54 闇の魔女① 手甲と弓
■シュー 人間。男。括った髪以外は剃っている。陽気で体術に自信あり。
■スピカナ シティエルフ。おとなしい顔。狩人としての能力は高い。
魔女がいる噂される森。その入口にあるおばあさんの家。出会った山賊のボスであるカトスキーの叔母さんの家に集まったクレアとエレノア、シューとスピカナの四人が夜明けと共に出発する。
人間で体術に自信のあるシュー。括り上げた髪以外は剃り込み、まばらに髭を生やしている。エレノアと同じように動きやすい服装。柔らかくピタっとした服にダボっとしたパンツを履いている。腰には小さいバッグと手甲をぶら下げ、いつでも装着可能にしている。
シティエルフのスピカナはスッキリした前髪。少しエルフの要素が色濃く出ているせいか森に強い狩人で、弓を持ち矢筒を腰に装着している。
クレアはリュックを背にしている。そこに装着された小剣は抜きやすいようにしてあり、上部の丸まったリュックの口には小さくなった弓が収納してある。エレノアと違って肌の露出が少ない格好だ。
エレノアは黒い首までの薄着を上下来ていて、一応パンツをその上から履いている。リュックにはフライパンや調味料が詰まっている。そのほとんどが食料を入れるためのスペースだ。
森に入ってから数時間が経過していた。歩く道は広く、普段から馬車が行き来するためのものであることがよくわかる。見通しも良く、上を見上げれば十分に空を望むことができ、吹き抜ける風も爽やかだ。
「ここってまだ安全なんでしょ?」
エレノアが前を歩くシューとスピカナに話しかけると、シューが振り向くと歩く速度を落として二人に並んだ。
「ああ。もしも魔女の縄張りに入ったら、きっと二人にもすぐわかるよ。ただ、変異した動物や魔物なんかは活動範囲が広いから、警戒は一応ね」
数年前までは安全で、人々も普通に行き来していた森。魔女が住み着いたという噂が広がると少しずつこの道を通る人が減った。その後もあまりよくない話が耳に入るようになると、森の反対側から人が来ることが無くなった。
入口のおばあさん曰く「地図通りに行けば、魔女に会うこともないから安心だよ」とのこと。実際に、息子夫婦は何度もここを行き来しては、隣の村まで行っていた。
二人の隣を歩いているシューが気楽な面持ちで、
「まぁ、迷わなきゃ魔女に会うこともないだろうけどね。闇の魔女だと言われているけど、あっちからやってくることもないだろうし」
エレノアがシューの顔を見ながら不思議そうに、
「そうなの? じゃぁなんでこんなに警戒してるのさ?」
「よっぽどのことがない限り森の魔女、特に闇の魔女ってのは自分から出てくることはないって聞くよ。それに魔女のいる森で気をつけなきゃいけないのはその道中。変異して狂暴になった動物に襲われた、とか、魔物に連れ去られた、とかさ」
「なるほどねぇ」
シューは話し終えると、早足で前を歩くスピカナの近くに戻った。その後も暇そうにしているエレノアがクレアに度々話しかける。
「ねー、クレア? この森を抜けたらどうするの?」
「うん。その後はいくつかの村を経由して港町へ向かうの。そこから海を渡って隣の大陸へいくのよ」
「船かあ。楽しみだなぁ」
「小さな港町だから、あんまり立派なの想像しないほうがいいと思うよ? エレノア」
四人は順調にその道のりを進んでいた。おばあさんの家から持ってきた食べ物で昼食を軽く済ませる。スピカナは食事を軽く済ませると独り、偵察へと出ていく。
しばらくして戻ってきたスピカナが神妙な面持ちで、
「三人とも……。ここからは先は本当に危険だから、油断しないようにね。少しだけど、魔女の影響が出ている場所があった。それに少しだけ道に重なってたから」
「そうか、よし! じゃぁ、明るいうちにとっとと抜けてしまおうか? クレア、エレノア!」
シューが先に立ちスピカナと並ぶと二人に言い、四人は出発する。
クレアもエレノアもリュックを背負い二人の後ろからついていく。幅の広い道も、森の奥深くへと入るにつれて圧迫感が増している。木が生い茂り、葉が多くなったその空は徐々に面積を減らしていく。
「うぅ。なんか寒い」
「エレノア、これ」
普段から露出の多いエレノア。突然に冷えてきた森の空気が彼女の体を縮こませている。彼女のリュックから、エレノア用の腕を隠す服を取り出し渡すと、「ありがと」と言いながらすぐにそれを着た。
前を歩いているスピカナが三人に言う、
「やっぱり……。皆気を付けて。魔女の縄張りに入った。道なりに行けばすぐに抜けるはずだ。それまでは慎重に速く移動しよう」
三人は声を出さずに小さく頷くとスピカナの後に続く。
魔女の森。それは話に聞いていた通りだった。昼なのに暗く、寒い。音が不気味に聞こえ、森の奥の影がどんよりとしている。
エレノアはクレアにくっつき周りをキョロキョロしていた。クレアも固唾を飲み、息をひそめ、二人についていく。
※
同じ頃、森の中で佇む一人の女性。
黒く長い髪はちりちりのボサボサで、顎が外れているような細長い顔。じっと見つめていたかと思うと、素早く顔を動かす。そしてまたじっと見つめる。
服はボロボロで、色々な物が付着したせいで色は分からなくなっている。外れたような顎をカチカチと音を立て嚙合わせながら、その女性はクレア達の方角を向いている。
見えているわけじゃない。何か、美味しそうなものがある。空腹のときに、ふと漂ってきた美味しそうな料理の匂い。それを嗅ぐように彼女達の方角を向いただけだ。
半ば白目をむきながらゆっくり、大きく息を吸い込む。少しだけボーっとすると、顎をカチカチ鳴らしながらすぐ近くの檻へと向かう。木の幹が絡むように出来た檻には、頭が二つある鹿が入っていた。
カチカチカチ
「ナニかイルね。ゴチソウ、カカカな?」
カチカチ
「オマエが、行ってコイ。カカカカ、どかんとシ、シラセるんだヨ。ヨヨヨ。ヒヒヒ」
カチカチ
骨と皮だけになったような女性の手が双頭の鹿に触れる。鹿は恐ろしい物を見るような目でそれを凝視し、怯えたままじっとしていた。そして、鹿の体に魔女の手が触れると皮膚の下にある骨が赤く光り出したのがわかるほどだった。鹿は暴れ出し、そのまま走り去る。
魔女は開いた口の収まりどころを探しながら、カチカチと音を鳴らしながら、走り去った鹿の後を追うように歩き出した。
草の上ではカサカサと
土の上ではペタペタと
ゆっくりと音をたてながら。
※
クレアは初めて入った『魔女の森』をじっくりと眺めていた。その様子に気づいたエレノアが、
「どうしたのクレア?」
「あ。なんか懐かしいなって……。雰囲気は違うけど、やっぱりこういう森っていいなって思う」
「うぇっ! うちの森とは大違いだよ、クレア。やだよぉ、確かに森の具合でいったら近いけど、ちょっとおどろおどろしてるよ」
「あはは。そうね。『森の具合』は近いわね」
小声で会話する二人。クレアは何かに気づき森の奥を見る。その表情に気づいたエレノアが、
「なに?」
「しっ。誰か……。誰かが私たちを見てる――!?」
そう言ったクレアだったが、今度は別の方向に素早く視線を向ける。同時にスピカナが、
「二人とも静かに。何か来た」
背後にいる少女を制止するように手を出すスピカナ。シューも同じく止まる。すぐに腰にある手甲に手を通し、身構えた。
バキバキ
葉っぱがこすれる音や、枝を踏み分ける音を出しながら、双頭の鹿が森の中から姿を現した。荒い鼻息と噴き出る汗が湯気を出していて、その異常さがすぐにわかった。
「そんな……!?」
クレアはその様子をみて驚いていた。鹿の体が内側から赤く光っているように見えた。矢を放とうとしたスピカナを止めるクレア。
「だめ。あの子苦しんでるだけじゃない……。何かがおかしい。内側から何か――」
「おい。なんで、あんなに熱そうなんだ!?」
明らかにおかしい状態の双頭の鹿を見て、身構えているシューが驚く。スピカナは弓を構え直し、
「アイツを近づかせるわけにはいかない。あれはきっと魔法の影響だ。離れてろ、二人とも!」
すぐさま頭を正確に射抜いたスピカナ。双頭の鹿は片方の頭を失ってもひるむことなくこちらへ突っ込んできた。
矢を受けた方の頭は意識を失いかけていたが、もう片方は涎をまき散らし、興奮した様子で迫ってくる。スピカナが、
「みんな! できるだけ離れろ!!」
叫んだスピカナが迫りくる鹿を避けながら、弓でもう片方の頭を射抜いた。直後、鹿の足は地面を蹴らずに空を切り、平衡感覚を失い倒れた。
すぐに体から赤い光が溢れ出し、
「きゃぁ」
「ぎゃ」
「うわぁ」
「くっ」
双頭の鹿が突然に爆発し、四人とも吹き飛んだ。スピカナが早めに避難させたことで幸いにも大けがをすることは免れた。地面に両手と腰をついたクレアもエレノアは、突然の出来事に驚いて何も言えなかった。
鹿の爆発は単に負傷者を出すためだけではなく、場所を知らせる意味もあった。双頭の鹿の後を、カチカチと音を鳴らし嬉しそうに歩いていた黒髪の女性。
爆発の音が聞こえた瞬間、その足を止め虚ろな視線で何かを感じているように見えた。下顎がズレて開いた口は次第に歪み、笑顔へと変わった。そして、生い茂った木の幹に手をかけながら、素早く、興奮した様子で駆けだした。
爆発で吹き飛んだ四人は体についた葉っぱや土、鹿の一部を払い落とす。怪我がないか確認をするとスピカナが、
「魔女に知られたのは確実だろう。まずいことになった……。すぐにここから離れよう。こんな外れの方まで仕掛けてくるなんて。何か、何かあるんだ」
周囲を見回すスピカナ。クレアは、
「大丈夫? エレノア」
「うん。びっくりした……」
エレノアが動揺し、不安がっているのが分かるクレアは彼女に手を添え支えている。シューが、
「二人とも、スピカナの言う通りだ。急いでここを離れよう。あれは、魔女の手口の一つだよ。負傷者をだし、足止めをする。そう言った魔女は人を食い物としか見ないから何が何でも――」
シューは話している途中で、森の奥の木の陰にいつの間にか立っている女性に気が付いた。体を半分だけだし、こちらを見つめていた。いつ現れたのかも、どのくらい見られていたのかもわからない。チリチリの髪と大きく外れた顎が恐ろしい女性が自分たちを見つめているのに気が付くいた。
明らかに様子の変わったシュー。残りの三人が彼と同じ方向を確認する。クレアとエレノアは女性に気づき驚いていた。しかし、死の恐怖を知っているシューとスピカナは、
「逃げろ!」
「魔女だ!!」
即座に矢を放つスピカナだったが、動揺し恐怖に染まった弓から放たれた矢は、魔女の横を通り過ぎただけだった。
シューはクレアとエレノアを逃がすように押すと、ハッとしたように少女二人は走り出した。
走る三人を背に、スピカナが再度、矢を放つ。
ドス!
今度は正確に魔女の顔を狙ったが、魔女は手のひらでそれを受け止めると引き抜き、地面へと捨てる。細くまがまがしい両腕を広げ左右の木に触れると、
バキバキバキバキ!
走り去ろうとした三人の前に突如、たくさんの木の枝で出来た壁が現れた。それは、木と木の間を繋げ、隙間を埋めるように発生している。絡み合った枝がギュっと引き締まる。
明らかに魔女の使った魔法だ。森の魔女には得意な元素魔法以外に、特異な能力が備わっていることが多い。何ができるか知ることは、魔女との戦闘で大事なことの一つだった。
「これがこいつの能力だ! 木を操るんだ!」
スピカナが叫ぶ。魔女が作り出した囲いの中に閉じ込められた四人。中心にはスピカナが魔女を足止めするように立ちはだかっている。三人と魔女はスピカナを挟んで反対側に位置している。
カチカチカチ
顔を素早く気持ち悪く、左右上下に振っている。まるで自分の下顎を追いかけ、噛みつくような勢いだ。
「オマエ、オマエ、なんだ? 誰ダダダ?」
カチカチカチ
魔女の軽く上げた右手には火球が形成される。人の頭程の大きさの火球を投げつけるように飛ばす。避けるのには問題ない速さで飛んでくる火球。それを見たシューが、
「よけろ!」
壁に当たった火球が爆発するように砕け散った。
カチカチ
「スグにはコロ、コロロ、殺さないヨ」
シューは手甲を装備したまま腰のバッグから、鶏の卵くらいの球をいくつか取り出し、手甲に擦りあてた。球が僅かに光り出すと、それを魔女に向かって投げる。
「スピカナ!」
スピカナは背後から飛んできた球が魔女の近くまでくると、準備していた矢でそれを射抜いた。瞬時に爆発すると、他の球も連鎖して爆発した。
「クレアとエレノアはそのまま脱出する方法を考えるんだ! こっちは何とかする」
火球を避け、そのまま地面に腰を付けているエレノアの腕を掴み起き上がらせるクレア。
「はい! エレノア! しっかりして! 逃げなきゃ」
「あ、あ、うん。あ、そうか!? 逃げよう」
シューの手投げ弾を受けた魔女の悲鳴が聞こえる中、クレアとエレノアが壁を見ながらどうにか逃げられないかと考える。
さっきの魔女の魔法でも全然、傷ついていない!? 違う……。すぐに戻ってる!?
クレアは木の幹が絡み合った壁を見て分かった。剣で斬り崩しても、手で折っても、うねうねと動く壁はすぐに新しく壁を作る。逃げ出すことを拒むように、ギュっと結束している。
背後で聞こえる魔女の悲鳴、
「アアアアアア」
体の一部が砕け、腕が無くなっている。
「アアアアア……アアッァハッハハッハ」
「ヒャァーッハッハッハ」
痛がっていた魔女がいつの間にか笑い出し、足を引きずり歩いてくる中、シューが叫ぶ、
「あきらめるな! クレア、エレノア!」
そう言われた二人がもう一度壁に穴を開けようと頑張る。スピカナは魔女に何本も矢を打ち込んでいた。
カチカチカチ……ガチ……バキ!
口に刺さった矢も結局、ずれた顎にかみ砕かれた。シューとスピカナが互いに目を合わせる。目の前には再生していく闇の魔女。背後には守るべき少女が二人。最初に動いたのシューだった。
シューは魔女に突っ込む。横に回り込みながらスピカナが魔女に矢を打ち込む。そんな闘う音を聞きながら、クレアとエレノアは必死に壁を壊そうともがいていた。
何度も剣で穴を開けようとしたが、まるで歯が立たない。上も高く、下も潜れない。
ふと、心配になったクレアが後ろを振り返った。
シューと魔女、それにスピカナが見えた。
そして
魔女とシューの方から何かが飛んでくる。
グルグルと回転しながら飛んでくるそれを、
クレアは見つめていた。
……
ドン!
二人の間を通り、木の壁にぶつかりそれは落ちた。
手甲を避けるように斬り落とされた一本の腕。クレアとエレノアは地面に落ちたそれを見て、今、自分たちが置かれている状況を本当の意味で理解した。




