71 船旅④ 少女の力
船旅数日目
寄港前の出来事
寄港先には……
巨大船『海の羊』が進んでいるのは、『龍の喧嘩』と呼ばれる轟音と共に雷と激しい雨が降り注ぐ海域。
空は灰色の雲で覆われていて、しきりに雷が降り注ぐ。まるで龍の思い浮かばせるそれは雲から雲、または海へ落ちたかと思えば、時折、雷同士がぶつかり光の爆発を起こしたかのように目から景色を奪うこともあった。
そんな海域を通過する船の中では、外に出ることが出来ない人達がそれぞれの方法で時間を潰していた。大小さまざまな広場で歌い、音楽を奏で、踊り楽しむ者。会話や遊びに夢中になる者。読書や運動をする者。いつにも増して、船の中は混んでいるように思えた。
不思議なのは丸い窓から見える外の景色とは裏腹に、船の中は静かなことだった。多少、声が届きづらくなってはいるものの、船の中に届くのは光とはるか遠くから聞こえるようなバリバリといった雷の音だけだった。クレアは視線を窓から前に居る三人へと戻す。料理長のキャロが、
「じゃぁ、三人ともよろしくね。メモに書いてるものをここの階に上げておいて。昇降機は積みすぎると上がらなくなるから無理しないようにね」
食材などの運んでほしい物を書いたメモをバルタに渡す。「わかった」と歩き始めるバルタに、クレアとエレノアも一緒についていった。三人が向かうのは階下の倉庫区画で、寄港する前に不要になる食材を減らすことが目的だった。
「うわぁ、クレア? 外見てよ。すっごいなぁ。なんだあれ、雷ってあんな方向に飛ぶのか。まるで生き物みたいだよ」
通路にある濡れた丸窓から外を覗くエレノア。鼻や頬がくっつくほどに近づけた彼女の顔は、雷の光で照らされている。
「家にいたころは、雷なんてほとんど見たことないもんね。この船に落ちたりしないのかな?」
「うわっ! そうだよ!? 大丈夫なの? この船」
二人の話を聞いていたバルタが笑いながら説明をする。
「あはは。大丈夫だよ? この船はなんたってかの有名な巨大船『海の羊』だからね。そっか、二人は知らないのかな? この船にはね、魔女や魔法使いの技術と知恵が詰まってるんだよ。ほら?」
バルタが突然、窓を開けるとそこからはパラパラと弱い雨が飛び込んできた。うねる雷、落ちる雷、ぶつかる雷、海面を走る雷、色々な光が飛び込んでくる中で開いた窓から顔を出し、恐る恐る外を覗いた二人があることに気づいた。
「あれぇ? 思ったより激しくない? 音もなんだかこもってる……クレア? クレアー!」
「え? あぁ! そうね!」
バルタが窓を閉めると再度大笑いをした。大声で話す二人の様子が面白く、指で眼から笑い涙を拭きとると、
「あはは。ごめんごめん。声が通りずらかったでしょ? まずはそれのことね。風の魔法のおかげらしいわ。詳しくは分からないけど、それが雨と音を防いでくれてるんだって。その代わり、私たちの声も通りずらくなってるわ」
「そうなのか!」
大きい声で会話していたエレノアがそのままの音量で喋ると、驚いたクレアも笑った。少し顔を赤くしたエレノアが続ける。
「他には?」
「あはは。もう、エレノアってば本当に面白いよね。えっと、それと雷。船の先端と、首尾、マストの天辺に仕掛けがあって雷が落ちても大丈夫なんだって。たしか雷を蓄える鉱石っていうのがあって、それに溜まるんだってさ。むしろこの雷を獲りに船が出るくらいだからね」
「ええ!? 雷を獲りにくるってこと? うへぇ……」
「エレノアは雷が嫌いだもんね? ましてや蛇も苦手だし。さっきの見た? 海の上」
「あはは。そう言われれば確かに蛇みたいに見えるね? クレアの言うことはまちがっちゃいないよ。ほら、見える? あそこの海を見てて――」
バルタが窓の先の海を指さすと、ちょうど空から雷が落ちてきた。そして、小さな細い光が海原をたくさんかけていく。その様子にエレノアが、
「ぎゃあああ。クレアのせいだ! クレアのせいで、蛇にしか見えなくなったじゃないか!」 うわああっ! きもぢわるいぃー」
「「あははは」」
エレノアが自分の両肩を抱き、居もしない足元の蛇を飛び跳ねて避けるかのようにバタバタすると、目を合わせた二人が大笑いする。その様子にエレノアが下あごを突き出し「ふん!」と身震いしながらもくっつきついていく。
階段を降りて食糧倉庫区画に来た三人。メモに書いてある食材や物資を集め、昇降機に運ぶ。そこには四人の男性がテーブルでカードを使って遊んでいた。一人の若い男が話しかけてきた。
「おや、バルタ……と、クレアにエレノアだったかな。今は四人揃ってるから、結構運べるよ」
「ホント? じゃぁ、これなんだけど。一緒に揃えてくれる?」
「ああ、構わないよ……。って、これ多いな。そっか、もう港に近づいてるのか。おい、みんな? 手伝ってくれ」
メモを見た男性達も一緒に荷物を昇降機へと運ぶ。彼らが居た場所の少し奥には、数人で押し歩いて回す木のハンドルがあった。立ったままその場で回すハンドルもあり、それで昇降機を上げるのがわかった。エレノアがそれを観察していると急にクレアの元へ走ってきて小声で、
「クレア! クレア! みてみて! あれ! きょきょきょ、巨人だ!」
手でふわふわと何か丸い物を表現してるのかと思えば「大きい!」ということを伝えたかったらしく、言葉よりも口が先にパクパクと動いていた。二人とも初めて見る巨人。といえ見えているのは床に寝そべり眠っている巨人の足だけだった。
「見て! 足だけでこんなに!」
「あはは。私も」
二人は眠っている巨人の足の横に並んでは、その大きさと自分を比較しては小声で笑っていた。それに気づいた男性が笑顔で、
「はは。静かにね。起き上がると三メートルはあるぞ。優しい奴なんだが、なんでも自分たちの作った商品を運ぶ為、この船に乗ったみたいだ。次の港で降りるそうだよ。アルフォンスさんが定期的に眠らせてくれるんだ。といっても、そんなことしなくてもほとんど食うか寝てるかだけどね」
「ひひひ。降りるときにも見てみようよ? ね? 立ち上がったところ見てみたい」
「そうね! こんなに大きな足だもの。きっと、すごい迫力よね」
クレアとエレノアにバルタ、それと倉庫の昇降機担当の男達はメモに書いてあった荷物を運び終えた。男たちが「ふぅ」と一息、そのままテーブルの席に全員が戻ると何やら怪しい顔つきでバルタを見つめてきた。腕を組み、仁王立ちしているバルタが最初に話しかけてきた男にあごを突き出すように、挑戦的に問いかける。
「貴方たち、前より体は鍛えられたのかしら? これだけの荷物よ。四人がかりでやっとって感じ?」
テーブルを囲うように座っていた男達は椅子を持ち、向きを変えると全員がバルタ、クレアとエレノアの正面になるように座り直した。彼らは腕組をしたままにやりと笑う。そして、一人が椅子から立ち上がると肩を揺らし歩いてくる。
「俺はラニ。まぁ、さっすがに俺一人じゃ無理だろうけど。まぁ、見てな?」
本来なら数人で歩きながら押して回すハンドルを、四人の中では一番体の小さいラニが押し始める。
「ぬぎぎぎぎ!」
ラニは歯を見せ食いしばり、顔を真っ赤にして押す。昇降機がわずかに浮いた気がした。
「はぁはぁ……」
「すごいじゃない? ちょっと動いた気がする」
バルタの一言に、満足そうに決め顔で応えるラニ。するとテーブルから二人目が立ち上がり、格好つけた顔でわざとクレアとエレノアの近くを通ってきた。二人を見降ろしながら眉毛をクイッと上げ堂々と歩いてく。ラニの次に体の大きい男はジュプンと言う名の男で、荷物を運んでるときも無口で手伝ってくれた。彼は腕をぐるぐる回しながら気合を入れると、今度はラニとジュプンの二人でハンドルを押し始めた。
「ぬぎぎぎぎ」
「ぐうううう」
ガタン
わずかに浮いた昇降機が、ドスンと落ちた。その様子を見た残りの男性二人はごくりと唾をのんだ。これはいつもより重く大変だ、と再認識する。
「はぁ はぁ」
「ふぅ ふぅ」
「もう。格好つけた割に、ちょっとしか変わらないじゃない、ジュプン」
テーブルでは、冷や汗を一滴垂らす男二人が目を合わせ言葉を交わさずに仕草で会話をしていた。「俺が行くか?」「俺が行く」「お前の番だ」と言わんばかりに顎や目、眉毛で譲り合う。片方が深くうなずくと、その三人目の男性は立ち上がった。
キラキラした目で見つめてくる二人の少女を観察する三人目の男の名はエガシ。身長と体格、程よい肉付きは四人の中で一番体を大きく見せていた。彼のせいで他の三人はあまり大きく見えない程だ。
エガシのはにかんだ顔は、微かに頬を赤く染めていた。男らしく腕をまくると、深く息を吸い大きい上半身をさらに大きく見せた。どっしりと歩くその姿はゆっくりそして、堂々としていた。その期待にエレノアの尻尾はうねうねと動き回っている。
エガシはなぜか、ラニとジュプンが待つハンドルではなく昇降機に向かっていた。そして三人の女性をエスコートするかのように昇降機の空いた隙間に「どうぞ」と手を添え腰を軽く曲げた。
「あら? 二人がかりであれだったのに? お優しいこと」
「いけるんか! いけるんか!?」
「いいの? あまり無理はしないでね」
テーブルで待機するのは四人目の男性のジーゴ。三人が倉庫に来た時、最初に話しかけてきた男だ。彼はまさかの追加重量にゴクリと唾を飲みテーブルをガタっと鳴らした。その手に汗を握り、エガシと他の二人を見守る。一人目のラニ、二人目のジュプンがハンドルに手を当て準備する中、三人目のエガシが優雅に楽器を弾くかのように指を滑らかに踊らせると、ハンドルに手を添え力強く押し始めた。
「ぬぎぎぎぎぃ」
「ぐうううぅはぁ」
「んんんんんん」
ガタ・ガタ・ガタ
ドスン
すごいすごい! と喜んだのも束の間。膝くらいまで上がった昇降機はドスンと音を立て落ちた。ハンドルを押していた三人は、歩いた分だけの距離をハンドルを握ったそのままの姿勢でぐるりと押し戻された。何事もなかったかのような素振りを見せる三人、その滑稽な様子にエレノアとバルタが大爆笑する。
「あはははは」
「ぎゃはははは! 戻った! そのまま戻った!?」
「はぁ はぁ はぁ」
「ふぅ ふぅ ふぅ」
「ぜぇ ぜぇ ぜぇ」
テーブルに置いてあったコップを震える手で持ち、カタカタと歯をぶつけながら一口だけ水を飲んだジーゴ。昇降機で待つバルタ、クレア、エレノアの女性が三人。それとハンドルの横で休憩する男三人の視線が全て自分へやってくると、大きくゆっくり頷く。
左手を前に出し「ちょっと待てお前ら。準備するから」と思わせる素振りでゆっくりと立ち上がり、大きく息を吸い、天井を見上げ、目を瞑り、ぼそぼそと何かを呟いていた。
四人の中では二番目に体の大きいジーゴ。他の三人と違ってその体は鍛えられたもので、質のいい筋肉なのは一目瞭然だった。ラニは張りのある体、ジュプンは大きく硬い筋肉を脂肪で包んでいる。エガシは面積の大きい筋肉を薄い脂肪で包んでいる。
ハンドルまでやってくると四人は肩を組み円陣を作り「俺たちなら出来る!」と何度か気合を入れた。組んだ方を解くと腕を交差せ、肩を鳴らし、それぞれがハンドルに位置づき女三人に笑顔を向けた。そして、
「ぬががががが」
「ふあああああ」
「んがーーーー」
「ううおおおー」
ガタン ガタン ガタン
ゆっくりと昇降機が上がり始めた。エレノアが嬉しそうにしながら「すごいすごい!」とはしゃぐとその反動で男達の汗が次第に増えていく。半分まで上がってきたところで昇降機がピタリと止まった。
「まずいわね。卵もあるのよ。割れちゃうじゃない」
男達が涙を流しながら悔しそうに歯を食いしばりハンドルを押すが、それとは逆にハンドルは逆回転を始めようとしてた。
「この高さで落ちたら、卵割れちゃう」
「ぎゃはははは。なんだあれ? 押してるの戻ってるよ? なんで押し歩いてるのに反対に回ってるんだよ? ぎゃはははっ、がば、がんば、がははは」
「どうしよう……」
クレアがもう一つのハンドルの近くで眠る巨人に気づくと、とっさに声を出す。
「お願い! 助けて!」
数秒、何も起きなかったが「んあ?」と一言だけ声が聞こえると、大きな手が傍にあるハンドルをおもちゃのように回す。途端にスルスルと昇降機が上がり始めた。下では男四人がハンドルを追いかけるのに必死だ。その様子にまたエレノアが爆笑している。クレアは上がり切る直前に昇降機でしゃがみ込み、姿の見えない巨人にお礼を言った。
「ありがとう!」
それを聞いた巨人は上半身だけを起こし、あたりを見回す。見えるのは、膝と手を床についてハァハァと息をする男が四人。空耳か? と、そのまま眠りに戻った。
上階に戻った三人。お腹を抱えて笑うエレノアと、一安心したバルタ。お礼が伝わったのか心残りなクレアはそのまま作業を続けた。
「あの巨人が手伝ってくれて助かったね。まぁ、いつもなら私一人で荷物もこんなにないから最後には大抵余裕で成功するんだけどね。多分、二人がいたからさ、あいつら見栄張ったんだね。笑ったよ」
「だめだよ。今日は夢に出てきそうだ。グルってまわった三人が頭から離れないよ。助けて、クレア……」
「あはは。確かに面白かったね、エレノア。あれ? バルタ……?。あれって、あそこにいるのってアルフォンス?」
話しながら作業をする中でクレアは、荷物を運ぶ通路の窓から見える景色、マストの上の方に人がいることに気づいた。バルタが「ああ、それね」といった感じで答える。
「こういう雷の多い海域を通過する時って、必ずあそこにいるんだよね? といっても、夜もいつもあそこにいるから……。どんな時もってことかな? 残りの荷物はあたしとエレノアで運んどくよ? クレアは雷がこわくない?」
「うん。どっちかっていうと好き」
「へぇ。それは驚いたね。じゃぁ、彼のところに行って来たら? 私も何回か外で見たけど、面白いよ」
「ほんと? じゃぁ、私、行ってくるね」
バルタは笑顔で、一方エレノアは苦い物を食べた時にする表情、そんな顔でクレアを見送った。
マストの上にいるアルの元へ向かうため、船の外に出たクレアは独特の景色に目を奪われた。船の周囲は強い雨なのに、顔に届くのは優しい雨。周りでは雷が飛び回っているのに、音はどこか遠く、不思議な安心感に包まれている。
クレアに気が付いたアルフォンスが、マストの上から笑顔で迎える。彼女は濡れたマストを登りアルのいる見張り台まで来ると隣に座った。
「やぁクレア。君は怖くないのかい?」
「ふぅ。大丈夫よ。音と光で驚くことはあるけど、これだけ絶えず雷が出てきたらなんか慣れちゃった。それに見慣れるとすごく綺麗。まるで絵本で見た龍が飛び回ってるみたい。それに今じゃ、巨人を見たことの方がドキドキしてるくらいだもの」
「おや? もしかして倉庫の彼に会ったのかな?」
「うん。でも眠ってたから足と手を見ただけ。すごかったのよ。横に並んだエレノアが小人みたいに見えた」
「あはは。そうだね。彼から見れば、私たちが小さいだけだからね」
「最後には荷物を上に運ぶのを手伝ってくれたのよ」
「へぇ。そうか、そういえば起きる頃だね。あとで向かうかな」
「どうして眠らせてるの?」
「ああ、それはね。巨人って言うのはね、見た目のとおり力がすごい強いんだ。だから、もしこんな海の上で暴れたりでもされたら皆に危険が及ぶからね。本人には悪気が無くてもその力のせいで、周りに被害が出ることがあるからね。私からしたら、狂暴な動物を運ぶ時と同じ感覚だね。といっても、実際彼らは優しいんだが……」
「へぇ。こんど、あの巨人さんともお話をしてみたいわ」
「ははは。どうだろうね。彼はうまく喋れないから」
「そっか。ところで、アルはどうして魔法を使えないふりをしてるの?」
「ん? それはどういうことかな?」
「私ね、最初の日にアルが笛を使わずに羊やエレノアを眠らせたのを見たのよ? それに皆が言うの「人間には魔法が使えないから、アルは不思議な笛を使う」「格好いい人間だろ」とか、どうしてなんだろう?」
アルフォンスは驚いた顔を一瞬見せたが、すぐに落ち着いた様子でクレアに話し始める。頭上では落ちた雷がマストからマストへ、そして船首と船尾の方へ流れていくのが見えた。同時に、船を丸く包む何かが雨粒の反射でわずかに存在しているのが分かった。
「やっぱり、クレアは知ってるんだね? 私が魔法を使えること」
「うん。皆がいう事はよくわからないけど、誰が見たってアルに魔法が使えるのは確かだもの」
「ははは。それはどういう意味かな? 面白いことを言うね。でも、怖くないのかな?」
「どうして?」
「私が魔法を使ってることだよ」
「うん。魔法って色々な人が使うでしょ? 街の魔女、魔法使い、ウッドエルフも不思議な魔法を使ってたし、森の魔女は怖い魔法を使ってた。前に合ったエルフも使ってたから、そんな中でアルが魔法を使っても驚かない。それにアルの魔法は皆を落ち着かせてるだけだもの。むしろ好きよ」
「そうか。そう聞くと、クレアはこの短い間に色々経験したね。それにエルフも使ってたって言ったけど、それはウッドエルフではなかったのかい?」
「うん。お父さんの知り合い。格好いい男の人と、赤い髪の綺麗な女の人。強い魔法だったけど、それでみんな笑ってたもの。どんな魔法も使い方次第じゃないかな。だから、怖くない。怖いのは何に使うかってこと……」
クレアはそう言いながら、自分のことを考えていた。途中からはまるで自分に言い聞かせるかのように、その視線はアルを見つめているようでその実、自分の内面を見つめていた。
「どうしたのかな? クレア」
「ううん。私ね、怖いの……。本当は、魔女と出会ってから少し変わったことがあるの」
「私も言わなければいけないね。君が私に伝えてくれたように、私も知ってるよ」
クレアは恐る恐るアルを見つめ返す。
「この前、マストの上で少年を助けたよね? 彼曰く「マストが割れている」って事だった。私はね、遠くから、ほら、あそこのあたりから君ら二人の会話を聞いていたんだよ」
「そうなの? わかった! ウッドエルフが使ってた遠くを聞く魔法みたいなものね」
「そうだね。原理は同じだよ。それで、私はその場所をあとで確認してみたんだよ。そしたら、魔法とは違う何か別の痕跡があった。それはまるで――」
「――魔女の力」
クレアの目からは一気に輝きが失われる。その様子に気づいたアルが彼女の手を握り、小さく頷くと続ける。
「本当は割れていたんだね? それを君が直した。どうやったかは分からないけどね」
「そう。私、怖いの。エレノアにも怖くて言えない。森であった魔女が、使ってたのと同じ。木を操る魔法よ? 森の中では効果は強かったけど、船に乗ってからは弱くなった。あの時、できるかどうかわからなかったけど試してみたの。そしたら……」
自分が魔女になってるんじゃないかという不安を抱えたまま過ごした数か月。誰にも言えず、ずっと押し殺してきた考えを口に出すと次第にクレアの目には涙がこぼれ始めた。
「さっき、自分で言ってたじゃないか? 魔法は使い方次第だって? クレアは魔女になったわけじゃないし、その力だって使い方次第じゃないのかな?」
「私、魔女にはならないかな? でもそれならどうして魔女と同じことが出来るの?」
「そうだね。やっぱり、その体にできた模様が関係あるのかな? 私の方でも調べてみるから。慰めになるかわからないけど、光の魔女に会ったことは?」
「ううん。今まで出会ったのは一人だけ。闇の魔女」
「もうすぐ寄る港街の近くには光の魔女が住む森があるんだよ。まぁ、今回は君たちが降りてそこへ行くことはないだろうけど。光の魔女は力こそ弱くなってるけど、どんな人間よりも優しい。そして同時に悪い人間には容赦ないんだ。魔女と言っても、闇の魔女だけではないからね」
「うん。でも、私の目は暗闇で光らない……」
「それは、普通の人間だからじゃないのかな? それに君の眼は吸い込まれそうなくらい綺麗な黒い瞳だ。私はその目が好きだよ」
「ありがとう……」
アルは涙を流すクレアを慰めるように抱き寄せる。クレアは父親に抱きしめられた時のように、懐かしい感触に安堵し心を落ち着かせていた。
「そうだ。その力だけど、この船に使われている木は既に加工されているからね。さっき言ってたように森の中では強いのかもしれないね。生きた木には……」
「私もそんな気がする」
「もし、クレアがこの船で魔女に変わるようなことがあったら、私がしっかりと抑えて君をミシエールまで送るよ」
「もう……。でも、その時はお願い。私、頭と心がぐちゃぐちゃになってるの。どうしてか、大丈夫って感じる反面で魔女になったらどうしようって考えちゃう。次の日にはその反対になってるの。だから、考えないようにしてるんだけど」
「よかったら魔法で少し和らげようか?」
「ほんと? なんかずるい気がするけど、そんなことできるの?」
「精神魔法なら可能だよ。長くはもたないけど、この船にいる間くらいは不安に考えないように……どうかな?」
「試しにお願い」
「じゃぁ、とりあえず部屋に戻ろうか?」
「うん」
雷が降りしきる中、二人は立ち上がり部屋へと戻っていった。部屋に戻ると、雨のせいで濡れた服を取り替えるため、二人は着替え始めた。その時クレアは、アルが身に着けていたペンダントに気が付いた。
「アル? それは?」
「ん? あぁ、これは妹の形見だよ。大事にしてるんだ」
「綺麗なペンダント」
「ありがとう。旅をしてる間に何度か鎖の部分は変えたけどね。クレアも何か身に着けているようだね?」
白い薄着になったクレアの首にネックレスの一部をみたアルフォンスが言うと、彼女は服の上からそれを優しくつかむ。
「うん。誕生日に貰ったの。お父さんと、お母さんから」
「それも大事なものだね」
着替え終わるとベッドで横になるクレア。すぐ傍に置いた椅子に座り横たわるクレアを優しく見つめるアル。
「それじゃ、横になってる方が楽だから。終わったら私は出ていくよ? 効果は何日持つかわからないけど。少しは気が楽になるかもね。何より大事なのは、気にしないってことだよ」
「わかった。それじゃ、お願い」
「目を瞑って。気を楽にして」
仰向けになる寝たクレアの額に手を近づけると、アルフォンスは空中で何度かクルクルと円を描くように動かしている。まずは彼女を眠らせるための魔法を施してから別の精神魔法を上掛けした。夢も見ずに深く深く落ちる魔法。そして、立ち上がるとリラックスした様子のクレアを見つめた。アルフォンスが安心した様子で部屋を出るためにドアを開けると、
「終わったの?」
聞こえるはずのない彼女の声に驚いたアルフォンスは、目を大きく開きその足を止めた。眉をひそめ、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ考えると何事もなかったかのように振り返りクレアに笑顔を向ける。彼女はベッドの上で状態を起こし、アルフォンスを見つめていた。
「ああ。無言で出てすまなかったね。終わったよ。じゃぁ、気楽に残りの船旅を……」
「うん。ありがとう。なんだか楽になった気がする。今度、エレノアにも話せそうな気がするわ」
「それは良かった。彼女ならきっと大丈夫だよ。それじゃ」
ドアを閉めたアルフォンスが通路を二、三歩進むと深く考え始めた。
彼女にはリラックスしてもらうために眠りの魔法をかけた。それから、不安を抱きづらいように魔法をかけた。はずだった……。彼女は自分が部屋を出ていくことすら気づかず、目が覚めるのは数時間後。それなのに、まるで何もなかったかのように平然としている彼女。アルは、彼女の未知な力に僅かばかりに恐怖を覚え、そのまま巨人のところへと向かった。
■巨人 三メートル越え 足と手 食う、寝る、運ぶ
■四人の男 ハンドルメンズ バルタとの恒例の行事。最初の男と二人は……。
■アルフォンス イケメンの人間の男性と評判。魔法は使えないが不思議な笛を使うという事になっている。




