53 約束
クレア、エレノア、ローズの三人を背に乗せたアーサーは、夜の山を駆けローズの山小屋へと戻った。到着するなりエレノアは、小屋の中へ入るとベッドにたどり着くなり倒れるように眠ってしまった。彼女は朝早くから起きて、クレアを救うために山賊を待ち伏せていたこともあり疲れ切っていた。
クレアはそんな彼女のベッドを整えると、小屋の外へ出た。焚火近くで横たわるアーサーに凭れて寛ぐローズ。彼女と目が合うと、横へ座るように呼ばれた。ローズと同じようにアーサーに寄りかかると、焚火とアーサー、くっつくように隣に座るローズの暖かさがすごく気持ちよかった。
「――そう。クレアは父親が残した後を辿ってるわけか」
「うん。でも、森を出たことがなかったから今は色々なものが見れて楽しい」
「あはは。ここらへんには村しかないけど……。それが楽しいって、一体どんな場所に住んでたんだかね」
うーん。とクレアが考える。
「ここからだと北の方かな」
「北? まぁ、いくつか村はあるみたいだけど。ずいぶん遠くから来たんだね」
「ローズさんは色々な場所に行ったの?」
「もちろんさ。例えば、クレアが行こうとしてる『湖の街ミシエール』っていうところはね、街の中では大分落ち着いてるところかな。のんびりしてるよ。それと、年に何回かある『星海の夜』っていうのがすごい綺麗だったね」
「ほしうみ?」
「そう。まぁ、どうせ目的地なんだし。自分の目で見るのが一番だね。とにかく、あれは美しい光景だったね……」
「へぇ」
クレアは星と聞き、上空にある満天の星空を眺める。ローズが話を続ける。
「クレアは魔女のいる街にいってどうするんだい? 魔法でも教えてもらうつもり?」
「んーん。私は魔法が使えないって言われた」
膝を抱え小さくなるように答えたクレア。ローズが驚いた顔をして彼女を見た。人間の少女が『魔法が使えるか使えないか』を知るには魔女に会わなくてはならない。クレアの話では、住んでいた森を出たことがないと言ってたからだ。
「魔女に会ったことあるの?」
「んーん。一度だけ外から人が訪ねてきたの。お父さんに会いに来た人達なんだけど…。エルフの女性と男性の二人」
「エルフ? シティエルフかい? それともウッドエルフ?」
クレアが首を横に振る。
「ただ『エルフ』って。すごくきれいだった。それで魔法を見せてもらって、私とエレノアで教えて!って言ったんだけど……」
「なるほどね。まぁ、クレアにはお父さんから受け継いだ技があるだろ? 大したもんだよ」
「ありがとう――。ローズさん?」
「ん?」
膝を抱えたまま顔をあげ、ローズに顔を向け問いかけるクレア。
「ローズさんはどうして盗賊をしてるの?」
クレアと視線を合わせていたローズは「あははは」と笑いながら話を続ける。
「いや、私は盗賊をしたいわけじゃないんだよ? クレア」
「そうなの?」
「まぁ、三人と一匹だし。なんかその方が旅をする中で楽しそうだろ?」
ローズが肩で彼女を軽く押した。
「あはは。全然こわくない盗賊だしね」
二人は笑った。
「元はと言えばね。私の婚約者のアーサーが悪いんだよ」
「アーサー?」
「そう。その馬鹿たれがきっかけ。あの野郎はね、隠し事をバレてないと思ってたみたいだったんだ。それを私はとっくに知ってたってわけ。女……特に、首が弱くてね。ある日、現場を抑えようと思ってたらこともあろうか、あの野郎は逃げ出しやがって……」
ローズがアーサーとの出来事を思い出して右手を強く握りしめていた。クレアは同じ名前のアーサーを優しく撫でている。
「それから数日、数週間と姿が見えなくてね。まぁ、だったら私も少し旅をしようと思って。ジェームズとアボットを連れて家を出たわけさ」
「アーサーは?」
「こいつ? こいつはね……しばらくして山の中を歩いている時に大きい岩が落ちてきたことがあってね。どこからか現れたこいつが助けてくれたんだ。で、婚約者と同じようにでかいからアーサーって名付けたんだ」
「そう……」
「もしもアーサーが姿を見せたら……一発、いや二発、もっとかな。とにかくぶんなぐってやる」
「あはは。アーサーも大変ね」
その後も二人が話をしていると、山を走ってきたジェームズとアボットが小屋へと帰ってきた。そして、四人でもう少しだけ話をした。アーサーの脇で眠ってしまったクレアをベッドまで運び寝付かせる。そして夜が明けた。
※
朝になると荷物をとりに宿まで戻ってきたクレアとエレノア。村の手前では、アーサーが二人を森の入口まで送るために待機している。
宿に戻った二人に気づいた主人が声をかけた。
「お? お帰り、二人とも」
「ただいまおっちゃん」
「ただいま」
二人は階段を上がり、部屋に入ると荷物を整理した。山賊や高原のおばあさんの話をしながら荷物を持って出ると、隣の部屋からタイミングを合わせるかのように一人の女性が出てきた。エレノアはその女性をどこかでみたような気がしている。
「あの? 今、カトスキーって名前が聞こえたんだけど……。貴方たち、彼の知り合い?」
悩んでいるエレノアを横に、クレアが答える。
「ええ。カトスキーさんにはお世話になりました」
良かった、と笑顔に変わる女性。緑色の髪におっとりした顔の大人の女性。旅をしているようには見えないが……
「私は――」
「あーーっ!!! 思い出した!」
突如、エレノアが大声を上げる。クレアも女性も驚いて彼女を見つめる。
「あーーー。スッキリしたぁ。そうだよ。一昨日、あった人だ。ジェームズに絡まれてたんだよね? ね?」
女性の方も、ああ!という顔に変わる。
「貴方、あの時の!」
「そう! 私はエレノア。こっちはクレア。昨日はカトスキーのおっちゃんにクレアがすごいビンタしたんだ」
「ちょっと、エレノア……」
クレアのことを見つめた女性が笑う。
「あははは。あの人、大きいでしょ? 何をしたのかな? 見た目があんなだから怖かったでしょう?」
「そんなことないです。すごく優しくしてもらって。その、ビンタしたのは私がちょっと熱くなってしまって……」
「そうだ。私はアイリーン。アイリって呼んでね。昔はここの村に家があったんだけど、何年も前に近くの村に移動をしたの。それで、最近になって音沙汰のなかったあの人……、カトスキーの噂を聞いて。昔ね、私たちが約束を交わした場所があって、そこに山賊がいるって聞いたから。もしかしたらって思って会いに行こうとしてたの。それが一昨日。その時にエレノアに会ったのよ」
「そうだったんだ、おねーさん」
「ええ。それであの人は――」
三人は少しだけ立ち話をした。カトスキーの砦での出来事や仲間のこと。おばあさんのこと。彼に会いたいという彼女の願いを受け、「そうだ!」と思いついたクレアとエレノアが村の外まで彼女を連れていく。
「まぁ、すごい」
とても驚いた様子のアイリ。目の前には見たこともない大きさの獣であるアーサーが胸を張り、鬣をなびかせ立っている。クレアは彼女に説明をした。エレノアはまるで子分のようにアーサーにお願いしているが、クレアにはそれが昔見た小説の影響だとわかり笑うのをこらえるのに必死だった。
「アイリさん。彼の背中に乗っていけば、あっという間にカトスキーさんの所までいけるから」
「アーサー。よろしくたのんます!」
そしてアーサーの背に乗ったアイリ。クレアはアーサーに『優しく走るよう』にお願いし、アーサーも快く承諾し背を向けると、
「カトスキーさんによろしくね」
「カトスキーのおっちゃんをよろしく」
「ええ。まかせて! ありがとう二人とも」
そしてアーサーが走り出すと、あっという間に姿が見えなくなった。見送った二人はそのまま反対の出口へと向かった。途中で宿の主人に声をかけ、森の入口のおばあさんの家。シューとスピカナが待つ場所へ。
「しっかし、何が驚いたってさ、クレア? あのカトスキーのおっちゃんがさ、まだ三十代ってことだよ? クレアのお父さんのほうがすっごい若く見える」
「あはは。ほんとね。びっくりしちゃった。ヒゲのせいじゃないかな?」
他愛のない話をしながら、川沿いの道や山あいの道を何時間か歩く。途中でアイリを送り届けたアーサーと合流し、一気に目的地へと移動する。
徐々に森が濃くなり、空気が冷たくなり始めた。右側の遠くには白い家のおばあさんの高原が良く見えた。前には森がうっそうと広がり、その入口の丘に白い壁の家があった。
家の外で準備をしながらクレアとエレノアの二人を待っていたシューとスピカナ。現れたアーサーに、
「うわああああ!!」
「魔物だああ!!」
と、混乱し慌てふためいていた。クレアは『きっとローズさんが見たいのはこういう状態なのだろう』と思い、二人の反応をクスっと笑う。すぐにエレノアも笑いながら二人を落ち着かせると、アーサーと別れの挨拶をした。
家の中に入ると、おばあさんと息子夫婦が出迎えてくれた。すでに日が暮れ始めたため、翌朝に出発することとなった。高原のおばあさんの家で自己紹介をしたときにエレノアは何か間違ったようで、
「レレノアちゃん」
ずっと、おばあさんにそう呼ばれていた。
※
「ありがとう。えっと、アーサー」
降りた女性はアーサーにお礼を言い、少しだけ森の中の道を歩いた。何年かぶりに来た約束の場所。陽射しと風が彼女の緑の髪を躍らせる。彼女もまた、期待にその胸を躍らせていた。
歩いている土の道には次第に石畳が混ざり始める。そして、目の前にはボロボロの石壁。建物も崩れかけた部分と、補強された部分、頑丈な部分と賑やかなつくりになっている。
彼女には見慣れた光景。懐かしい景色。そして愛しい思い出。
ボーはいつものように入口の壁に寄りかかってボーっとしていた。突然の訪問者に驚いた彼だが、かといって何をするわけでもない。ただ、ボーっと見ている。
しばらく城壁の中を覗くように、立ち止まったまま覗いていた謎の女性。ゆっくりと歩き出し、階段へと差し掛かる。その石の階段では踏んだら捲れてしまう危ない一段がある。ボーは彼女がそこを踏まないように何か出来ないかと思ったが、
「ここ、あぶないのよね」
そう言いながら、まるで知っているかのように避けて歩く彼女。
そのまま歩き続けると、石が重なりアーチ状になっている部分をくぐり立ち止まった。近くの井戸でボクスとベド、ポールが話をしていた。三人も謎の女性訪問者を見て会話をやめた。
彼女がアーチの下の壁に生い茂る蔦を取り払うと、そこからは誰も知らなかったベルが出てきた。それを見ていた三人は驚き、彼女の行動を追った。
「まずはこれを鳴らさないとね」
生い茂った蔦を取り払い、出てきたベルを振る彼女。しかし、それは音が鈍く鳴らなくなっていた。がっかりした彼女はベルを元に戻し顔を上げた。外からは上の階の部屋に大男のシルエットがあるのを確認できた。そして、壁にある木のドアへと向かった。
女性に気づいた子供たちが近寄ってきて、足元できゃっきゃいいながら彼女を見守る。木のドアを開けるとき、キボーが彼女に助言する。
「それ、硬いから開かないよ。だから誰も使わないんだ」
キボーを優しく見つめながら彼女は、
「そうね。しばらく油をさしていないものね。そうじゃなくっても、ここのドアはこうやって――」
彼女がドアノブを掴んで持ち上げるようにし、ドアの所々に力を加えながら引くと、今まで開かなかったドアが開く。皆が驚いた。
「暗くてこわいよ」
サラが彼女の裾を引っ張りながら呟く。久しぶりに開いたドアの先には、暗い階段通路が続いていた。
「見てて。ここに……」
彼女が壁に隠れた取っ手を引くと、瞬く間に蝋燭に火が付き、歩きやすくなった。
調理場から出てきたモラが謎の人だかりに気が付いた。クレア達でも戻ってきたのかな?と思ったが、そこには別の女性が立っていた。大人の女性で、子供たちが傍にいるせいかまるで母親のように見えた。
緑の髪の女性の後をつけていくように、子供たちとベドとボクス、ポールにボーが続く。その様子に気づいたモラも参加した。そして彼女は階段を上るとボスの部屋の前で止まった。
皆が、この女性は何をするのかと固唾を飲み、見守る。
彼女はゆっくりと拳を胸の前に出し、一度だけ深呼吸をする。そして部屋のドアを優しくノックする。そのリズムは不規則でノックとは言いづらい物だった。彼女がもう一度、同じノックをすると、ボスの部屋からは色々な音が聞こえた。
タタタタ ドカ イテッ
ガシャン! パリン!
ドカカ バタン!
ドサドサ
彼女が笑いながら待っていると、静かになった部屋の中からもドアを不規則にノックする音が聞こえた。彼女はドアノブに手を添え、
キィ――
ドアをゆっくりと開けると、部屋の中から漏れる太陽の陽射しが彼女の顔を照らした。
彼女がだんだんとその視線をあげていく。
照らされていた彼女の顔に大きな影が落ちると、そのまま部屋の中へと吸い込まれていった。
皆からは中の様子が見えなかったが、通路に映った二人の影。それが一つに重なるのが見てとれた。そしてティスが言う、
「食べたんだ」
皆がティスを見つめる。下からはたんこぶを作ったトールが上がってきた。ボスが急いで投げ捨てた物が当たったようで少し怒っている。「何事だ?」と近づいてきたが、皆に「しー!」と言われ黙る。
こっそりと部屋を覗いたトールが、その後皆を一階へと追いやった。
――時は少し進む。
クレアとエレノアがこのことを知るのは少し先の話。
再会したカトスキーとアイリの二人は"家族みんな"で高原の家へと引っ越す。何か月かかけて家を増やした。
いきなり家族の増えたおばあさんはその後もしばらくの間、楽しく過ごした。帰ってこなかった息子。帰ってきた孫。増えた新しい家族。そして新しいひ孫の誕生。
元々、牛飼いでミルクを近くの村に届けていたカトスキー家。二人の夫婦と新しい家族はその仕事を引き継ぎ、また新鮮なミルクを届けるようになった。
これはそんな、小さな後日談。
■ カトスキー 実はまだ30代。髭と体格のせいでザ・山賊
■ アイリ(アイリーン) 一回り年の離れた女性。家の手伝いをできるように、街へと学びにでかける。戻ってくるも、隣の村へ引っ越す。戻らないカトスキーをずっと待っていた。約束の場所に現れた山賊がカトスキーではないかと期待していた。
■ カトスキー(カウカ一族)(カトスキー・カウカ) 代々、高原で放牧関係。




