52 山賊⑧ 家族
「わぁーっ。すごぉい!」
地下調理場では子供たちがエレノアの調理をみて喜ぶ。手際の良さ、華麗な包丁さばき、音さえも食欲をそそる。その様子をみたトールはただただ、驚いていた。
エレノアもそんな子供たちの反応が懐かしく、妹のエリーや弟のトンボがいるようで嬉しくなり、少し派手目に動く。
同じく横で調理するトールは、鼻歌交じりで調理するエレノアの手際の良さだけに驚いていたわけではない。自分とは僅かに違う調理方法。卵の溶き方、火力の違い、入れる順番やわずかに付け足す物。彼女の一挙手一投足に魅入っている。
そんな二人の様子を嬉しそうに眺めるクレアも自分の調理を進める。そして、たくさんのオムライスを作ったころ、ボスの合図が鳴ると、みんなが食卓の準備をしてくれていたおかげですぐに開始することができた。
今日はテーブルを繋げて一つの長方形にしている。ボスも壇上の席ではなく同じように座る。用意された三種類のオムライス。一つだけちょっと見た目が違うが、エレノアなりに頑張ったのだ。
「えー。こほん! それでは本日のオムライス対決。クレアの親友にして家族、強くて元気なエレノアが参加したことにより、三人のオムライス対決となったわけだが……」
ボスが一人、立ち上がったまま説明を始める。待ちきれない子供たちが「はやくぅ! 冷めちゃうよぉ!」と言うと、手短に挨拶を済ませ食事を始めた。
トールの隣に座ったクレアが、エレノアのオムライスをトールに勧める。
「トールさん。どう? 是非食べてもらいたかったの。彼女の料理を」
「おう」
あの手際の良さ、包丁捌き、調理技術からどうしてこうなったのか不明のオムライス。ギリギリの見た目を保ちつつ、色々な色で飾り付けをしたかったエレノアのある意味での未完成品トールの舌を驚かせた。
「――!? これは……。どうやってこんな!?」
「えへへ。それは本人に聞いて。私はカトスキーさんと話をしてくる」
トールはエレノアのオムライスを味わいながら食べる。他のみんなも、三人が作ったそれぞれのオムライスを食べ比べるがエレノアのオムライスを食べると表情が変わった。そして一気に減り始める彼女のオムライス。
「あ、ちょっと、もうちょっと俺に食わせろ」
あっという間に無くなってしまった。空のスプーンを握ったままトールはエレノアに近づくと、途中で気になっていたことを聞き始める。
「エレノア。どうしてあの時、水を少し足したんだ?」
「エレノア。どうしてあんなに高いところから入れたんだ?」
「エレノア。どうしてあの時、一回火を止めたんだ?」
質問は続き、エレノアはそれに答える。そして、最後の一言でトールは、人生で一番驚いた。
「トールのおっちゃんはあのレシピブックで料理してたんだろ?」
「ああ。俺にとってはアレが師匠みたいなもんだからな。書いた本人の料理は一度だけ口にした程度だけど、忘れないよ」
「あはは。それは褒めすぎだよ。でも、お母さんに会ったら伝えとくよ」
「お母さん?」
「うん。だって、あれ。お母さんが書いた本だもん」
「? 著者のノラ・ヒューズっていうのがお前の、エレノアのお母さんなのか?」
「うん。アタシはエレノア・ヒューズ。お母さんがノラ。それに、あの本には少し足りてない部分があるでしょ? そのあとも何冊か出してるし、うちの本には手書きでいっぱい書き足してあるよ。お母さん、書くのは苦手みたいだから。あはは」
「……。ちょっと待ってろ!」
トールは急いで、レシピブックを持ってくるとエレノアと話し込み、不足している部分を書き足していった。飽きてきたエレノアが、
「今度さ、お母さんに手紙出しとくから。ここの村の宿にさ、トールのおっちゃん宛に何冊か本を届けるように伝えとくよ。そんでいい?」
「おお! それは嬉しい! ありがとう!」
「あはは。別に大したことじゃないよ」
「お前知らないのか? この本は料理人の間じゃ人気なんだぞ?」
「そなの? んー。アタシからしたら、いつもの味だし、みんなこの味になったら面白くないけどね。だから、自分なりのメモを足していくのがいいんじゃないかな? お母さんだっていつもそうしてるよ?」
「ははは。確かにそうだな」
食事も終わり皆が楽しく会話をしている中、ボスが立ち上がる。なんだ?とばかりに注目し、静かになる。
「えー。みんなには大事な話がある。まずは、オムライス対決だが……。一位はエレノア! 二位はクレア。そして三位にトール!」
拍手をすると、エレノアは嬉しそうに立ち上がりお辞儀をした。
「それと皆もたくさん話をして知ってると思うが、クレアは旅をしている。そこのエレノアと二人でだ。ここは世界の中でも特に平和な土地だ。理由はわかるな?」
ボスの問いかけにシューが答える。
「間の森には闇の魔女がいるせいで、あまり人が行き来しないせいでもある」
「そうだ。だが、このまま彼女達が旅を続けるならそこを通らねばならん。道案内がいるが、この中で……」
「俺が行こう。抜けるまでの間、護衛も兼ねてついて行くよ。それとスピカナが行きたいそうだ」
シューはそのままクレアとエレノアの護衛に名乗りを上げる。森から帰って、調理を始める間に少しだけ手合わせをしたが、エレノアよりも経験と技術に長け、頼りになる男だ。
スピカナもエルフの末裔だ。シティエルフとはいえ、森ではアニムとは違った匂いや声を聴くことが多少なりできる。
「ありがとう。シューとスピカナ。二人を無事に反対側へ届けたら、お前らもちゃんと帰って来いよ」
「ああ」
「だいじょうぶ」
「森を抜ける道の入口の一つに、おばさん……。おばあさんが住んでる家がある。シューはそこまで行って、二人を連れていく準備をしておいてくれ。昨日、トールが馬でそこまで行って話はつけてあるはずだ」
「ああ。そこでタイミングを見計らって、森へと入る。まぁ、最近の天気からしたら気にせず出発できそうだが」
トールが笑顔でクレアに軽く頭を下げながら言った。見た目やたまにする怖い発言と違って、たまにしてくれるこういう仕草がトールの魅力でもあった。そしてボスが続ける。
「つまり、つま……りだ。今日で、ク……クレアとは。短い間だったげど……、おわがれになるがら、じっがりとはなじを」
後半はもう泣きながらいう言葉でよくわからなくなったが、ボスの気持ちは伝わりみんながクレアと最後の会話を楽しんだ。
ジウの勘違いとわがままから始まり、連れてきた黒髪で黒い目をした少女。臆することなく、まっすぐで透き通るような行動をする。シューとスピカナは食事を済ませると、クレアに声をかけ先に出発した。
クレアがボスのカトスキーと会話をしていると、泣き崩れた大男のカトスキーの胸にぶら下げた笛が見えた。クレアが何かを思い出そうとし、考えているとエレノアが近づいてくる。
「山賊のボスなのに、女の子を見送りするだけでぼろ泣きって」
「うるせぇや! お、おまえら、ちゃんと戻って来いよ」
「あははは」
エレノアがテーブルに伏せたボスの背中をバシバシ叩いて笑っている。彼女がここへ来るのに唯一持ってきた単眼鏡。それを見たクレアがあることに気が付いた。
「カトスキーさん――」
バン!!
クレアの言葉を遮るように、いきなり食堂の扉が大きい音を立てて開いた。そこに立っていたのは三人の……
「おい、山賊ども!! 俺たちはマクニール盗賊団!! 俺は……俺たちは、世界にある美しい花を盗む華麗なる一味だ!」
皆が口を開けたまま、その三人を見つめる。男二人と女が一人。全員、鼻から上で布を巻き、目の部分だけ穴を空けて顔を隠している。
中央に立つのは見覚えのある格好と髪型の男。
横に立つのは、ジンジャーの髪の女性。
反対側にはとても大きい男。
「おっと、クレ……そっこっの! お嬢さん!! 君は確か、綺麗な花を持っていたよね。それを奪うためにやってきた!」
サラが髪に着けていた花を外すと、テクテクと近づき喋っていた男に花を差し出す。
「はい。どうぞこれ。綺麗なお花」
「お? ありがとう。君、かわいいね。きっと綺麗な大人の女性になるよ……って、ちがーう!!」
大きい男がサラを両手で掴むと、優しくどかす。サラはくすぐったいのか笑っていた。降ろされると「もう一回!」とおねだりをしている。マクニール盗賊団の女性は下を向いて首を振っている。クレアが、
「あの、ジェームズ? 貴方に貰った花は、宿にあるし、もう枯れてるわよ?」
横の女性が笑いを堪えていた。その様子にマクニール盗賊団のジェームズが裏返った声で、
「ジェームズじゃなぁい! くそう。とにかく、クレアをよこせ!」
山賊の皆がクレアを守るように立ちはだかると、鼻を赤くしたカトスキーがクレアの頭に手を置いて、
「おう。ただじゃ渡せねぇな。こちとら山賊だ。力ずくで奪ってみな」
ボスのカトスキーが胸を張り一番高いところからそう言うと、一番小さいボクスがずかずかと歩いてジェームズの前まで行く。クレアにいいところを魅せたいのだ。
ジェームズを見上げ、
「まずは俺を倒しな!」
意気込んだはいいが、一撃で倒されたボクス。それを皮切りに皆がとびかかる。残った、ボスとクレアとエレノア。
「あのさぁ、クレア? これは……」
「はっはっは。エレノア。いいじゃないか。あいつらがクレアの言ってた盗賊団なんだろ? まぁ、明日またしんみり分かれるよりか、あいつらにはこの方がいいんじゃないのか? はっはっは」
「もう。カトスキーさん……。そうだ、私、教えたいことがあるの」
わー!っと襲い掛かる山賊と投げ飛ばされる男達。ジェームズはモラやドーアから叩きつけられる皿を頭で割りながらも、ベドの首を腕で挟み、ボーを蹴り飛ばし奮闘している。
ローズは余裕そうにジウとティスを避けながら、トールのタックルを片手で避け空中を綺麗に舞う。
アボットは子供を相手に奮闘していた。
「ブラウンのやろう、どこいきやがった。あんなガタイしておきながら肝心な時にいないとは……。それでクレア、教えたいことってなんだ?」
賑やかな食堂の中、ボスがクレアに振り返り話を始める。クレアはエレノアの腰にある単眼鏡を掴むと、ボスのカトスキーに見せた。
「これ、高原の白い家で出会ったおばあさんから貰ったの。この飾り……。知ってるでしょ?」
カトスキーは黙ってみたまま。ぷいっと目を逸らして、
「知らん。見たこともない」
クレアは黙ったまま、カトスキーを睨みつけるように見つめた。カトスキーは差し出された単眼鏡を見るために腰を曲げていたが、そんなクレアの視線に負けて、体を起こし腕を組むと、そっぽ向いてしまった。
回り込んだクレアが、
「ちゃんと見てよ! カトスキーさん!」
「知らん! そんな物!」
頬っぺたを膨らませるクレア。
「これ! これでしょ!!」
「あ、やめろ」
ボスの首にぶら下げた物を掴むとクレアが続ける。
「毎日、おばあさんは決まった時間に笛を鳴らすのよ。うちにも双子のベルっていうのがあったの。これもそうでしょ!? おばあさんが鳴らす笛は、貴方の笛を鳴らす。だから、あなたは毎日朝と夕方に合図をしてるんでしょ? 昨日だって、胸に手を当ててたんじゃない。それを触って、音が鳴るのを確認してから叩いていたじゃない!? 私わかってるんだからね!」
「ちがう!」
頬っぺたを膨らませたクレアがボスに続けた。
「あの時の表情だって知ってるんだから! ずっと笑ってて、元気で、涙もろくたって、あんなに悲しい顔はあの時しか見なかったのよ!」
「……」
目を赤くしたカトスキーと、怒っているクレア。エレノアにはなんのことだがわからなかったが、こんなに怒ったクレアを見たのは初めてだった。
「わからずや!!」
突如、クレアがカトスキーの頬っぺたにビンタをした。
カトスキーからしたら痛くもない少女のビンタ。しかし、大きな顔に残った小さく真っ赤な手のあとがなぜかじんじんと響く。
「おばあさんは、帰ってくるのずっとまってるんだから! 毎日その笛を鳴らすって言ってた! なんで返してあげないのよ! 牛の世話も出来ないくらい、もう大変なんだからね。この、わからずや!」
その様子を全員が止まってみていた。自分が止まっていたことに気づいた者も、ジェームズも何となく喧嘩の続きをするがもはや視線は全部クレアとカトスキーのやり取りを見るために向け、取っ組み合いはのろのろとした動きだけになり、空ぶってすらいる。
カトスキーがクレアに、
「お、おれだってわかってるよ! ちくしょう。親父と家を出てから……。俺のせいで親父が死んじまって。ばあちゃんからしたら息子を殺したも同然の俺をどう思うか……。それに、この……」
笛を首から引きちぎり、指でつまんでクレアに見せながら
「この、笛がさ、日に日に小さな音に変わっていくんだ。ばあちゃんの音が、だんだん弱くなっていくんだ。俺だって、ばあちゃんに会いてえよ。こんなに弱弱しい笛の音聞いて、俺だってすぐに帰りてぇ。でも、どんな面下げて帰れっていうんだ。怖くて、笛を吹けないんだよ」
涙もろいカトスキーが、これに関しては涙をこぼさないように耐えて話している。すぐにでもこぼれそうなその瞳にたまった涙が落ちないのが不思議なくらいだ。
クレアが震える手から笛をつかみ取ると、カトスキーの口に当てる。
「私たちは出発するの。これから、旅も続けるし、行くところは多い。でも、帰るところもある。ここのみんなのところにもまた帰ってくるもの。だって、大切な人に会いたいから。どんなに小さな音でも聞いてくれるなら、生きててくれてるならって、おばあさんは毎日鳴らしてる。それが届いてるかもわからないのによ?」
喧嘩っぽいことをしている皆は、掴んだ髪や腕から手を離さないようにだけしてる状態で、顔をクレアとカトスキーに向け、笛を吹くのか気にしている。
「帰らない言い訳を探すのをやめてよ。カトスキーさん」
クレアが笛をカトスキーの口に当てたまま促すが、笛を吹こうとした胸が震えて上手く呼吸が出来なかった。何となく意味が分かったエレノアが、
「ボスのおっちゃん。これ、アタシがもらったんだけど、おばあちゃんから渡すようにも言われてたから。息子の息子だろ? はい、確かに届けたからね。ちゃんと、報告しにいってよ。アタシらは進むから」
エレノアから左手に父の単眼鏡を持たされる。ゆっくりと握りしめると右手でクレアの手から双子の笛を受け取り、吹こうとするカトスキー。色々な想いが詰まり笛をくわえるのがやっとだった。ふと、後ろから音がする。強く、真っすぐで、綺麗な声。
つかつかと、オレンジ色の髪をなびかせ拳を握りしめ真っすぐに歩いてくるローズ。クレアは彼女の目配せで一歩下がる。
その優雅で美しく、魅力的な女性に見惚れる全員。カトスキーは笛を吹こうと震える呼吸で一生懸命に頑張っていたが、目の前まで来たローズが、
「男なら! うじうじするんじゃないよっ!!!」
そう言いながら、大きく踏み込むとその拳でカトスキーの腹を殴った。その瞬間、カトスキーが笛から息を強く掃き出し倒れ込んだ。
ベドの首に腕を巻くジェームズ。ほとんど力の入っていない腕の中でベドが「こえぇ」と言うと「だろ?」と会話する二人。
ボスが倒れると、いつの間にか大きなライオンのアーサーが奥から出てきた。大きな咆哮でその場にいた山賊全員をビビらせると、ゆっくりと歩き扉をギリギリ潜り外へと出る。ローズも外に出ると、その背に乗る。そして、
「いくよ、クレア、エレノア!」
「はい、ローズさん」
「やったぁ」
倒れたボスが小さな声で「ありがとう」と言ったのが聞こえた。笑顔で手を振ると、アーサーとローズが待つ出口まで行く。振り返り、みんなに挨拶をするクレア。
「みんな、ありがとう! 私、行ってくるね。また、ここへ寄るから。カトスキーさんをよろしくね」
「ははは。そうだね。ボスの面倒は俺たちが見るよ」
「元気でなクレア」
「またね、おねーちゃん」
それぞれがクレアに声をかけている中、じりじりと退き隣り合わせに立ったジェームズとアボット兄弟。ジェームズが叫ぶ、
「ははは! それではクレアという美しい花を頂こう! さらばだ!」
そう言うと、アーサーが走り出した。そして、山賊のみんなはクレアとエレノアに向かって大きな声で、
「「「いってらっしゃぁい!!!」」」
「いってきます!」
クレアの最後の言葉と、アーサーの咆哮が響く中、ジェームズとアボットは取り残されたことに気づく。そして、
「よし。逃げよう!」
二人は急いでその場から逃げ出す。子供たちが少しだけ追いかけたが、すぐに森の中へと消えていった。
その夜、高原にあるおばあさんの家。玄関に置いてある笛が一度、大きく音を出した。おばあさんは、その音を聞いて空耳じゃないかと疑ったが、しばらくその笛を手放さず椅子に座って次になるその音に期待した。両手で握りしめたまま――。
カトスキー 山賊のボス 鼻の下に立派なヒゲ でかい ザ・山賊
ローズ ジンジャー 編み込んだ髪に前髪が大きく垂れる。口の下のホクロがセクシー
ジェームズ 兄
アボット 弟




