62 ウッドエルフ② 鹿とお風呂
■ヘンザ リーダー 悪気はない 人間の言葉少々
■ネンリ 救われた 人間の言葉しゃべれる
■エーダ ネンリの妹 人間の言葉しゃべれる
■ジュピ 足が痛い 人間の言葉少々
■シンザ 鹿なんかほっとけ! 人間の言葉少々
■シュー 皆がエルフの言葉しゃべってるときは少し寂しい 片腕になった男
■クレア 主人公
■エレノア 主人公 耳はちょっと尖ってる程度。尻尾あり。鼻がちょい獣。
暗闇の中、もう一つのテントから転がるように飛び出してきたウッドエルフ三人。ジュピは怪我をした足を押さえながら立ち上がり、シンザは申し訳なさそうに草の影へと隠れた。ヘンザは左の頬っぺたに真っ赤な手形をつけ、テントの中を見上げるように仰向けに倒れている。彼の視線の先、テントの中から女性の声が響く。
「待ちなさいよ!」
その声を聞くや、シンザはそそくさと逃げ出した。仰向けに倒れて腰をついていたヘンザは立ち上がると、膝に手を置いたまま顔だけをクレア達の方へ向けた。彼はバツの悪そうな顔をしてから、テントの女性へと視線を戻した。そんな彼にエーダが声をかける。
「どうしたの、ヘンザ?」
「いや、何でもない。ちょっと、誤解があって――」
「何が誤解よ! ヘンザの馬鹿!」
テントの中から、初めて見るウッドエルフの女性が怒りながら出てきた。皆と同じく浅黒い肌に、引き締まった体。布を一枚羽織っているだけで服は着ていなかった。髪も皆と同じく薄茶色だが、装飾は何もつけておらずボサボサのまま胸のあたりまで降ろしていた。
「なぁーにが『君のことは命を懸けて守る』よ! 私、私……」
女性が怒りながらヘンザに歩み寄る。そんな二人の様子をクレアとエレノアが驚いた様子で見つめていた。傍で一緒に見ていたエーダが女性に声をかける。
「姉さん。よかった。目が覚めたのね」
「エーダ! それに――!?」
エーダに「姉さん」と呼ばれた女性が名前を口にしながら振り返った。妹であるエーダの横にいる少女二人に気づいた女性は話すのをやめた。クレアと目が合った途端に笑顔に変わった彼女は、邪魔だといわんばかりに肩から羽織っていた布を脱ぎ捨て、一直線にクレアへと駆け寄る。勢いよく抱き着かれたクレアが思わず「きゃっ」と声を漏らした。そして、彼女の両腕を掴み自身の前に突き出し、表情がまた嬉しさで満ち溢れると再度、彼女を強く抱きしめた。
「ありがとう! クレア! よかったわ。本当にありがとう。あなた、私の命の恩人よ!」
「あ、あの」
言い終わった女性はクレアを掴んだまま、背後にいるヘンザへと振り返り声のトーンを少し下げ、
「それに、あそこのヘンザの命も救ったのよ」
「……あ、ああ」
それを聞いた女性は、口をあんぐりと開ける。
「ああ? 『ああ』じゃ、ないわよ! この馬鹿! もういい――。クレア? 本当にありがとう。貴方、いえ、二人ともすごいわ」
今度は、隣に立ったエレノアを引き寄せ二人同時に強くギューッと抱きしめた。エーダとシューの会話を聞いていたエレノアには、何となくこの女性が誰なのかはわかっていた。事情の知らないクレアは嬉し恥ずかしそうな顔で戸惑いを隠せず、抱きしめられたまま女性に問いかける。
「あの、私……貴方が誰だなのかわからないんです。何かした覚えもないし」
すると、クレアの反応をみたエーダと女性が顔を合わせて笑い出した。ヘンザはそのまま傍で彼女たちの様子を見ていた。隠れていたジュピとシンザは、ここぞとばかりにテントの中へとこっそり戻った。
「あはは。そうよね? ごめんねクレア。私はネンリ。エーダの姉よ」
「クレアです。それと――」
「エレノアだよ。よろしくねおねーさん」
クレアとエレノアのそれぞれの肩に手を置いたネンリが、目を輝かせ嬉しそうに、
「エレノア! 貴方もすごかったわよ。本当にね! あそこの役立たずよりすごかったと思う」
途中からネンリの視線に誘導され、全員がヘンザを見つめた。わずかな時間が流れ、ヘンザは視線を泳がせるとキョロキョロと何かを探し、近くにあった木をいじり出す。すぐにネンリが会話を続ける。
「私、鹿になってたから。わからないのも当然よね? わかる? 魔女の洞窟にいた鹿が、私だったの!」
それを聞いた少女二人は驚いた表情でお互いの顔を見つめる。最初に切り出したのはエレノアだった。
「え!? おねーさん、鹿になれるの!?」
「あはは。違うわよ。私は見た目通りのウッドエルフよ? アニムみたいなことはできないわ」
次いでクレアがネンリに話しかける。
「もしかして、魔女のせいで……」
「そう! クレアが何度も助けてくれたおかげで私はここにいるのよ。本当にありがとう」
今度は優しくゆっくりと二人を抱きしめた。二人の感触を味わうかのように少しだけ無言の時が流れ、「ふぅ」と一息つくネンリ。背後で何をするでもなく立っていたヘンザへ振り向き、睨んだまま男の口調で、
『おい、鹿なんかほっとけ』
「だから、それは本当にすまない。まさか、お前が鹿になってるなんて思わないだろ? それにな、俺はそんなこと言ってないぞ」
「そりゃそうでしょうね。鹿なんか眼中になかったんでしょうから。そうだ、ヘンザ?」
「なんだ?」
「この子にお礼言った?」
「何をだ?」
それを聞いたネンリが裸のままドカドカとヘンザへ近寄ると、両方の頬っぺたを思いっきりつねる。
「いだだだ」
「あなた、あの子に命を救われたのよ? 覚えてないの? あ、そうか、気絶してたのよね?」
黙っているほどに強くなるネンリの指の力。ヘンザは無理矢理にクレア達の方へ顔を向けさせられた。
「……。よぐやった。小娘。いだだだだ」
ヘンザの頬っぺたを散々つねったあと、そんな彼の顔を捨てるかのように指を離すネンリ。ヘンザは彼女に「何か間違ったか?」とでも言いたげな顔をしていた。その表情を見たネンリは一旦、クレア達の元へと戻る。
「もういいわ。後にしましょう。ところで、クレアってば本当に上手にしゃべるのね。そうそう、私も交流の為に人間の言葉を覚えてるの。だから、どっちでもいいわよ」
ネンリが話していると横からエレノアが、
「ねえ? 裸だけど気にしないの?」
「え? ああ、そっか。人間て確か女性はあまり人前で裸にならないのよね? まぁ、ヘンザとは結婚してるし、エーダは妹だし……」
「え! ヘンザの奥さんなの!?」
「なんだ、猫娘。文句あるのか?」
女性陣に黙ったまま見つめられたヘンザは再度、視線を泳がせながら近くの木をいじり出し「おう。立派な木だな」などと独り言を言っている。ネンリは少女二人の体を下から上まで見つめてから、自分の体を確認すると手をパンと一叩き、
「そうだ! ねぇ、お風呂に入りましょ! みんなすごい汚れてるわね。それに私ずっと鹿だったから……。もう、久しぶりに体を洗いたいわ! 二人に私の魔法を見せてあげるわ。ねぇ、ハパを呼んで――」
「姉さん」
「あ、そうだった……。ハパとミキ、死んじゃったのね」
それを聞いたクレアがまるで自分を責めるように顔を伏せた。それに気づいたエーダとネンリだったがヘンザの方が先に、
「今回は俺が見張ろう」
「そう。わかった! 今度はしっかり私たちを守ってね」
「ああ。まかせろ」
頬っぺたを赤くしたヘンザがにやりとした。ネンリは裸のままテントから長く、少しうねった一本の杖を取り出してきた。クレアとエレノア、エーダはネンリの後ろに続いた。彼女が少女二人に話しかける。
「あのね、二人とも? ハパとミキは死んだのを見たのよね? ウッドエルフの死ぬところを」
「うん」
「私たちはね、死んで魂が抜けると体が崩れるのよ。そして元へ戻る。私たちは命を授かり、また新しく生まれてくる。ハパとミキの物語は何度も続いているわ」
「どういうこと?」
杖を地面に当てながら何かの準備をしているネンリは、そのままクレアの質問に答える。、
「また、ハパとミキは生まれてくるの。私たちの里でね。生まれた時に名前は決まってるのよ。だから、彼等だとわかる。きっとまたいつもみたいに二人は一緒になるでしょうね」
「え? 生まれるたびに同じ人になるってこと?」
トントンと地面を叩いたネンリが今度はエレノアの疑問に、
「んー。まぁ、そんな感じね。詳しくは言えないけどね。二人とも記憶はないけど、強い想いは……魂に刻まれるほど強い想いは引き継がれる。だから、自然とまたくっつくわ」
「なんかロマンチックだなぁ。小説で読んだみたいな話だな。ね? クレア」
「そうね。二人の物語。素敵ね」
「あはは。そうね。私たちは生涯の相手と魂を結ぶのよ。そうすれば死んでもまた会える。ハパは、ミキが死んだ時点ですぐに後を追うって決めたみたい。いつ生まれるかはわからないけど、きっと二人ともまた一緒に――」
話している途中で地面からコポコポと水が噴き出してきた。それを確認するとネンリが土の魔法を唱える。そして、大きく円の形をした壁を作るとそこへ水を張った。
「うわぁ。なんか、便利だ!」
「そうでしょ? 旅をするならこういう生活魔法を使える人がいないとね? 特に女性には人気よ」
ネンリが杖を使った魔法で水量を調整する中、エーダがテントから持ってきた石の塊を水の中へチャポチャポと投げ入れた。しばらくすると水がお湯へと変わっていくのが分かった。
「なんだそれぇ!」
「あはは。知らないのね? これは沸騰石よ。街の魔女が作ってるもので、ここに書いてある数字わかる? ここまで水温を上げられるの。一つあげるわね」
「やったぁあ!」
「だいたい、このくらいの大きさが限界だから間違ってもこれ以上の場所に入れないようにね」
「わかった! 気を付けるよ」
エレノアとエーダが楽しそうに話をしてる横で、ネンリがクレアに優しく声をかけた。
「クレア? さっきの話なんだけど、ハパとミキのことでそんなに落ち込まなくてもいいのよ。私たちウッドエルフはこうやって長い間、繰り返し生きているの。だから、人間とは死の捉え方が違うのよ。死ぬのはたしかに怖いけど、死んだ先にまた希望がある。それが私たちウッドエルフよ」
「そう……。また、二人が会えるといいな」
「大丈夫よ。私たちの魂は強く結ばれているから」
「うん」
エーダとエレノアは既に裸になってお湯の中に浸かっていた。エレノアはお湯につかると「ああぁ」と安堵し幸せを目一杯に感じさせる唸り声をあげた。元から裸だったネンリはクレアのことをジッと見つめていた。そして、
「キャッ」
「ほらほら、恥ずかしがらないで! 人間て、なんでこんなことで恥ずかしがるのかしらね」
服を半ば剥ぎ取られたクレアだったが、それは恥ずかしさからではなかった。服を脱ぐ途中で自分の体の異変に気付き止まっていた。裸になったクレアの体を見てネンリが驚くような視線を送る。
「まぁ! すごく綺麗ね、クレア。これは大人になるのが楽しみだわ……。それにしても、腕と脚に入れ墨を入れてるの? 変わった模様ね」
クレアの二の腕にぐるりと一周。太ももの真ん中よりやや腰に近い場所にもぐるりと一周。左右の腕と脚の合計四か所に模様が一周入っていた。それをペタペタと触りながら物色するように調べるネンリ。裸で立たされたままのクレアが、
「やっ。くすぐったい」
「姉さん! クレアが可哀想」
「あ、ごめんごめん。なんか、見たことあるような、違うような」
ゆっくりとお湯に浸かるクレア。女性四人がしっかりとお湯につかると、足が互いにぶつかる。暖かさと、温もりがとても気持ちよく全員がリラックスしていた。
「ねぇ、クレア? それはいつ――」
「昔っからだよ! ねぇ、クレア? ちっちゃいころからだよね」
「え? うん」
ネンリの質問に被せるように答えたエレノア。そして、クレアもそのまま合わせた。急いで会話を逸らそうとするエレノアが、
「ねぇねぇ、二人ともすっごい体だね! 筋肉!って感じじゃないのに引き締まってて、それなのに太腿しっかりしてて、くびれもすごいや」
「そうね。私たちはウッドエルフよ? 森の中で暮らしてるもの。でも、貴方もすぐにそうなるでしょ?」
「えー。どうかなぁ。お母さんてば、ちょっとふっくらしてるしなぁ」
ウッドエルフの大人の女性二人の程よく大きい張りのある胸を見たエレノア。二人の胸を持ち上げるようにその大きさを確かめると、自分の胸に手を当てた。そしてクレアの胸を見て交互に視線を動かすとなぜか誇らしげにしている。それに気づいたエーダが笑いながら話すとネンリも、
「あはは。まだ若いんだから。これからよ」
「そうよ、二人とも。エレノアはアニムなんだから、ちょうど今は成長が早い時よね」
エレノアとエーダがお互いの体を見て触っては、褒め称えている。ネンリは鹿になっていた時の絶望感から解放され、持ち前の明るさもありクレアを慰めるように話を続ける。そして、出るころには四人とも笑顔になり、楽しそうにテントに戻ってきた。
「ウッドエルフの風呂はどうだった? 最高だろ? 小娘」
悪気はない。ただ、不愛想なのがヘンザ。それはお風呂で散々聞いたし、話題になって楽しんだ。
「うん。ヘンザさんも早く傷を治してね」
「ったく、奥さんがこんなに明るいのに、ベーっだ」
クレアとエレノアが話しながらテントへと戻っていく。通りすがらネンリが、
「ちょっとヘンザ? 人間が嫌いなのはわかるけど、あの子はクレアよ。もうちょっと……あるんじゃない?」
「小娘だろ? 何が悪い、いだだだだ」
しばらく黙って見つめあう二人。
「今日は、クレア達と寝るわ」
「え? まぁ、それなら俺も」
「あのね、人間には人間の礼儀っていうのがあるの? だから貴方は情報収集として役割が果たせないのよ。まったく……。貴方はあっちのテント、私はこっちのテント」
そう言いプイっと去るネンリ。右手で頬をさするヘンザが手を止め、眉をあげると「あぁ、そういうことか」と納得した表情を浮かべる。クレア、エレノア、ネンリとエーダ、それとシューがいるテントに来ると、
「おい。獣と人間の娘よ。ネンリを救ってくれてありがとう」
「はぁ! 獣!?」
「あはは」
あまり得意ではない人の言葉で言い終わると、「こういうことだろ?」と言わんばかりの表情でネンリに笑顔を贈る。エレノアは口を曲げ、クレアは笑顔で頷いた。横でネンリとエーダが呆れたて笑っていた。シューには何のことかわからずだったが、何より裸で入ってきたネンリのせいで眼のやり場に困っていた。それに気づいたエーダがネンリに服を着せる。
「姉さん、これ」
「あ、ごめんね――。それとエレノア?」
「ねぇ、獣って言った! あいつ、あたしの事を獣って言ったよ!?」
エレノアは、ネンリとヘンザが立っていた出口を交互に見るために何度も顔を動かした。
「あはは。そう、そのことなんだけどね。彼なりに少し譲歩したのよ」
「はぁ!? あたしを獣って言ったのに!?」
「えっと、アニムって獣化するじゃない? 滅多にいない完全に獣化を制御できるアニムよ。それを尊重してるのよ。貴方はまだだけど。その、つまり、エレノアのことをアニムを呼ぶのに使う最上位の呼称を使ったわけ……。彼なりにね」
しばし考えこんだエレノアが、「いや、名前呼べよ。いや、喜ばしいことか?」と呟きながら眉を顰め、さらに顔を深く沈めて丸まっていく中、
「クレアの方は、『小娘』から『人間の娘』になったわね。まぁ、あれは名前で呼ぶのが恥ずかしいのよ。一歩前進ね」
「あはは」
「あははは。シャイだな、ヘンザ」
クレアとエレノアの笑い声が響くテントでは、すぐに五人の笑い声が聞こえるようになった。そしてスピカナの話になる。エーダがシューに、
「彼はどうしてスピカナっていう名前だったのかしら?」
「ああ、それはね」
少しだけ悩んだシューが照れくさそうに教える。
「実はさ、俺たちの名前ってボスが決めてるんだ。そのほとんどがろくでもない理由だけど、面白いからんなそのまま使うんだ。それで、スピカナは寝るときにうるさい時があってさ。スピースピー音を立ててた。で、ボスが『こいつスピスピうるさくてかなわねぇ』っていうんで、スピカナ。それだけだよ」
五人はボスのネーミングセンスで盛り上がると、元の話に戻る。エーダが、
「みんな変わった名前だけど、気に入ってるのね。もし、それが魂に刻まれるほど強い物だったらきっと……。ウッドエルフに生まれた彼に同じ名前が付けられるわよ。それと、そんな眠り方をするならきっと気づくわね」
「大丈夫よクレア」
エーダの話が終わるとネンリが優しく声をかけた。
「エルフの血が入っているんだもの。彼にはシティエルフにしては濃い特徴が出てたんでしょ? それに貴方が見たって言う金色の輝き。そんなの聞いたことないわ。きっと、ウッドエルフとして生まれてくるわよ。どこの里に生まれるかはわからないけど、気にかけておくから。きっと、大丈夫」
「ありがとう」
皆が眠ると、心配で最後まで眠れずにいたクレア。そばにいるエレノアの手を握りしめると、ゆっくり静かに眠りへとついていった。




