずもなかった。しかし偶然に巨人が二人の方を見つめると、
「あ! こっち見たよ」
「気づいたのかな!?」
遠い距離だったが二人とも笑顔で巨人に手を振った。船の上から手を振る少女に気づいた巨人の顔が笑顔で包まれた。腕を上げる仕草は多少の戸惑いが見られたが、彼はその腕の大きさとは裏腹に小さく手を振った。
ちょうどその時、エレノアを呼ぶ声がした。二人と同じように荷物を運んでいたバルタだ。手伝ってもらうためにエレノアの名前を呼んでいた。
「はいよっ! ちょっと先に行くね、クレア。はいはいはい! 今行くよー!」
「うん」
木箱を抱えて走っていくエレノアの背を見送ったクレアは、すぐに巨人の方へと振り返る。彼はまだこちらを見つめていて、クレアと目が合うとまた満面の笑みに変わった。足元ではアルフォンスとドワーフが話をしている。二度見するように巨人を見上げるドワーフは彼の足を蹴った。巨人がそれに気づき二人の方へ向くと手振り身振りで何やら伝えている様子だった。
何度か自分のことを指さしているように思えたクレアは「なんだろう?」とその様子をしばらく伺おうとしていたが、今度はバルタとエレノアの両方から名前を呼ばれた。
「クレアー! やっぱ二人じゃ無理。こっち来てー!」
クレアは木箱を抱え直すと二人の元へ急いで向かった。入れ違いで彼女の居なくなった場所を巨人とドワーフ、アルフォンスの三人が見る。小さなドワーフが笑いながら、
「わはははは。どこにいるって? お前さんまだ眠ってるんじゃないのか? まさかこんなところにいるわけがないだろう。わははは。それに生まれた時にしか会ったことがないのに、なんでわかるんだ?」
「アウゥ」
「知り合いでも居たのかな?」
「そうみたいだの。ワシらの友人の子を見たって言うんだがな。そもそも、生まれたばかりの、こーんな小さい赤ん坊の時にしか見たことがないのに、本人がいたっていうんだ。いるならワシも会いたいのぉ。まぁ、気にするな。お前さんも寝ぼけてるんだろ?」
「ウウ」
巨人は指を咥え不服そうな顔で船の方を見ていた。
「まぁ、彼にはほとんど眠ってもらっていたからね。ところでこれ、お代はいいのかな?」
「ああ、いいとも。お礼じゃて。あんたのおかげでこいつも安心して船に乗ることが出来たんだし。むしろ一箱でスマンのぉ。ワシらの新作だぞ? ゆっくり味わってくれ。といっても、独り占めするなよ? わははは」
「ははは。飲むのが楽しみだよ。君たちのお酒は評判が高いからね」
「そうか? そうなのか? わはははは。じゃぁ、ワシらはこれで行くかの。まだまだ遠い道だからの。ほら、行くぞ」
「ウウゥ」
「まだ言うか? だったらその子は持っていたか? ワシらが作った子供用の――」
名残惜しそうにする巨人を、話ながらも小さい体で引っ張るように連れていくドワーフ。二人の後ろ姿を微笑ましく思いながらアルフォンスは「リッカー&ミート」と書かれたラベルの木箱を抱え、瓶がぶつかる音を鳴らしながら自分の作業へ戻るために船へと帰っていった。
※
港町にクレア達が乗る「海の羊」が到着した頃、町の外れにある森。海沿い高い崖の上では、街の様子を見張るようにキャンプをして船の到着を待ってい五人組がいた。近くの森で、光の魔女を捕まえた男達だ。
リーダーのアリが町を見下ろしながら、
「予定より遅かったな。残りの手続きは任せたぞレカンタ」
「ああ。ばっちり。今回はちょぉっと危険な魔物を運ぶってことにしてるから。乗船するのも最後ってことにしてるよ」
「あぁ? まぁだ、ここで待つのか? クソ。お前もそろそろ我慢できなくなってきたんじゃないのか?」
アリとレカンタの会話に、目つきを更に悪くしたハサラが割り込んできた。一見物腰柔らかそうなレカンタだが、実際は五人の中では一番不気味だった。何をするにも笑顔の彼は、ガラの悪い仲間にとっては都合のいい人物だった。
「ハサラは誰でもいいんだろ? まぁ、黒髪っていうのが好物なんだろうけど。その点、俺にはこだわりがあるからね」
「何がこだわりだよ。少女好きの変態じゃねぇか。お前のその笑顔はマジで気持ち悪い」
「そうかな? それにさハサラ? 俺は少女が好きっていうんじゃないよ。アニムのさ、出来たら耳とか尻尾とか鼻とか、人と獣人の両方を兼ね備えた子、そういう子が好きなだけだから」
「そう言っていっつも狙ってるのは少女ばっかりじゃねぇか。やめろ、その妄想して喜ぶ笑顔見せてくるの。マジで気持ち悪い」
「それなら君の方が趣味が悪いじゃないか。俺のは『向こうから喜んで迎え入れるんだから』まだいい方じゃないか。君のはその真逆だし、聞いてて胸糞悪いよ」
「ああ? あの瞬間をわからねぇなんて。お子様はお子様好きなんだな」
「あはは。お前の飲み物に"入れて"やろうか?」
「上等だ」
レカンタとハサラがいつものように罵り合う中、崖に立ったままアリは静かに町を観察している。二番目に背の高いシルツは自分の盾と剣をひたすらに磨いていた。中肉中背のルカも、自慢の大楯を磨きながら二人の喧嘩を見守っている。
数日後、船が全ての積み荷を運ぶ終える頃に合わせて彼らは町へとやって来た。他の乗客と同じように船へと乗り込んだ。魔女の入った箱は外側に二重の箱を重ねるようにしていた。熊が一頭入りそうな大きさになった木箱を、中身を知らないラニ、エガシ、ジュプン、ジーゴが運び入れる。名目は『研究用の魔物:超危険』となっていて警備のラヒトとレヌトも何人かの部下を引き連れ見守った。
レカンタは監督としてそんな彼らと共に作業を手伝っていた。魔女の箱は倉庫区画の奥深く、危険物を扱う部屋へと置かれていた。中ではギリギリで生かされている魔女が静かに、ただひたすら静かに逃げ出す機会を伺っている。
そしてその夜、海の羊は港を出発した――。
■ クレア 黒髪13歳 森で育った少女 魔女と闘ってから腕と脚に模様
■ エレノア 幼馴染13歳 猫獣人 茶髪 元気 料理が得意(盛り付け以外)
■ アルフォンス 船で出会った男性40代 魔法が使えるが周りには秘密 妹を探している
■ バルタ 隣室の女の子 副料理長 20代 引き締まった標準体型 カールした髪
■ キャロ 隣室のバルタの母 料理長 40代THEお母さん 料理人で一番大きい
■ ラヒト 警備双子の兄 アニムだけど鼻が利くだけ
■ レヌト 警備双子の弟 アニムだけど鼻が利くだけ
■ 五人組 森で光の魔女を襲った人間
■ アリ リーダー 死んだ目 背は高め 整った体格 剣
■ ハサラ 目つき悪い 一番背が高い 頬骨 斧槍 女性をみてニヤニヤ
■ レカンタ 笑顔 少女好きで特にアニム 細く低い身長 物資担当
■ ルカ 中肉中背 大楯 鼻も顔も体も丸い 目があいてないくらい細い
■ シルツ 二番目に背が高い 筋肉に薄い脂肪の普通の体型 剣盾 眉より警戒顔
■ 光の魔女 森で捉えられた 寿命直前で力は弱かった 水を操る
■ あの方 ????
■ 獣人 目や耳、鼻がいいことが多い。恥ずかしがるといった行動は少なく、薄着が多い。




